第5話




お客さんは、あの後何人か来たが、引き止められるまま、三井は結局、ラストまで店にいた。


「明日も来てくれる?」


「あぁ…」


「待ってるからねー!!」



同じ名前で、俺に好意的。


見た目と年齢は違うけれど、三井は、一緒に暮して、いつの間にか風の様に去って行った黒い髪のミカと言う女を思い出した。


店でミカの事は、何度も思い出した。


スナック みかのミカは何故だか、あのミカを思い出させた。


昼間、仕事を終えるとそのままスナック みかへと足が進む。


どうせ、帰っても妻と言う名の同居人がいるだけだから…。


「いらっしゃい!」


「来ちゃった」


「待ってたよ!」


今日もオープンからでまだ他の客はいない。


「ねぇ三井さん、ちょっとこれ食べてみてよ」


茹で卵の味噌漬け…。


「ちょっと味が濃いかな?」


「どれ…うーん、美味いよ!味噌の加減も悪くないし、茹で加減も最高だよ」


「嬉しい!気に入って貰えた?」


「俺は卵って大好きってぇのもあるけど、これは美味いよ。黄身の加減が絶妙だよ」


「なんかね、三井さんに私の作った物をなんか食べて欲しいんだよね?なんでかな?」


「俺に惚れたか?」


「あはは、そうかもね…ひとめぼれかな?」


「ホントかよ?まぁ嬉しいけどね…取りあえずミカちゃんにもビールね」


「最初はビールにする?あっ!お客さんが来る前に食べちゃって!これは店には出さないから」


グラスふたつにビール一本、あとは、三井のボトルに氷を入れたグラス。


乾杯したあと、三井は、急いで卵を食べ終えると、女のお客さんが入って来た。


「あら、お姉さんいらっしゃい!」


女の客は三井よりふたつ離れたカウンターへ座った。


女の客は三井に会釈をした。


三井もそれに笑顔で返す。


「ミカちゃん、焼酎ウーロン割りね」


ミカは、三井と女の客へ、ナムルのお通しを出し、女の客へ話し掛ける。


「お姉さん、今日は早いのね?」


「今日、彼は残業で会えないって…だから、ミカちゃんに会いに来た」


「ちゃんと働いて偉いじゃない」


「なんか最近、怪しいのよ…ホントに残業かしら…他の女に会ってないかしら…ってねー」


「お姉さんはヤキモチ妬きだからねー、年下彼氏くんにベタ惚れ!」


「うん、私はこんな仕事してるでしょ?だから、尚更なんだよー。色んな男、見てるからね…でもね、それをいつまで隠しておけるかっていうのも不安なんだよね…」


女の客はチラリと三井を見たが、話を続ける。


「ミカちゃん、彼にホントの事言ったら嫌われるかな?」


「うーん…どうだろ?」


ミカもチラリと三井を見た。


三井は無関心を装う。


「ねぇお兄さん…どう思う?」


女の客が三井に話し掛けた、


「え?俺が意見を言っても良いの?」


「この店でカウンター座ってる人なら大丈夫でしよ?」





女の客の名はさやと言った。


彼女はソープ嬢で、長年風俗で働いている。


年下の彼氏は、さやがソープ嬢と言うことは知らない。


彼氏は風俗店の客では無く、仕事の帰りに立ち寄ったカウンターバーで知り合ったのた。


彼氏には、以前働いていた美容室で美容師として働いていることにしていた。


さやに子供がいることは話してある。


彼氏はそれでも良いと言ってくれた。


しかし、話そうとは何度も試みたがソープ嬢だとは言えなかった。


さやもさほど若くはない。


彼氏との子供を作れる時間は限られている。


ソープで稼いだお金で自分の美容室を開く目星もついた。


さやは風俗から足を洗い、結婚したかった。


しかし、今の仕事を彼氏に言わないと

うそをつき続けるのが、彼氏への裏切りみたいで悩んでいたのだ。


「ねぇお兄さん…」


「三井で良いですよ」


「じゃぁ、三井さん、男としては、ちゃんと話して欲しいかな?」


「俺はね、ソープ嬢には偏見無いから、言ってくれた方が、良いよ…でもね、大概の男はそれを聞いたら嫌なんじゃないかな?」


「そうだよね?」


「実際、彼氏はどうなの?」


「うーん、ホントの事を言っても納得してくれるかもしれないけど…」


「それなら言わないで、死ぬまで黙っていた方が良いよ…」


「私もその方が良いと思うなぁ…」


ミカも同意する。


「でもね、ソープのお客さんとどこかでバッタリ会ったらって思うのよ」


「うーん…難しいね、でも、彼氏と一緒にいるとこでソープの客と会っても、普通は、ソープの話はしないんじゃない?」


「いやぁー、ソープの客って結構、危なっかしい人、多いからね」


「まぁ、彼氏がどのくらい、理解があるかだね?きちんと話して、店を開く為にソープで働いたって言えば、俺なら、納得するけどな…だって、その時はソープは過去の話でしょ?」


「お姉さん…ソープをあがったら話したら?」


「そうだね…有り難う、もう1度考えてみるよ…」


さやはそう言うと帰って行った。


「さやちゃんはもう自分でどうするか決めているみたいだね」


三井は言った。


「うん、だだ、話を聞いて欲しかったんだと思うよ…三井さん、私も前にはソープ嬢だったって言ったらどうする?」


「どうもしないよ…大変な仕事だったねって言うだけたよ…俺は、本気で風俗嬢には偏見は持っていないからね。仕事でするのと彼氏とするのは違うでしょ?」


「そうだよねーうん…」


「だから、以前ミカちゃんがソープ嬢だろうと今スナックをやりながらソープ嬢をやってたとしても、ミカちゃんはミカちゃんだから……」


「俺がミカちゃんの彼なら、何でも本当を話してくれたら、それでいい…俺は気にしないよ」


「やっぱ三井さんだなー。三井さんならそう言うと思ったよ…らびゅー」


「あはは…嬉しいな…ってか、俺こそミカちゃんの事、何も知らないよ?知らなきゃ口説くのに、他の男より不利だなぁ~」


「他の男なんていないよ…彼氏なんか作る時間無いよ」


「なら、俺だって無理じゃん」


「三井さんは、別かな~?」


「別なことあるかい!おんなじだろ?」


「んー?やっぱ、違う気がする」


「何でよ?」


「分かんない…」


「って、なんだそりゃ?つか、ビールもう一本出しなよ。無いよ」


「そんなに飲ましてどうするの?ありがと!」


「そんくらいじゃ、酔わないくせに…」


「知ってた?私、いくら飲んでも酔わないよ~」


「あはは…1度、本気で酔わせてみたいなぁ」


「酔ったら、三井さん、襲っちゃうよ?ガゥ〜」


「あはは…襲われてぇ…」


「あはは…なんかね、三井さんだと安心するんだ…何でかな?だから、もっと三井さんが知りたい…」


「知りたいって、俺はこのまんまだよ…話す事なんか特に無いよ」


なら、私が話そうとミカは言った…。


「私ね、孤児だったんだ…。」




自宅へ戻り、三井はミカの話を思い返していた…。


話を聞けば聞くほど若き日の自分とミカを思い出す…。


「ミカ…あの日、何で去ったんだ?あの噂の為?それなら、何で俺に頼らなかったんだ…?」


三井は、黒い髪のミカの伏せた横顔を思い出していた…。



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