第09話 修行の日々は瞬く間に①
修行とは本来過酷で辛いものだ。もちろんそれはクリシアも身をもって知っている。しかし、これまで村の子供らにイジメられ、両親に道具のように使われ続けてきた日々と違い、フィンに指導を受ける毎日はクリシアにとって自分の成長を感じられる幸福な時間だった。
そして、不思議なことにそういう時間ほど過ぎ去っていくのが早く感じるもので、クリシアがフィンと出逢って早くも半年が経過していた――――
乾燥した夏の気配はとうに過ぎ去り、リーディスト王国では長い冬に入っていた。西岸海洋性気候であまり冷え込まないとはいえ、クリシアが住むこの村は国の北方――辺境にある。王都がある中央部と比べるとやはり寒く、三日に一回は雪が降り、景色は白化粧をしていた。
そして、雪が足元を覆う村近くの山の中、新雪を紡いだかのように美しく煌めく白髪をなびかせて駆け回るクリシアの姿があった。口からは少し上がった息が白い煙となって吐き出されている。
「はっ、はっ、はっ……! すばしっこいですねっ!」
そう愚痴を漏らすクリシアの青い瞳が、二時方向を脱兎の如き勢いで逃げ回る、まさしくウサギ型の魔物『スノー・ラビット』を捉えていた。この季節になると頻繁に出現する魔物で、あまり人間に直接的な被害は及ぼさないが、田畑を荒らしたり、村に降りてきて人の食べ物を盗んだりするので、なかなかに厄介者だ。
そこで、戦闘経験を積めると共に害獣駆除にもなって一石二鳥と言うことで、最近フィンはこのスノー・ラビットを戦闘訓練の標的に指定しているのだ。
『こっちは雪に足が取られるのに対し、アイツは自由に動き回れる。仕留める手段としては魔法で狙撃するか――』
「走りやすい足場を選んで距離を詰める、ですねっ!」
その通りだ、とフィンが満足そうに精神世界の中で頷く頃には、既にクリシアは行動を始めていた。足に魔力を集めて部分的な身体強化で脚力を上昇させ、雪の積もった地面から飛び上がると、所狭しと生える木の幹や枝を足場にして高速立体機動を行って見せた。そして、五秒と掛からずスノー・ラビットに追い付きその背面を取ると、右手で手刀を作って構える。
「《ウォーター・スラッシュ》ッ!!」
そう叫んだ瞬間、クリシアの手刀を包むように水が生成された。刹那、クリシアは手刀を一閃し、水の刃を飛ばす。シャッ! と肉が削げる音が鋭く響き、鮮血が辺りの白い雪を赤く染める。スノー・ラビットは赤色が滲む雪の上で力なく横たわった。
そして、クリシアはそんなスノー・ラビットを見下ろしながら、何気なく右手を振って纏っていた水を払い捨てる。
「ふぅ~。これでこの辺りに住むスノー・ラビットはあらかた倒せましたかね?」
『ああ。ってか、改めて陰ながら村を魔物から守ってるって考えると、ちょっとカッコイイな』
「あはは……結果的にそうなってますね。まぁ、目的はただの修行なんですが」
『それにしてもだいぶ様になってきたな、シア。根気よく続けてきた魔力操作の鍛錬が功を成して、身体強化はもう実践で使えるレベルだし、肝心の魔法自体もレベルDくらいまでには成長してるんじゃないか?』
フィンが真顔でべた褒めしてくるので、クリシアは「そ、そんなことないですよ」と恥ずかしそうに顔を赤らめて首を横に振る。
「まだまだ自分で生成出来る水の量は大したことないですし、攻撃魔法のレパートリーも少なくて……」
クリシアが自分の課題を改めて認識して、少し表情を暗くする。正直フィンは「そこまで自分を卑下しなくても――」と元気付けたかったが、今は師匠としてクリシアの修行を見ている最中だ。安易に甘やかすことは出来ない。
『そうだな、確かに今の戦闘でも改善点はいくつかある。例えば、今日は雪が溶けずに残ってるんだから、無駄に魔力を消費して自分で水を生成しなくても、そこら中にある雪を使って魔法行使すればよかっただろ?』
「た、確かに。そうすれば水を生成する分の魔力を節約できましたね……その発想はありませんでした……」
『こういった戦闘を有利に進める発想とかも出来るようになると良いな。まぁ、その辺はどうしても実戦経験を積んでいくことで培っていくしかないから、すぐに形に出来るとなると、やっぱり魔法のレパートリーだったり使い方になるかな』
「今のところ、水を弾丸にして飛ばす《ウォーター・ショット》だったり、刃にしてモノを切る《ウォーター・スラッシュ》だったりと、魔法で簡単に水の形を変えているだけなので、何か他のアプローチは出来ないですかね……?」
クリシアが顎に手を当てながらそう呟くように尋ねてくるので、フィンは『おっ』と声を漏らして意味ありげに口角を上げる。
『なかなか良い路線で考えられてるなぁ~』
「師匠っ、もしかして何かアイディアがあるんですかっ?」
クリシアがフィンに期待するように瞳をキラキラと輝かせるが、フィンは澄まし顔で肩を竦めた。
『んまぁ、あるにはあるが……秘密だ』
「え?」
『何でもかんでも俺を頼ってたらダメだぞ? 自分の頭で考えて工夫する。それを実際にやってみて試行錯誤する……こういう地道で泥臭いことが、意外と一番大切なことだったりするんだ』
「な、なるほど……」
わかりました、とクリシアは微笑んで頷きながらも、その瞳にはやる気に満ちた光を灯していた。フィンはそんなクリシアを見守りながら確信していた。
(確かにシアには特別優れた魔法の才能はない。だが、要領が良くて呑み込みも早い上に、向上心がかなり強い。シアは絶対に伸びる……伸びて強くなるっ! シアが生きる道を自分で切り開けるように、俺は出来る限りコイツを支えてやるんだ。一心同体な存在として。そして、師匠として)
フィンが改めてそう決意を固めながら見守っている中で、クリシアは再び修行へ戻ろうとしていた――――
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