第8話



「ミーちゃん遅いよー」


「えぇー?今は開けたばっかだろ?」

 

「店はそうだけどさー。これ食べて!」


「おぅ…キッシュじゃん」


「うん」


「じゃぁ、1個…うん、美味いよ!」


「やった!私が1個食べるから、残りは全部ミーちゃんのね!」


「いいの?うまいから全部食えるぜ!」



あぁ…そうだった…。


あの日、アパートでおやつ代わりにフライパンでキッシュ…ミカに作ってやったっけ…。


三井はキッシュを食べて思い出した…。




「ねぇ、パイ生地はどう?」


「うん、焼き加減も良いよ」


「でもね…これはママの味なんだ」


「いや、これはもう、ミカの味だよ」


「えへへ…でも、なんかちょっと違うって、いつもママが言ってた…」


「うまいんだから良いと思うけどな…ちなみにどう違うの?」


「うーん…私はこれしか食べてないけど、なんか甘さとコク?」


「ふーん…これ牛乳で作ったよね?」


「うん」


「ならさ、生クリームも使ってみ…それとハチミツを極少量…」


「ハチミツ?」


「うん、良く溶かしてね」


「あとは、バターを使ってるから…代わりにラードを使ってもおいしいよ」


「へぇー…そっか…やってみる」


「って完食!美味かったよ!俺が作るよりうまいよ!」


「愛情込めたからね…プッ…」


「あぁ、でも、それはホントに、料理は美味くなるんだぜ…誰に食わせるかで味は変わるよ…」


「ねぇねぇ、今度はシューマイ作るね」


「うん、すげぇ楽しみだよ…って言うより、ビール飲もうぜ」  


「あはは…忘れてた」


グラスに注いで、今日初めての乾杯をした。

 

腹が満ちた三井は、タバコをくゆらせ、ミカの笑顔を眺めていた…。


昔、三井のアパートで三井の前にちょこんと座り、笑顔で三井の頬を撫ぜる黒い髪をしたミカの笑顔とだぶって見えた…。


今、目の前のミカは茶色く明るい髪だった…。


「ミカ…」


「ん?なに?」


「えへへ、呼んでみただけ…」


「なんだよ、それ…あはは」


三井はつい、ミカの名を呼んでしまった…。


それは黒髪のミカを呼んだのか、今の茶髪のミカを呼んだのか、三井自身も判らなかった…。


「ミーちゃん、ハーパー無くなるよー」


「なら新しいの入れてよ…」


「そう言えば、好きなバーボンあるっていってたよね?」


「あぁ…オールドクロウってやつね」


「合ってた!これでしょ?」


紙の袋から取り出し、カウンターの上に置いた。


「うん!それそれ!!」


「ミーちゃん用に仕入れました」


「嬉しいなぁ…俺専用?」


「当たり前よ、ってか誰も飲みたがらないし…」


「あはは…それ、旨いんだぜーまた、楽しみが増えたよ…ありがと」


「えへへ…えへへ…」

 

三井に見せるミカの笑顔は、三井を本当に癒やしてくれた…。


「ミカってホントに可愛かったんだな」


「えぇー!じゃあ、今まで可愛いい、可愛いいって言ってたのは、なに!?」  


「あはは、いやぁー可愛いんだよ、ホントに可愛いといつも思っているよ…でも、今日は特別に可愛いいんだよ…」


「まぁ、褒められてんだから、許す!」


「ってかさ、最近、ミカは上から目線?」


「ミーちゃんだからよ!」


「意味判らん…」  


「えへへ…」

 

カラーン…。


「いらっしゃい!!」


ミカは元気にお客を迎えた…。



「ねぇママ…やっぱり私は私だよね?samは私をどう思っているのかな?ママだけ今も愛しているのかな?」


黒髪のママは首を横に振った気がした…。


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