第6話



「私、孤児だったんだ…9歳まで…」


ミカは自分を話しだした…。


「お母さんに…育ててくれたお母さんに見つけて貰って、お母さんと暮らすまで施設にいたんだ」


三井は頷き聞いている。


「一緒暮して楽しかったよ。嬉しかったよ。でも、お母さん、少し変わっていてね…」


「ん?」


「自分の気の向いた時だけ母親やるんだけど、そうじゃ無い時はひとりの女として、私に向き合うの…」


「うーん?」

 

三井は首を傾げた。


「なんて言ったらいいのかな?女同士の会話?いや、幼い私に女ってこんなもの…みたいな感じを教える?うまく言えないなぁ…」


「うーん、例えばさ、子供のミカちゃんに母親としてじゃなく、他所の綺麗なお姉さんがミカちゃんにこんな女の行き方もあるんだよって、雰囲気で伝えるって感じ?」


三井は続ける。


「よくさ、夜に家の前でひとりで泣いていると、隣に住んでる夜に働くお姉さんがなだめるでも無くね」


「うん…」


「黙ってミカちゃんの隣に座って、泣いてるミカちゃんのおでこをさすって、ちょんって小突いてね…早く大人になりな…大人になって稼ぎなよ。そうすりゃ、夜だって悲しく無くなるよ…って言ってどこかへ去って行く…みたいな?」


