2-5 九十九番目の騎士

「おいおい、マジで三人を一瞬でやっちまったぞ。あの坊や一体何者だ」


 野次馬達が顰めき合うのも無理はない。

 少女一人と三人の男達を差し置いて、最後に立つ勝者は乱入者の奇妙な髪色の少年なのだから。


「何なんですか、あの人」


 へたり込みながら、樫葉崎唯衣が呟く。


「あいつは――死と破壊、そのものだ」


 気づけば唯衣の真横に星見星司が立っていた。気障な笑いを浮かべながら親指でモノクルを弾き上げる。

 指で広げたポケットに落下したモノクルを収める軽業を、少女は呆気に取られて見上げるしかない。


「まあ、あんな朴念仁だけど実力は凄いんだよ。本当だって」


 その視線に気づいた星司は芝居がかった台詞を悔いるように首を掻く。


「あいつのかつての二つ名は『帝都の幽霊』 並みの人間が倒せる存在じゃねえ。知らなかったのがあいつらの不運だ……おーい、こっちっす!」


 見ると、洋装に身を包んだ騎士道協会の大人達がコートへと駆け寄ってくる。

 草試合とは言え、騎士道主義に準じたプレーが標榜されている競技の試合である事には変わらない。まして、ここはその国内でも有数の騎士道競技の本拠なのだ。当然、著しいマナー違反を放っておくはずがない。


「ち、覚えてろや!」


 不良三人組は観衆を押しのけるように逃げていく。


「捨て台詞まで三流ときたもんだ。もう来るんじゃねえぞ~」


 野次を飛ばす星司は大笑いしていた。

 うんざり気味に唯衣はコート中央へと視線を戻す。


「彼は――」


 試合を終え、ガントリーのような競技機器が全て撤収した青い床。その真ん中で一人立つ少年騎士。先程までの激戦が嘘のような静けさだった。

 ブラックゴールドの不思議な色合いの髪、先ほどまでの冴えわたるような剣舞が嘘のような、どこかぼんやりとしたその横顔。

 ふと、唯衣の視界にARのカーソルが、先ほどまでの激戦を思い出したかのようにゆらりと浮かび上がった。


「えっ」


 皐月の頭上に表示されたプレイヤーランク。その数字を見た唯衣が驚きの声を漏らす。

 数字は『99』、登録仕立ての彼女――樫葉崎唯衣のランク『8万1622』を遥かに上回る。


「あの――貴方は」


 皐月へと歩み寄りながら、しかし、唯衣は言いかけた言葉を止めた。

 頭上に浮かんだ彼のランクを表す数字は、恐ろしい速度で下降を続け、唯衣と似たり寄ったりの『七万と少し』まで落ち込んで止まったのだ。


「貴方、勝ったのに何でそんなにランクが下がってるんですか」


 唯衣の指摘に気づき、皐月が身構えるように振り返る。


「ああ。あれは中学時代のランクだよ。俺、一年以上まともな試合してないんだ」

「ブランクがあるって事ですか?」


 こくりと頷く皐月。


「あの三馬鹿とやりあったせいで、サーバーと通信されちゃったんだろうな。それで、少し遅れて反映されたのかも。今の俺に対する正式な評価が今の『七万ちょい』なんだと思う」


