第08話 就寝前の一問題!?

 クリシアは川の水を使って小さい水玉を作ることに成功したあとも、フィンの指導の下でしばらく水を操作する練習を繰り返した。そして、日が暮れる頃には、最初に作った水玉よりも二回りほど大きなものを作れるようになったうえ、その個数も三つくらいまでならコントロール出来るようになっていた。


 クリシアは自身の成長を感じながら、川をあとにして家に帰る。そして、飲んだくれてすっかり眠ってしまっているガレフをそのままに、クリシアはモリ―とテーブルを挟んで夕食を取る。

 当然その間に何度か小言や文句、理不尽な罵りが飛んできてクリシアはいつも通りモリ―のストレスの捌け口にされる。クリシアと一心同体のフィンもその様子を目の当たりにしていて激怒しそうになるが、クリシアが「大丈夫です。いつものことですから」と心の中で諫めてくるので我慢していた。


 そして、モリ―に頼まれた夕食の後片付けを済ませたクリシアは、鍋に水を溜めて火にかける。そして、温めた湯を桶に移し始めた。


『さっきから何やってるんだ?』


「えっと、寝る前に身体を拭こうと思いまして。村には風呂屋もあるんですが、家は頻繁に通えるほど裕福ではないので……」


『なるほどなぁ……』


 貴族ならまだしもただの平民――それも辺境の村に住む村人ともなれば毎日風呂に入るなんてことはない。それが当たり前だ。しかし、クリシアはそれでも清潔を保っておきたい性分らしく、こうして毎日寝る前に湯で身体を拭くことにしている。


 湯を溜めた桶と布を持って、クリシアは自室に入り扉を閉める。そして、テーブルの上に桶を置いた。


「さてと……」


 クリシアが身に纏っている衣服を脱ごうと、その裾に手を掛けたところでピタッと動きが止まった。そして、みるみる顔を赤くしていく。


「――って、ちょっと待ってください!? コレって師匠にも丸見えなのではっ!?」


『……あ』


 フィンもそのことに今気が付いたという風に声を漏らす。フィンはクリシアの意識の中で、クリシアの見る景色をそのまま見ている。当然身体を拭くとなると自分の裸体を視界に入れることになり、フィンの目にもバッチリ映ってしまうことになる。


「だ、ダメダメっ、ダメですよ! いくら師匠でも流石に恥ずかしい……で、でも、身体拭きたい……」


『いやまぁ、別に俺は子供の裸見て興奮したりする変態趣味はないけど……』


「こ、子供……って、師匠は一体何歳なんですか?」


『死んだときには十七歳だったぞ』


「い、五つ上……兄のようなものと思えば少しは恥ずかしく、ない……? って何言ってるんだろう私!? どっちにしろ恥ずかしいよっ!」


『まぁ、俺はシアが見ているものが見えるんだから、シアが自分の身体を見ないか目を瞑るっていう手はあるけど……』


「毎回毎回身体を見ないようにしなきゃいけないっていうのは面倒ですよね……」


 うぅん、とクリシアの唸り声が部屋に、フィンの唸り声がクリシアの頭の中に響いた。そして、しばらくクリシアが何かを考え込むように眉間にシワを寄せて黙り込み――――


「――んもうっ! 私と師匠は一心同体。いつまでも隠し通すことなんて出来ませんし、今の内から慣れておくしかありませんね……!」


 そう自分に言い聞かせたクリシアが、再び衣服の裾に手を掛けた。しかし、恥ずかしいことに変わりはなく、頬や耳が赤く染まっている。


「あ、あんまりジッと見ないでくださいよ、師匠……?」


『ぜ、善処します……』


 と言っても何度も言うように、フィンにはクリシアの見たものがそのまま見えるので、善処も何もない。

 静まり返った部屋に、シュルシュル……と衣擦れの音が淡く響いている。その間フィンとクリシアの間に会話は起こらず――というか、互いに何を話して良いのかわからない状況になっていた。妙に気まずく気恥ずかしい沈黙が流れている。


 クリシアの瑞々しくて白い肌が外気に晒されている。そして、部屋の照明がクリシアの一糸纏わぬ姿の影を壁に揺らがせていた。


 クリシアは湯に浸した布を絞ってから身体を拭いていく。見慣れた自分の身体だというのに、一体どこへ視線をやれば良いのかわからなくなりながら、心の中でフィンには聞こえない呟きを漏らす。


(私、子供かぁ。や、やぱっり師匠もこう……胸とかお尻とかが大きくて、キュッと腰が締まった女の人が好みなのかなぁ……?)


 どうしてそんなことが気になるのか、今自分が何の気持ちの兆しを感じているのか……その正体に気付くには、クリシアはまだ少し子供だった。



◇◆◇



「うぅ……私、もうお嫁に行けません……!」


 いつもよりやや手短に身体を拭き終えたあと、クリシアは早々に寝間着に着替えて布団に潜っていた。しかし、先程から羞恥で身体が熱くなってしまっており、眠気など一向に訪れる気配がない。


『だ、大丈夫! 今日見たことは俺が墓まで持っていくから!』


「何言ってるんですかぁ~! 師匠が墓の中なら一心同体の私も死んじゃってるじゃないですかぁ~!! というか、師匠はもう死んでるじゃないですかぁ」


『あ、確かに……』


 転生と言えども、身体を持たずに意識だけがクリシアの中にあるこの状態は、ただ死霊が取り付いているだけとも受け取れる。しかし、二百五十年の時を越えているため、その線は薄いが。


『でもそっか、シアは女だもんな。いつかは誰かと結婚して……』


 あれ? と自分の胸の中にモヤモヤする気持ちがあることに気が付いたフィン。


「師匠? どうかしましたか?」


 急にフィンが黙り込むので、クリシアは精神世界でフィンの顔を覗き込む。しかし、フィンは何かを小声でブツブツと呟いているだけで反応がない。


『シアが結婚? いや、喜ばしいことだよな、うん。でも何だこのモヤッとする気持ちは。嬉しいけど嬉しくないような、というかなんかちょっぴり……いや、かなりシアの夫に腹が立つんだが?』


「い、いえ師匠、私まだ全然結婚とかしないですから……」


 このリーディスト王国では十五歳から結婚が認められている。現在クリシアは十二歳でまだまだ先の話であるにもかかわらず、フィンはいもしない空想のクリシアの夫のことを考えてこめかみをピクつかせている。


『いや、お前にシアを渡すとかありえないし。百年早いんだよって言うか、何年経っても渡す気ないし』


「あ、あのぉ……師匠……?」


『フッ、そんなにシアが欲しいなら俺を倒してからにするんだな! 俺を倒せるぐらい強くないと、シアを守れる男とは認められない!』


 これは、そう。結婚を考え始めた娘の父親の気分だった。こんな調子でフィンは、しばらくブツブツと将来のクリシアの夫に不満を呟き続けていた。

 そんなフィンにクリシアは呆れ笑いを浮かべながらも、生まれてこの方知ることのなかったを感じながら、やがて微睡へと堕ちていったのだった――――

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