2-4 激流は再び廻る
「いやーすごいすごい」
ぱん、ぱん、と。
拍子抜けするような拍手をしながら鳥の巣頭が少女に近づいていく。
「あのハゲがこうも一方的にやられるなんてさ。意外ー」
この鳥の巣頭は少女の獅子奮迅ぷりを見ても尚、小馬鹿にしたような振る舞いだ。
それが皐月には何か不穏に思えて仕方が無かった。
「嬢ちゃんさ。これで騎士道競技初体験とかマジかよ」
少女は何も答えない。
鳥の巣頭はそれを良い事に少女の頭からブーツの先まで、舐めるような視線を向けて続ける。
そして、レイピアを握りしめたままの手に僅かばかりの力が込められた刹那、鳥の巣頭が動いた。
「じゃあ、こういうのも初めてだよなあ!?」
「きゃっ」
鳥の巣頭が何もない床を蹴ると、少女が自身の顔を庇うような動作を見せた。
「星司、それもう一回寄越せ」
傍らの星見星司からモノクルデバイスを奪い、覗き込んだ先で砂煙が濛々と立ち込めていた。コートの周囲を覆い、少女の視界を奪う幻影の砂煙。
「そっかァ、やっぱ登録仕立てだよな! フェンシングにエフェクトなんて無いもんなァ!」
鳥の巣頭が競技場の床を足で薙ぎ払ったその瞬間、消えかけていた砂塵が少女の目に浴びせられる。
「何するんですか……!」
勿論ここは室内。コートに砂が敷き詰められている筈も無し。
しかし、少女が取り付けた顔面保護具が再現する世界では眼球に迫る砂粒の一つ一つまで巧妙に再現している。
ARを利用した術中に嵌ったは少女をあざ笑うかのように、鳥の巣頭が斧を振りかぶる。
「ッハア!」
死角に回り込み、斧を力任せに振る。
先刻の素晴らしい立ち回りを見せた少女なら容易く躱せるようなお粗末な攻撃だ。だが、斧の刃先は少女の手首を強く打つ。
「くっ、ズルいです!」
「うるせえ……なァ!」
白手袋を何度も殴打する。
くぐもった悲鳴を漏らしながら、少女はとうとうレイピアを取り零してしまった。
「こいつは草試合。多少の荒事はOKなんだよ!」
優勢と見るや鳥の巣頭は畳みかける。
身体を捻り、遠心力で勢いを増した斧の一撃。もう一度小さな悲鳴が漏れる。例え贋剣だとしても痛い物は痛い。
まして、一撃が決まっても進行が止まらない試合形式は騎士道競技独特のものだ。
少女がこれまで戦ってきたフェンシングとは似て非なる試合運び。
「なあ、ルール変更しようぜ! 最後まで立ってた奴が勝者だ! あは!」
鳥の巣頭が嬌声を上げながら勝手にルールを書き換える。勿論そんな暴論は騎士道競技ですらまかり通る事のない非道だ。
それでも便乗した残りの不良二人は再びコートへと上がる。
「おい、クソアマ。イキっといてそのザマかよ?」
金髪男が湾刀を持った手で少女の肩を押さえつけると、禿頭の大男も拳を鳴らしながらゆっくりと近づく。
「年上への口のきき方がなってないからな、少し教えてやろうぜ」
「いいか。これは反則じゃねえ。生意気なプレイヤーへの俺らからの『指導』ってヤツだ」
そう言ってギャラリーを威嚇するように見渡した。それらしい正論を掲げ介入を許さないという意思表示。
押さえつけられた少女は身をよじらせるも逃げようとしない。
嫌なら試合を放棄すればいいだけの話だが、判断する平常心すら失っているのだ。
「彼女を助ける」
「え?」
皐月は先刻、上層階で登録復帰したばかりのARヘッドセットを取り出す。
「星司は上から職員を呼んできてくれ」
コート上を見据えながら、皐月の視界にニミュエ社のデバイス起動ロゴが投影される。
「わかった」
言いながら、星司が肩を竦ませる。
「お前にとっちゃ三人なんてハンデにもならないだろ? さっさと片付けちまえよ」
そう言い残すとあっという間に群衆に溶け込むように消えた。
残された皐月はたった一人でコートに上がる。
「おい、三馬鹿」
