2-12 帝徳
「おうおうおう、また会ったなプリン頭の金髪クソガキ」
突然割って入って来たのは聞き覚えのあるだみ声。
その声の主には心当たりがあった。
「貴方たちは!」
それは唯衣も同じようで、驚きと怒りを声に滲ませる。
「ははっ、なんだよ。結局お前らデキてるんじゃねーか」
からかうように笑う鳥の巣頭の背後には禿頭の大男と湾刀を肩に乗せた金髪が控えていた。
忘れようもない。騎士道会館で問題を起こしていた不良三人組だ。
「また貴方達ですか。いい加減にしてください。」
我を取り戻した唯衣が感情を高ぶらせ歩き出す。
「樫葉崎!」
瞬間、皐月が制止するように前に出ると、鋼の音が掠めた。
床に落ちていたのは矢じりだ。唯衣はそれを拾ってよく見た。
指先の感覚で先端部に微かな弾力性があるのが分かるが、紛れもなく当たればタダでは済まないだろう。
皐月が割って入ってくれなければ、唯衣の背筋に寒い物が走る。
「おう悪いな。手が滑ったわ」
鳥の巣頭は何ら悪びれた顔もせず、クロスボウを見せつけるようにして笑っていた。
「これは、飛び道具ですか!? なんと無礼な」
ルール無用の振る舞いにいよいよ唯衣は激昂する。
「貴方達もいい加減にした方がいい」
しかし、それを庇うように皐月は再度前に出る。
「ここは公式戦の騎士道プレイヤーも多く来ている場所なのに。そこを土足で踏み荒らすようなマナー違反は――」
周囲には心底不快げに目を細める同世代のプレイヤーも多くいる。
皐月は彼らを代弁するつもりで穏やかに説き伏せようとするのだが、生憎そういった説教をした所で鳥の巣頭の心に響く筈も無かった。
「で?」
がきん、と音をさせながら、地に立て掛けたクロスボウの矢を番える。
相変わらず心の読めない薄ら笑いを浮かべながら。
「お前ら知らねーのかよ。飛び道具が許可されてるレギュレーションも草試合にあるんだよ。だから、仕合続行ですよぉ!」
「貴方たち、どうかしてます!」
先程の唯衣の声音を真似て茶化す鳥の巣頭。
「うるせえなクソガキ。別に硬質ゴムのAR競技用だろうが――」
にたりと笑みを滲ませ、鳥の巣頭が再びクロスボウを構えた。
「まあ、当たったら痛いけどな! ハハ、この前の続きだァ!」
反射的に身を竦ませる唯衣を見て、不良達が哄笑を上げた。
「ぶっ!」
突如、鳥の巣頭が尻もちをついた。
その前に立ちはだかるのは練習用の贋剣を持った皐月だった。
ふと、皐月は動きを止めた。
「……」
気づいたら前に出て剣を振るっていた。自分でもどうしてこうも攻撃的な本能に従ったのか分からなかった。
背後を見れば、唯衣が戸惑った顔でこちらを見ていた。
「先輩!」
「てめえよくも楠見さんを!」
左右から殺到するのは近接装備の不良二人だった。
咄嗟にそれに対応するように皐月が剣で受ける。散らされる火花と剣戟音。そこから先は動物的な直感に身を任せる。
あとはセンサー回路を張り巡らせた武器同士のぶつかり合いだ。コート外で行われる場外戦。
あちこちから湧いてきたドローン型の判定マシーンが試合のジャッジと演算行動に入る。ARが瞬く間に虚飾され、試合を行う皐月達の頭上に持ち点ゲージが浮上する。
「私は……」
三人相手に立ちまわる皐月の背中を見ながら、唯衣は歯噛みした。
手元にはレイピアの柄。それを握り締める指先が汗で濡れていた。
それは恐怖の感情だった。あの地下の騎士道場で三人から受けたルール無用の非道がフラッシュバックする。
「私は、私なんて全然ダメですよ、先輩――」
先程まで褒められた自分が恥ずかしかった。
いざとなったら足が竦み、たった一人戦う先輩の加勢に向かう事もできない。
その間も戦いはヒートアップしていく。
「おらあ!」
距離を取って鳥の巣頭がクロスボウを撃つ。
放たれたゴムの鏃を弾く皐月。その目に恐怖は全く見えない。
「涼しい顔しやがって!」
「てめえだけはぜってえ泣かす!」
風鳴りを纏った大男の殴打を身一つで交わし、もう一人の振るう湾刀を受け止め蹴り返す。
たった一人でも問題にしていない。まるで、相手の未来が読めているような迷いのない反応でそれら攻撃を相殺していく。
三発目の矢を弾いた瞬間、禿頭男がぐっと皐月へと詰め寄った。
「野郎、この際もう関係ねえ!」
どうやら攻撃が目的ではないらしい。肩先を掴み動きを封じようとする。
