1-7 騎士姫の真白の剣
まずは一合。皐月の剣が芽吹き始めた若草の何本かを抉り散らす。
「……ッ!」
地面すれすれから振り上げた剣の一撃。しかし、亜姫はそれをひらりと交わしてみせた。
かろうじて触れたのはサイドテールの端。
青銀の髪が数本散り、今度は亜姫の反撃が来る。
「確かに、腕はいいみたいだ」
ギン、と贋剣同士の接触が織りなす、鋼に似た快音。
刃を押し返しながら皐月は思った。
「まずはその余裕たっぷりの鼻っ柱よ!」
不意に、眼前の亜姫が視界から消える。皐月は殆ど勘で剣を構えると、耳元で鋼の擦過音が響く。
ホログラムに投影された偽物の火花で視界が灼けきった次の瞬間、皐月は競り合っていた剣を上天に打ち払った。
仄かに舞った火花の残滓が黒く沈んで消失。そこを割ってくる亜姫の追撃をもう一度弾く。
――なかなかやる。
距離を取りながら心の中で唸った。決して手を抜いたわけではない。少女の
それは果たして油断のせいか、実戦から遠ざかったせいで剣の腕が鈍ったのか。
それとも彼女が真実強く、皐月の地力を上回るからなのか。
様々な仮説が逡巡しては消える。
「君、手を抜いてるでしょ?」
止まる事の無かった剣戟の応酬がようやく落ち着きを見せたところで亜姫が一言投げかける。
だが、切っ先は皐月に未だ向けたまま、けっして下ろさない。いつでも攻勢に転じかねない殺気を全身から放っている。
「皆瀬さんにはそういう風に見えるんだ?」
「あれこれ考えてる剣」
亜姫は剣呑とした空気を纏わせながら、目を細める。
「いいわ。本気にしてやる」
言い終わる頃には消えていた。
次に亜姫の顔が見えたのは間近に迫り剣を突き立てていた瞬間だった。
がきん、と。先程よりも加速度を増した一撃がくる。
「最初から全開なんて。駆け引きってものを知らないのかよ!」
「喋ってる暇があるの⁉ 久条の剣って全然遅いんだね!」
打ち合う度、肌に、握り締めた剣に、亜姫の言葉が強烈に響いてくる。
自分の家を馬鹿にされて一瞬沸騰しかける心。皐月はそれを必死で自制した。
「くそ!」
誰に向けるでもなく、罵声は自身へと向けられる。
この状況でまだ自分は迷っている。久条の家に未練がある。そう知らされるような一撃。
「はあああッ!」
恐ろしい程の剣圧だ。白刃が何度も押し寄せる。
皐月は無理に競らずにそれらを受け流した。無駄に力を消耗せず隙を待つ。先ほどの打ち合いからそういう駆け引きをしている。
しかし、それでも亜姫は執拗に剣を真っ向から合わせに来るのだ。
久条の騎士道場で皐月が学んだのは初撃必中、常に先手で立ち廻る攻撃の型だった。
しかし、亜姫はそれ以上の超攻撃型の立ち回り。ペース配分を無視したような一撃を開幕から連発している。
勝負はまだ数秒と経っていないのに、この序盤で決められなかったら彼女はどうするつもりなのだろうか。
「調子に、乗るな!」
亜姫の攻めに対応していると、自然と自分の攻撃性も呼び覚まされる。
柄を握る手に力が込められているのに気づきながら皐月は剣を振るが、そのような攻撃は当然空振る。
「私はね――久条君」
距離を取った先で亜姫が剣を構えながら言う。
「この前電車で会った時からずっと引っかかってたの。非道を非道と言いきれる君の清廉さ。君は間違いなく騎士の心を持った人だよ」
「いいや違う! 俺は騎士なんかじゃない。ただの贋剣使いだ」
競技用の剣――贋剣を振りながら、皐月は後ずさった。
まるで、何かから逃げるように。
「贋剣使い、ね……」
亜姫は寂しげな表情を浮かべるが、それも一瞬。
「なら、今はいい。それでも私は、皆瀬亜姫の全力を君に見せつけるだけだから」
だから、今だけは全力で来てほしい――そう言いたげに握った剣を眉間まで寄せた次の瞬間、
「あっ」
二人の視線がふと空を向いた。
空に暗雲が垂れ込み始めていた。夕陽は既に灰色に変わり、頬を打つ風も心なしか湿っぽい。
降ってきそうな空。
「!!」
それも束の間、ガツンというおよそ強化カーボン同士の衝突と思えぬ残響。暗黙の内に戦いは再開される。
「はあっ!」
皐月が攻勢に出る。
剣を振るう度、エフェクトの火花が視界に飛び散っては消えていく。
そうだ。この感覚だ。剣を合わせる度に響く胸をすく鋼の音。懐かしい死闘の再来は涸れていた神経に再び熱い物を走らせる。
かつて久条の家で総身に叩き込まれた騎士道剣術の動き。
戦いの熱に酔い、本能的に選択され続ける刹那の判断。戦いの勘は体が覚えていた。
それはきっと亜姫が全てをかなぐり捨てて向かって来るから――だが、本当にそれだけか。
「これは……確かにッ! ブランク持ちなんて嘘じゃないの!?」
一方の亜姫もまた燃えていた。忘我の境地で皐月の連撃をいなしつつ、剣を合わせる。
皐月の攻撃は的確極まりない。間合いの短いショートソードの先端が両肩を擦るものの、今の一撃もぎりぎりでクリティカル判定の強打は避けている。
この一撃が決まっていたら死んでいる。そんな剣ばかりが肩を脇腹をニアミスする。
「ははっ!」
亜姫は三度、勝負の女神に感謝した。それと同時に不思議と笑いがこみ上げた。
ぎりぎりの戦いに全身の毛穴からアドレナリンが噴き出している。
「けど、まだまだここから!」
皐月の剣を打ち返し、攻守が入れ替わる。
いよいよ戦いも佳境かと思われた矢先、亜姫は踏み込んでいた足を止めた。
額を打つのは濡れた感触だった。
「雨か」
亜姫の言葉を理解するより早く、皐月も頬を伝う水滴に気づいた。
「よし、それなら――」
その中で、亜姫は一つ決心したように一人頷いた。
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