足を踏み出すと即座に情報が共有され、コートに立つ彼ら頭上にARの表示が浮かぶ。それぞれの選手としての登録コードと試合の持ち点。更にその奥、レイピアを床に転がして弱気を浮かべた少女の頭上には《YUI KASIHAZAKI》という名が遅れて表示されていた。
「ユイ・カシハ、ザキ……?」
「何やお前。まだ俺らにつっかかる気か⁉」
視界を邪魔するようにぬっとあらわれたのは不良の内の一人、金髪モヒカンの男だった。
「聞いてんのか!」
そういうデザインなのだろう――賊に似合う刃こぼれした湾刀を肩に乗せながら男ががなり散らす。
そのまま、前触れもなく金髪男は斬りかかった。
「おい、どうすんだこれ!」
闖入者の登場、そして突然の第二ラウンド開始の展開にギャラリーがどよめきを起こす。
「聞こえてるよ。だから、そう怒鳴り散らすな」
その喧騒を打ち消すように、澄んだ鞘鳴りの音が響く。
「う」
からん、と。湾刀を手から零し、鶏冠男は後ろに倒れた。何が起こったか分からない顔。
剣を抜き、一瞬で叩き伏せたのは皐月だった。直後、再び熱を帯びた声が沸いた。
「そんなに怖い目を向けるな。これは公式戦じゃない。そうだろ?」
「――ッ!」
大男がセスタスを構え吶喊。
しかし、皐月は迫る拳を身一つでかわし、お返しとばかりに剣で
その合間を瞬時にすり抜け、皐月が今度は加速する。灰色の目に映るのはコートに残された最後の一人だった。
「髪の色だけじゃねえ。おもしれえなあテメエ!」
鳥の巣頭は驚いた顔を浮かべるが一転、それは口元まで裂けるような笑みに変わった。
ぎん、と鋼同士がかち合い、鍔競る二人。無表情の灰色の瞳に映るのは、敵のマスケラのような無機質なにやけ顔。
「俺の斧は『
鳥の巣を揺らしながら、男の手に持つ斧が赤黒く煌めく。
「なます斬りにしてやらあ――」
どうやら鳥の巣頭が独自に編み出した剣技らしい。
だが、皐月はいつもの仏頂面のまま。呼吸一つ数えながら首を取りに来た刃をかわす。
「処刑人の斧。まあ、そんなところか」
「あ?」
斧を持ったまま。呆けた顔の鳥の巣頭は、間近ではっきりとその声を聞いた。
「汚い色だ。贋剣使いめ」
例えば、陸上選手が最高の記録を出す走りの前にイメージを巡らせるように。
例えば、弓使いが最高の一打を打ち出す前に取り決めていた呼吸を合わせるように。
騎士もまた、
かつて振るった久条の剣技を呼び起こす、その意志を以て詠唱にも似た気合がけをする。
「出し惜しみ無しだ――オーバーカレント」
直後、剣が閃く。
ついで起こったのは一方的な斬撃の打ち込みだった。
「ぐっ……ううううううッ!」
鳥の巣頭の斧をすり抜けるように殺到する、斬撃と電光のエフェクト。
皐月が男の挙動を全て予測し、回避する間もない剣撃を打ち込んでいるのだ。
紅い血しぶきが視界であちこち巻き起こり、肉のぶちまけるような音がした。ARでありながらも酸鼻極まる光景にギャラリーが静まり返る。
「てめえ――!」
血しぶきを割るように、男の右手が突き出される。
「舐めてんじゃねえぞ!」
カウンターとばかりに鳥の巣頭が斧を振り上げた。
さしもの皐月もその不意打ちには対応が遅れたのか。よけ切れず、剣と斧の柄が噛み合う。
「はは! テメエの非力さじゃ、こうされたら手も足もでねえよなあ!?」
ぎちぎちと音を立て競り合う二人。挑発的に舌を出した男がぐっと顔を寄せる。
「……合わせてやった」
鈍い音と共に、鋼の鬩ぎ合う金属音が止んだ。
「ふぇ?」
ぐっと近づき掴みやすくなった斧の柄で、皐月が男の顎を打ち付けたのだ。
「貴方の剣は遅すぎる」
「て、め――」
仰向けに倒れる男。
鳥の巣めいた髪の毛がぼふん、と音を立てた。
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