2-11 不屈の赤

 屋内コートで二人は模擬形式の試合をこなした。部活の時とは違い、ここにはARデバイスに対応する機械式の審判装置もある。

 幾度か皐月が勝ちをもぎ取り、小休止に入る。

 代わりにコートに上がる他の騎士を見ながら、皐月は唯衣に声を掛ける。


「樫葉崎はさ、自然さが足りないと思う」

「自然さ、ですか?」

「ほら、騎士道会館の時はもっと感情のまま戦っていたじゃないか」


 試合中に感じていた事をそのまま伝えると、すぐ横をホログラムの蝶が通過していった。

 青く輝く浮世離れした美しさ。実際に南米に生息するモルフォ蝶という種らしい。そんな説明ウインドウが閉じた所で皐月は続ける。


「騎士道はフェンシングとは勝手が違う。けど、樫葉崎は逆にそれを意識し過ぎてる。今の立ち回りはどこか身構えていて、会館で見た時よりも思いきりの良さが消えてると思うんだ」

「確かに、貴方の言う通りかもしれませんね」


 その指摘に唯衣は素直に頷く。


「分かりました。もう少し自分のフェンシングを騎士道でも出していこうと思います」

「うん。それがいいと思う」

「じゃあもう一試合お願いします」

「えっ」


 間髪入れずに模擬戦の継続を申し出る唯衣。皐月は思わず返す言葉を失ってしまった。

 少女が皐月の進言を受け入れ、こうも一直線に騎士道に打ち込むとは思っていなかったのだ。



「なんですか。その顔は」


 しかし、そんな彼を余所に唯衣は落ち着いた手つきでARデバイスを再起動させる。

 皐月の視界に催促するような唯衣からの再戦依頼通知が灯った。


「それにしても貴方はアドバイスが上手いですね。見た目のコミュニケーション能力からは想像もつきませんでした」

「そう?」


 慇懃無礼な言い方だが、褒められているらしい。返答操作をしながら何とも奇妙なやり取りをしていると思った。


「指南が的確ですし、自分でも動きが良くなっているのが分かるんです」


 言いながら指先でレイピアの刀身をうねうね曲げている。

 唯衣自身、何故こうも早く上達しているか分かっていないようだった。


「だとしたらそれはきっと君自身の努力の結果だ。樫葉崎は他のプレイヤーに比べて適応能力が高いんだと思うよ」

「そうですか」

「俺と試合してた奴らの中には騎士道が嫌になってやめちゃった奴もいたんだ。でも、樫葉崎は違うよな」


 ふと、遠い過去を思い出す。

 久条の家に生まれた皐月との絶望的な才能の差を知り、騎士の道を諦めた者もいた。辞めた者の意志だと言えばそれまでだが、皐月はその度に自分自身の心も締め付けられる思いだった。

 自分が剣を振れば振るほど、それは誰かの夢を踏み潰すようで。


「私は好きですよ騎士道。ただ純粋に貴方が嫌いなだけです」


 ――え。

 投じられた後輩のあまりに歯に衣着せぬ言葉はしかし、皐月の心の奥底に何か熱のような物を与える。

 じっくりと見つめている琥珀色の瞳から逸らしながら、皐月は息を吐いた。


「ひどいな」

「何ですか、その顔。今にも泣きだしそうにして。私は変態の自分語りなんて興味ないだけですよ。


 すぐ横のコートから試合を終えた二人が下りていく。それに入れ替わるようにコートへと駆けていく唯衣。

 振り返り、声を大にして叫んだ。


「さあ、今一度の仕合を!」


 急かすようにレイピアをしならせている。

 それを見ながら、皐月は苦笑いを浮かべた。

 そして、ゆっくりと歩を進ませた。

 

「寧ろ、今まで会ってきた人たちとは逆だ」


 どうやら唯衣は負ければ負ける程に対抗心を燃やすタイプらしい。


「皆瀬さんといい、最近はどうも変わり者の知り合いばかり増えていく」


 ずっと停滞していた高校生活が急に動き出した。まるで雪解けの水が激流へと変化するように。

 皐月が剣を構えると、機械審判のアームが二人の頭上で動き出した。


 再びコートのスキャンを終えて試合が再開される――その時だった。

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