「うーん、ちょっと違うような気がするけど、そんな話もされたような気もする…」


「で?それで?」


「お母さんってね。自分の話をいっぱい話すんだよ。それもね、娘の私にそんな事まで話しちゃうの?って子供心に思う程の話をね」


「うんうん…」


「お母さんは私を自分って、若い頃の自分に対して話をしている…そんな感じなんだ」


カラーン…。


「いらっしゃい!」


その時、ふたりのサラリーマン風の客が入って来た。


「しずくん、あっくん、いらっしゃい!」


ふたりはカウンターへ座る。


「お疲れ様、はい!」


おしぼりとお通し、アイスペールに焼酎をカウンターへ置き、三井に囁く。


「中途半端で話を終わらせないよ。最後まで聞いてよね。帰らないで」


「あはは、先手を打ったね。大丈夫、まだいるよ」


「え?何なに?ナイショ話?」


あっくんと呼ばれた客が訊く。


「そうよ、ナイショ話!」


「混ぜてよー」


今度はしずくんと呼ばれた客が割り込んでくる。


「あはは、ナイショ話では無いですよ」


「しずくん、あっくん。こちら三井さんね。私のか・れ・し…だからね」


ミカはイタズラっぽく笑った。


三井も悪ノリし、ワザと唇に人差し指を当てた。


「ミカ…シィー…」


「ありゃ?ママに彼氏?残念!」


「なぁー?そろそろデートに誘いたかったのになぁー」


しずくんとあっくんが戯ける。


「んなこと言ってると可愛い奥さんに言っちゃうぞー」


「あはは…勘弁して…」


「でも、ふたり一緒に来るなんて珍しいね?」


「駅で偶然に一緒になったから」


「よしよし、なら、今日はふたりでグチり合いなさい…プッ」


「ママはひでぇな…いつもグチってるみたいじゃん」


「まぁ、そうだけどね」


しずくんがグラスを傾け、そう言った。


「まぁ、グチって、酒で流してまだ頑張れば良いですよ」


三井が助け舟を出す。


「ほらーママの彼氏さんだって…」


「こらこら、ダーリン、余計な事言わないで…図に乗る」


「ひでぇな…あはは」


しずくんとあっくんは楽しそうに笑う。


「三井さん、今度グチを聞いてくださいよ?」


「あはは、私で良ければ…」


「ダメダメ、面倒くさいよー」


「ママは男の苦悩が判らんからね」


あっくんがシタリ顔で言う。


「仕事のグチでしょ?答えられるか判らないけど、聞いてスッキリするなら聞きますよ」


「マジすっか?俺達営業の部署なんすけど…」


「私は建築関係の営業しか判らないですよ?」


「何の業種でも、営業の先輩じゃないっすか?」


しずくんが言う。


「最近成績が上がらなくて…なぁ?」


「俺は前からダメだよーだから、ヒラのまま。お前なんか係長代理じゃんか」


「係長代理っても変わらないよ。成績悪けりゃ追い越される」


「ふたりは同じ職場?」


「いいえ、違う会社です。俺達は中学の同級生で腐れ縁です」


しずくんが三井の話を聞きたそうにしている。


「じゃぁ、私が思う一般の営業の話をしましょうか?ありきたりですが…」


ミカはビールを飲みながら、明日のお通しの準備をしている。


三井は自分なりの営業でやってきた事を話し始めた。


あっくんも食い付いてきた。


三井がひと通り話すと、あっくんとしずくんは頷く。


ミカが三井のグラスに氷を足して、バーボンを注いだ。





三井はミカが注いだバーボンをひと口飲み、話を続ける。


「私は建築屋だったから、そうそう営業かけても仕事に結びつかない。だけどね…」



三井はクレームの対応や契約後の接客の心得などをあっくんやしずくんに訊かれるままに、長々と話しだした。



「ビールくれる?」


三井はミカのビールが空いたのを見て、まだミカの彼氏を演じたまま、ミカと自分へビールを注ぐ。


それを察し、ミカはウィンクで返す。



三井は、自分の信念を伝えた。


ふたりの疑問に三井なりに、ていねいに答えた。


理解出来たかどうかは判らなかったが、ふたりは食い入るように聞いてくれた。


三井はチラリとミカを見る。


ミカは退屈そうに、横を向き何度もアクビを噛み締めていた。


「あはは…」


なんで笑うか、あっくんとしずくんは判らす、つられて笑う。


「うん、ありきたりな話だったね…ゴメンね」


「イヤイヤ…」


「また、話、聞いていいですか?」


「ハイ、いつでも…」


「ダメよ!私がつまらないじゃない!」


「あはは…ママ、ヤキモチ?」


「キィー!」


「あははははは…」


あっくんとしずくんは、三井さんまたと、挨拶をし帰った。


「もう〜長いよ〜」


「ゴメンゴメン、でも良い青年達だね…」


「うん、良い子達だよ」


「つか、ミカちゃんと、たいした歳変わらないよ。子達って…」


「あっ!さっきはミカって言ったのに、なんでミカちゃんなの?もうミカって呼びなよー」


「あれは、ミカちゃんが彼氏って言うから、ふざけて乗っただけ…」


「違うよ!三井がどう思おうと、私は彼氏って決めたから!」


「えぇー?こんな可愛いミカちゃんに言われたらすげぇ嬉しいけど…」


「ミカちゃん?ん?ミカちゃん?」


「ミカ」


「よろしい!えへへ…」


「いいのかな?」


「あっくんとしずくんに言ったからね。もう、すぐに広まるよ…」


「まあ、飲もうか?」


三井は年甲斐もなく照れて、話を変えた。


「で、なんだっけ?お母さんの話…」


「そうそう、私が施設から引き取られた時は、結婚していて、お父さんもいたんだよ…」


「そうなんだ…」


「でも、隣から火事を貰って逃げ遅れて死んじゃった。その時、お母さんの気まぐれで、私とお母さんはフラッと海を見に行ってたんだよ」


「そりゃ悲しね」


「いや、私は引き取られて直ぐだったから、お父さん、あまり記憶に無いんだよ」


「そっか…」


「うん、お母さんが気まぐれでそこの海へ良く行くのは、お父さんも公認だったみたい」


「そこの海が、好きなんだね?故郷かな?」


「いや、違うよ。なんかお母さんの昔の恋人と行った海で、まだ、お母さんはその人が忘れられないって、お母さんから聞いたもん」


三井は頷き聞いている。


「お母さんね、お父さんと結婚するまでの男の話を良く私に話した。順番も容姿も曖昧で覚えて無いけど、男と時間を過ごした街だけは覚えていた…。ただね…」


「ただ?」


「海へ一緒に行った男のことだけは、全てが鮮明に覚えていたみたい。その男の話は何度も何度も聞かされた」


「うん」


「その人に抱かれた話までも子供の私に聞かせるんだ。まるで自分が若かった頃…いや、その前のその人と出会う前の自分…」


「うんうん…」


「その出会う前の自分に言い聞かせるようにね…お母さんは、後悔していたのかな?」


「でも結婚したんでしょ?別の男性と…」


「うん、お父さんね。でも、あれは、養子…私だけど…施設から引き取るには夫婦であって、シングルでは、ダメだから…お母さん、子供が産めなかったのか、産まなかったのか判らないけど、娘が欲しかったんだって…」


三井は頷く。


「だから、養子を育てるって、お父さんにそれを条件に結婚したって、お母さんは話してたよ。お父さん、お母さんにべた惚れだったみたいだから了解したんだって…」


「へぇー」


「お母さん、あの海へ一緒に行った人を忘れられなかったのに、なんで別れたのかな?って私はずっと考えたよ」


「へぇー」


「訊いても答えてくれなかったから」


ミカはグラスを開けた。


「ミカちゃん、もっと飲もう」


「あぁ〜??忘れた?わざとなら怒るよ!」


「そっかゴメンゴメン、ゴホン!ミカ、ビール」


「えへへ、有り難う!いただきまーす」


ビールを出しながらミカは話す。


「でも、娘に良いも悪いも無く、なんでも話すお母さんを、私は好きで憧れもしたよ。お母さんみたいになりたいなって…」


「ミカは、ミカのママの感性を受け継いだんだね」


「うん、ってか、やっと普通に呼べたね」


「あはは、あれだけ脅されちゃね」


「脅して無いよ。イジワルだな」


ミカは唇を尖らす。


三井はミカを愛らしく思った。




「ねぇママ…良いよね?三井さん…いや、samを好きになっても良いよね?」


黒髪のママは少し拗ねた様に感じたが、いつもの笑顔でミカに頷いた…。




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