「おい、お前らいくらなんでもやりすぎだぞ!」
「そうだ。これじゃただの喧嘩じゃねえか! いい加減にしろ!」
周囲のプレイヤー達から反則的行為を非難する野次が飛ぶが構いもしない。
「おら、終わりだ!」
金髪頭の湾刀が勢いよく振るわれると、
――さく。
すぐ近くを舞っていたARの青い蝶が真っ二つになって落ちていく。
「今のは流石に酷いな」
皐月は剣の一撃を受けながら、脇で挟み受け止めた矢じりを落とした。
そして、突如間合いの外から踏み込んだ。
「こいつ何で怯まねえんだよ!」
あっという間に鼻先に迫った皐月を見ながら、不良の一人が声を裏返す。
剣をヒットさせたはずなのに皐月は退くどころかそのまま持ち点ゲージを減らしながら吶喊してきたのだ。
「もういい。お前たちは騎士でもなんでもない。それなら――」
全く動じない皐月。
その灰色の瞳の奥底に初めて怒りのような物が現れる。
「ひっ」
さしもの不良もその眼光に怖気づき、吐息を漏らした。
その刹那――
「双方、武器を収めよ」
清冽な声。唯衣や数人のギャラリーが思わず振り返った。
「聞こえなかったか? この場所でそのような試合はマナーに反する」
コート入口のガーデンアーチをくぐりながら現れたのは眼鏡姿の男だった。そして、彼に付き従う三人の騎士道プレイヤーらしき三人の男女。
皆一様に同じ洋装に身を包んでいる。黒の詰襟の肩口からは金糸の飾り緒が垂れ下がっていて軍服のよう。その誰もが悠揚迫らざる面持ちで口元を固く結んでいた。
「血気に逸り競い合うのは構わんがルールは遵守しろ。ここは公共の場だ」
リーダーらしき眼鏡姿の青年がもう一歩前に出ながら言った。
それに反発するように不良三人が息巻く。
「つーか、お前らこそ何様だよ!」
湾刀を持った不良が声をひっくり返しながら怒号を飛ばした。
「俺らはこいつらとやり合ってんだよ。横から言われる筋合いはねえぞボケが!」
そう言ってガンと、横のベンチに蹴りを入れて吹っ飛ばす。余りに暴力的な振る舞い。唯衣は反射的に目を瞑ってしまった。
しかし、そのような傍若無人な振る舞いにも軍服めいた服装の四人は一切動じていない。
「草試合は互いに承諾してからの開始が決定される。私が見る限り、君達の振る舞いは卑怯な不意打ちだったが」
そう言って、リーダーらしき青年が眼鏡を直す。
「クロスボウを使うなら同意の上でレギュレーションを設定し直して試合をするべきだ。違うか?」
良く鍛えられた細身の体にサッパリとした短髪。
無駄な装飾が廃された黒縁のスクエア眼鏡は男の硬質さに拍車をかけている。
「ち、帰るぞ」
一拍置いて呟いた鳥の巣頭に、他の二人が驚きの表情を浮かべる。
「でも、楠見さん。元はと言えばあのガキが」
「何だったらあいつらもまとめて相手して――」
「やめとけ。制服よく見ろ」
その一言でまくし立てていた取り巻きがおとなしくなる。
「くそ。何でよりによって」
捨て台詞を吐きながら、不良三人が屋内コートから退室していった。
唯衣はそれを見送りながら、いつの間にか隣に立っていた皐月に気づく。
色の褪せた灰の瞳が、ガーデンアーチに居並ぶ彼らをじっと見ていた。
「帝徳高校か」
ぽつりと漏れたその言葉に唯衣は息を呑む。
中高通して学生騎士道界を席巻している強豪。帝徳は傍らの少年がかつて属していた学校だ。
「久条皐月だな」
唯衣の理解がようやく追いついた所で、眼鏡の青年が口を開いた。
「久しいな」
ただならぬ雰囲気に、周囲のプレイヤー達もいよいよ動きを止めて注目していた。
「こちらこそ。お久しぶりです、紺衛さん」
「殆ど一年ぶりか」
皐月の挨拶に驚く様子もなく応じる青年。唯衣は目を見張りながら、二人の動向に注目した。
「申し遅れたな。私は帝徳高校三年、主将を務めている紺衛雄麒と言う者だ」
ふと、唯衣の視線に気づいた紺衛が明朗とした口調で答える。
どうみても年下の少女にも礼節を重んじるその態度、呆気に取られる唯衣の視界に通知が灯る。
起動状態にあったデバイスが反応したのだ。
「え、うそ…」
思わず唯衣は目を見張る。
紺衛の頭上にひっそりと灯ったのは全国ランク『16』の数字だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます