1-6 抜剣 ーdraw swordー

 遠く風に乗って、野球部のエイオーという声が聞こえてくる。二人は駒木野高校の外れ、裏庭へと足を踏み入れていた。錆混じりのフェンスが並び立ち、その向こうに広がるのは緑の高草。艶々と夕陽に染まり、彼方まで波打っている。


「ここなら誰もいなそうだし、いいんじゃないかな」


 持ってきたショルダーバッグを下ろす亜姫。

 その中から取り出したのは二振りの剣だった。


「いつも二本持ち歩いてるの?」

「いつでも誰かと草試合ができるように。合衆国のストリートの騎士達なら常識よ」

「ストリートか」


 スケボーやラップバトル感覚で贋作の剣を打ち合う。なんて笑えない光景だろうと思う。


「あ、そういえば私片手剣しか持ってないけど、大丈夫?」

「大丈夫。俺も剣使いだったから」

「良かったわ。君が槍とか斧の使い手でなくて」


 亜姫は持っていた剣をくるりと回し、柄を向けて寄越した。


「試合形式は?」


 競技用の贋作の剣を受け取る皐月に、亜姫は尋ねた。


「ここじゃ試合場みたいに機械審判も出来ないし、互いのデバイスの判定頼みだろうな」

「自己申告制ね。分かった」


 この会話だけで察したようで、亜姫は小首を傾けにこりと微笑む。

 なるほど野良の草試合には慣れているらしい。

 騎士道競技は全身にセンサーの回路が施された試合用の防具を身に纏って行う。

 コート内で試合を行う通常の試合ならば、武具が防具の回路にヒットすると四隅で監視する機器によってダメージが演算される。そうやってさながらゲームのヒットポイントのように持ち点がリアルタイムで減っていく。

 しかし、ここには機械審判用機器は存在せず、互いの勝負は自己申告と、武具の剣圧センサーだけが頼りだ。

 あとはARデバイスのローカルリンクで演算される簡易的な判定のみ。


「お互いが納得できるような一撃を決勝点にしよう」

「明暗ね。それなら後腐れも無いわ」


 バッグを片付けながら亜姫が立ち上がる。

 その顔には並々ならぬ闘志が宿っていた。


「私ね、駒木野騎士道部で全国制覇するのが私の夢なの」

「全国か」


 皐月が鼻で笑うのも無理は無い。

 それなりのプレイヤーだとは自称しているが、活動も怪しい無名校の部活でいきなり全国制覇だなんて。

 そもそも彼女は自分の実力を分かって言っているのだろうか。


「でも、ここの騎士道部ってさ、部員足りなくて今は殆ど活動してないんだって。私が入部しても大会出られないみたいでさ」


 それでも亜姫は真剣な顔を崩さない。


「だから君も、私のような強者と一緒に全国を目指そう」


 目の前にある亜姫の手のひら。

 それを見て、皐月の灰色の瞳がぱちくりと二度瞬く。


「やっぱり。勧誘じゃないか」

「無理強いはしない。でも、もしこの一戦で私が勝ったら、その時は入部を検討してほしい」

「検討って」


 取ってつけたような物言いに、皐月は心底呆れかえりそうな気になる。

 亜姫は本当に皐月を騎士道部に誘いたいんだろう。

 だが、負けたら入れという脅迫めいた物では無く、あくまでも皐月の自由意志に委ねるのだという。


「俺が勝ったらそれはそれで終わりって事でいいんだよね?」

「言っとくけど、私結構強いよ?」


 不敵な亜姫の表情に皐月は小さく息を吐いた。

 隠しきれないのは好奇心だけでなく、剣の腕への自信もか。


「――分かったよ。始めよう」


 皐月は試合に都合の良さそうな距離を取って亜姫と対峙した。


「デバイスを立ち上げましょう」

 二人がそれぞれの懐から取り出したのはARデバイス。学校内では常に携帯を義務付けられている端末だ。

 皐月は音楽プレイヤーにも似たイヤーピースにヘッドセットを取り付けたタイプのデバイス。一方の亜姫は顔面を覆うフェイスシールド型の透過保護具(ブリスター)だ。


「それ、いつも持ち歩いてる? かさばらない?」

「素晴らしい相手と出会ったら剣を合わせられるように。騎士道プレイヤーの常識よ」

「うへえ」


 こめかみを小突くと耳鳴りのような電子音が微かに響き、励起したホログラムが湖面のような波紋を作る。

 視界の景色に重なって浮かび上がったのは、乙女の横顔――拡張現実分野でシェアを二分するニミュエ社のエンブレムだ。


「対戦にはこれを使って。簡易的だけど、草試合用の判定アプリよ」


 言われるまま、亜姫から送信されたアプリをインストールする。

 可愛らしいマスコットキャラが音声付きで利用方法を説明していた。

 この一戦を終えたら即アンインストールするのに。消えるのが分かっているアプリのマスコット相手に憐憫を覚える。


「導入完了したみたいだ。ちょっと試してみていいかな?」


 そう言いながら、皐月が試合時の癖でこつんと剣で腕を小突く。


「うん。問題なさそうね。端末も、君自身も」


 不思議そうな皐月に亜姫は、人差し指をくゆらせながら続ける。


「ちゃんと騎士道の試合の段取り覚えてるじゃない」


 その言葉の意味をようやく理解する。

 ふっと沸いてきた感情は恥ずかしさと居心地の悪さ。


「嫌というほどやらされてきたからな」


 視界の端に目をやると、投影された時刻表示が丁度切り替わったところだった。

 示し合わせたように彼方から聞こえてくるのは夕方五時の下校を告げるチャイム。


「そろそろ始めよう。もう時間も無いし」

「そうね」


 まだ鳴りやまない鐘に耳を傾けていると、視界にホロディスプレイがポップアップする。亜姫とのローカルリンクが完了したという通知だ。

 互いの剣の切っ先を正中線上に向ける。

 こめかみの端末基部から伝わってくるチチチという鳴動音。胸元の急所を判別したARデバイスが演算と共に試合開始のカウントが始まった。


 ――最初の一撃だ。それで終わる。



「「はあああああああああああッ!」」



 下校の鐘が鳴り止むと同時に、試合が始まった。




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