 自嘲気味に笑うと、先程見せた鬼気迫る表情が打って変わって穏やかな物となる。

 唯衣は一瞬呆気に取られたが、すぐに勢いを取り戻した。


「なんでそんなに他人事みたいに言えるんですか……ていうか! 貴方は何で助けてくれたんですか!?」


 詰め寄る唯衣を余所に、皐月はどこか言いづらそうに視線を背ける。


「とても言いにくいんだけど」

「遠慮せず言ってください。私は何も気にしません」


 はっきりしない言い方に、唯衣は更に急かす。


「あの、君って騎士道競技は初めてなんだよね?」

「そうですけど」


 頭上の唯衣の表示を確認しながら皐月がまた目を背けた。


「一応言っとくけど、その格好で動き回ると色々見え過ぎるから……」

「はっ」


 唯衣の顔が固まった。皐月の指が向けられているのは彼女のスカートの裾だった。

 妙な間が二人の間に生まれる。


「あ、ほら! AR競技用のコートって地面よりも少し高い場所にあるじゃないか」


 緊張を無意識に解そうとしているのか、皐月は早口気味に続けた。


「それにここって男が多いだろ? だから、そういうの猶更ほっておけなくて。勝負に負けてパンツも見られるなんていいとこ無しだとおも――」


 ばちん、と乾いた破裂音が弾ける。


「何で!?」


 皐月は弁解するが理由は明白だ。


「変態さん、さようならッ!」


 顔を真っ赤にした唯衣はそれだけ叫ぶとコートを降りて行った。







「さっきお前が三人組、狩谷かりがや高校だと」


 その帰り道。頬を摩る皐月を見ながら星司が話しかける。

 彼の手のひらに置かれたモノクルからはホロディスプレイが展開されていた。


「しかも、最後にやったキノコ頭。お前と同じ『二つ名持ち』だ」


 指を弾き、星司はウインドウを呼ぶ。

 程なくして眼前にポップアップしたのは鳥の巣頭のプレイヤー情報だった。顔写真に正式な彼の氏名、他に事細かな直近の戦績、雑多な公開プロフィールまで目まぐるしくスライドされていく。


「二つ名は『処刑人エグゼキューター』か。マナー最悪な奴には相応しい名前だな」


 少女に平手打ちされてから気を落としていた皐月。しかし、騎士道の話題で復調の兆しを見せるように饒舌になる。

 

「――でも、処刑人だって所詮は人間。亡霊の敵じゃねえ。そう思うだろ?『帝都の幽霊』」


 横の星司がふっと笑う。何とも思わせぶりな言い方だ。


「もうその名で呼ぶのは止めろ」


 嫌悪感と共に即座に言い返す。

 忘れもしない、帝徳時代の二つ名。それは皐月の記憶から永遠に抹消したい程に嫌いな過去の証でもあった。

 上野の駅についたら、星司とは別の路線で帰ろう。そんな事を思いながら速足になる。

 だが、傍らの星司はそんな事など知る由もなくぴったりとついてきた。

「まあ、聞いていけって皐月。お前が競技に復帰するなら『黒騎士』には気を付けろ」

「なんだそれ?」


 歩を緩めると星司が唇の端を吊り上げる。


「最近草試合界隈を賑わしてるプレイヤーだよ。鬼強ぇ」


 駅の改札を前にしながら、皐月は完全にその足を止めた。


「今はそんな『二つ名』持ちがいるのか」 

「ああ。他にも胡散臭いプレイヤーはいっぱいいるぜ。『デスストーカー』だの『魔術師ソーサラー』だの倒し甲斐のありそうなのがうじゃうじゃいやがる。まあそれはいい。とにかく、だ」


 そう言って、一拍置きながら星司は鷹揚に両手を広げた。


「よくぞ騎士道の世界へと戻った。帝徳の騎士よ」


 通行客が奇異な目を向けていく。その中で、皐月は溜息をつくしかなかった。

 相変わらずこの旧友は人目を気にしない。この図太さは中学時代と何ら変わっていない。


「『つづきからはじめる』の王様のセリフかよ。というか、俺もう帝徳じゃないし」


 それを聞いた星司は楽しそうに肩を揺らしている。


「ま、今日は嬢ちゃんのいざこざでなくなっちまったけどさ。今度手合わせしようぜ」


 突き出される右手を見て、皐月の茫洋とした眼が少しだけ緩んだ。

 こんな性格の星司だからこそ帝徳で唯一の理解者になり得たのだと、皐月は改めて思った。


「ああ。またな」


 握手を交わすと、星司は颯爽と改札へと消えていった。

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