2-2 騎士道会館 ――上野某所にて

 受付前に並んだ木椅子の一つに皐月は腰を掛けると、視界に様々な情報がポップアップしてきた。

 どうやら、ここに所蔵されている騎士道に関連する電子資料を閲覧できるらしい。

 ここは元々図書館だったらしいが、その名残か。幼い頃に訪れた時も祖父の膝上で電子書籍の絵本を読ませてもらったのを思い出した。

 ただ、あの時はまだタブレットだったか。そんな記憶に思わず表情が緩むが、すぐに口元は真一文字に戻った。


「そういえば」


 思い出したのはつい昨日の出来事だった。

 あの時の自分は今の仏頂面の方がましだと思えるほどに酷い顔をしていたと思う。

 学校の保険医に亜姫を引き渡すその瞬間まで、彼女は自分の身体よりも皐月をずっと気遣っていた。

 彼女の助けになる為に、だから自分は競技資格を復旧させに来たのだろうか。分からない。

 皐月はそっと目を閉じた。

 静寂の中、時折立つ小さな物音はいつもなら煩わしい筈なのに。今だけは何故か気を安らがせてくれるのがありがたい。


「あれ? なあ、お前って久条皐月か?」

 背中からぽんと突き抜けるような声がした。ゆっくりと振り返るとすぐ後ろに座っていた男と眼が合う。

 パーカーに身を包み、足を広げ長椅子にもたれる様はまるで、ストリートダンサーのような風貌だ。

 しかし、その無法者のような見た目とは裏腹に、人懐っこく笑う男の顔には見覚えがあった。


「お前……星見か? 星見ほしみ星司せいじ?」

「ああ。覚えててくれて嬉しいぜ」


 嬉しそうにパーカー姿の青年、星見星司が身を乗り出してくる。


「中学以来だな。相変わらず辛気臭い顔してるからすぐわかったよ」

「そっちこそ中学時代から変わらない胡散臭さだな」


 だぶだぶのパーカーの袖から差し出された手を握り返す。白い歯が覗く笑顔に、寸分遅れて皐月の中でも懐かしい感情が沸き起こる。

 騎士道競技をしていた頃のチームメイトでもある星見星司。彼が競技を辞めた顛末も全て知っている。

 だからだろうか、再会の喜びの熱も少し落ち着いたところで、不思議そうな顔をし始める。


「もう騎士道競技自体やめたんじゃなかったのか? 今日は何しに?」


 そんな星司に、皐月は気まずそうに頬を掻いた。


「いろいろあってライセンスを復旧させに来たんだよ。それより星見こそ何でここに?」

「偵察だよ。中学で名を馳せた騎士がどこに進学したとかそういうデータ集めてんの。春は新しい高校生プレイヤーがここに登録しにくるだろ」


 星司は顔をすっと上げ、鼻を鳴らしてみせる。


「ああ、あと俺さ、今は帝徳とは違う高校行ってんだ。お前と同じだよ、皐月」

「マジか」


 皐月たちが通っていた帝徳は小中高一貫教育の学校だ。

 騎士道競技を辞めた事で通う意味を失い、普通高校に進学した皐月はともかく、星司も同じ道を辿っていたとは。


「そうか、いろいろあったんだな。今はどこに?」

「高円寺高校の情報科だよ。ARのプログラミングしながら騎士道も続けてる」

「高円寺……聞いた事無いな。騎士道部もあるのか?」

「はっは。そりゃあお前、高円寺なんて実績皆無の騎士道無名校だぜ?」


 怪訝な顔つきの皐月だが、星司は飄々とした顔を崩さない。


「まあ、何。無名校から成りあがって強豪倒す的なあれだよ」


 星司が面白おかしく肩を揺らす。

 帝徳を抜けた者同士、親近感を覚えてくれているらしい。


「帝徳は長く頂点に居過ぎたからな。ここらで元帝徳の俺がデータ騎士道でてっぺん制するんだよ、皐月くん。分かる?」

「いや、あんまり」


 そう答えると、星司はいよいよ腹を抱えて笑った。


「相変わらずの天然っぷりだなあ、皐月は。それで試合が始まると全然眼の色が変わるんだからな」


 そう言って、それまでの軽薄そうな顔立ちが一転、真剣なものとなる。


「まあ、いいや。これでも見ろよ」


 星司が胸ポケットから取り出したのはARのデバイスだった。金属質な艶を帯びた丸いそれは、昔の貴族が身に着ける片眼鏡モノクルを模している。


「実はある程度データは集めたんだ。こういうのってルール違反でもないしさ」

「非公開設定にしてなければプレイヤー情報はARでチェックできるけど……」


 騎士道競技を行っているプレイヤーは、ストリートでの試合に備えて常に待機状態にしている者が多い。

 ARの端末でマッチングするその機能を利用して星司は様々なプレイヤーの公開プロフィールや試合成績などの情報を集めているのだと言う。


「あちこちに転がってる公開データを拾ってはレーティングを作る奴らもいるんだぜ?」


 星司がモノクルを手のひらに置くと、レンズ面から青白いホロディスプレイが投影される。

 どうやらこれが東京都内の高校の騎士道データベースらしい。


「皐月の学校のランクも出てる筈だぜ? つかお前、どこに進学したんだ? 」


 言いながら、星司は空いた左手でホロディスプレイをフリック操作していく。 


「お前の腕なら四ツ谷の聖ミカとか臨海の尽愛辺りか? あそこは女子も多いって聞くぜ」

「いや、どっちも違う。駒木野高校だよ」

「知らん。どこそれ」


 釈然としない顔。ホロディスプレイを叩いていた指が空中に静止している。


「西東京になるのかな。八王子の西の方にある都立高」


 そう補足するのだが、星司の反応は芳しくない。


「聞いた事無いな。うーん……」


 一瞬動きを止める星司だが、すぐにまた人差し指が動き出す。

 ウインドウを新たに呼び出し検索をかける。その様は中学時代と何ら変わらない。

 相変わらずのデータマニアっぷりに、皐月は苦笑いを浮かべながら見守った。



「駒木野……あった。過去最高は西東京ベスト4。それも半世紀も前かよ! なんでこんな高校で騎士道再開しようと思ったんだ?」

「それは――」 


 そもそも、皐月は騎士道部に入るつもりなんて無かったのだ。

 込み入った事情を説明しようとするのだが……

 コーン、と。耳朶を打つ柔らかな鐘の音。首を伸ばした先では受付嬢が小さく手を掲げているのが見えた。


「悪い。手続きが終わったみたいだ」

「なあ、皐月。お前この後ヒマ?」


 慌てて立ち上がろうとする皐月を星司は呼び止める。


「終わったら一緒にメシでも食わねえか?」


 モノクルを大事そうにハンカチで拭きながら、こちらを見上げる鳶色の目は好奇心に溢れていた。


「そうだな……せっかくだし食って行こうかな」


 思えば、帝徳時代の皐月にも分け隔てなく接してくれたのが星司だった。

 だからなのか。

 いつもならばこういった類の誘いは断る皐月は頷き返していた。

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