第3話
「そう言えばさぁ、ミカちゃん、食べ物のメニューってあるの?」
「三井さん、お腹空いた?」
「いや、そうじゃなくて、あんだけ上手いお通し出すんだから、料理のメニューもかなり充実してんじゃないかな?って思ってね」
「うちは、お通し以外は乾き物だけだよ」
「そりゃ勿体ないね」
「だって、仕入れや仕込みに時間を取られちゃうもん」
「なら、寝ていたいか?」
「うん!」
「あはは…ハッキリしてるなぁ…むしろ、清々しいよ」
「でしょ?」
「でしょって言われても…まぉ、料理作って、カウンターじゃ大変だよね」
「三井さん、なんか詳しいね?」
「まぁ、若い頃、コックだったし、自分の店も開いたことあるしね」
「そうなの?じゃぁ、お料理作れるんだね?」
「今は作らないよ…まぁ。作り方くらいはまだ全部忘れてはいないけどね」
「何系?」
「銀河系」
「へぇーって、宇宙戦艦ヤマトか?」
「あはは…洋食だよ」
「へぇー、今作りたい料理があるんだけど…」
「何?」
「キッシュ」
「あぁ、あれ、俺も好きな料理だよ…簡単だよ」
「今度、1度作るから味みてくれる?」
「うん」
「って、三井さんってなんの仕事?」
「今は、サラリーマンかな?」
「だってコックさんでお店やってたんでしょ?」
「うん、若い頃だよ。俺、実家が工務店だったのね。いわゆる大工さん」
「へぇー」
「で、子供の時分から、現場連れて行かれて、高校の時には、もう、いっぱしの大工仕事、出来てたんだ…。でも、跡を継ぎたく無くて、コックやったの…で、店開いたんだけど、実家、跡継ぎは俺しかいなかったのよ…で、お袋に呼ばれてね、跡を継げって諭された」
「へぇー」
「つか、へぇばかりだな…お腹にガス溜まってる?」
「あはは、真面目に聞いてのに、笑わせないでよ」
「あはは、ゴメンゴメン。で、工務店継いだんだ。で、親父が引退して、俺が社長…まぁ、大工の棟梁だよ…弟子達も独立させたし、俺には跡継ぎがいなかったから、会社は今、眠らせているんだ。で、暇つぶしでサラリーマン…。昼間、会社で管理の仕事してるよ」
「なんか、色んな仕事やってたんだねー」
「まあね、半端者だからな」
「そんなこと無いよ、色んな仕事出来て尊敬するよ」
「大したもんじゃないし、まぁ、毎晩楽しく飲めたら良いって思っているだけだよ」
「なんかね。ホントに最近、話をし始めたなんて信じられない。昔からの知り合いみたい」
「嬉しいね…そう言ってくれるとね…」
「ホントだよ。三井さんがお兄さんだったら、素敵だもの」
「お兄さんって言うより、お父さんの齢だよ」
「うーん、お父さんでも嬉しいかな」
「え?そんな事言われたら、ミカちゃんを口説けないじゃん」
「口説いてみてよ…私的には、アリなんだから…」
「ホントかな?」
「あはは…好きになるのは年齢は関係ないもの…」
「嬉しいなぁ…頑張るかな?」
「えへへ…ひとり、常連げっと…」
「あはは…敵わないな」
会話が途切れる事なく、楽しく飲めた。
入口のドアがカランと鳴り、客が入って来た。
「いらっしゃい!」
「ママ、ビールね」
「はーい!」
客はボックス席へ座る。
「はい、お通しにビール」
「また筑前煮?」
「嫌なら食べなきゃいいよ」
「まぁ、これ、おみやげ」
「有り難う!後でいただきまーす」
「ねぇ、たまにはふたりで食事に行こうよ」
「有り難う、でも行ける時、無いなぁ…また、今度誘ってね」
「また、振られたか…しゃーない、唄うかな?あれ入れてよ」
客は、おはこを唄う。
三井は笑顔で聞いている。
歌が終わると三井は、振り向き拍手をした。
「次は…」
「香川さん、馴れてるんだから自分で入れて」
ミカはカラオケの選曲をするリモコンを香川と呼ばれた客へ渡す。
「さて…」
「三井さん、まさかまだ帰らないよね?」
「いや、そろそろ…」
ミカは三井に小声で囁く。
「お願いだから、もう少しだけ居て…あのお客さんとふたりにしないで…」
三井は深くは訊かず、また、カウンターへ座り直した…。
ミカは三井にウインクして、笑った。
「ねぇママ…間違いないよ…若い頃、洋食のコックやってたって言ってたもん。それに、レイバンのウェイファーラーを外したら、瞳が少し茶色だったよ…ママが話してくれた通りだよ…」
亡きママのミカへミカは微笑んだ…。
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