第06話 強くなる決意!②

「おい、急に黙ってどうしたんだぁ? 俺様のモノになる決意でも固まったかぁ? ひゃっははは!!」


 クリシアの意識がフィンと入れ替わり、先程まで小刻みに震えていたクリシアの肩がピタリと収まる。そして、この状況でやけに冷静でいる。これまでも歯向かってきたりしたことはないが、それでも辛い気持ちを無理矢理押し殺しているような雰囲気があった。しかし、今のクリシアにはそれがない。


 グラッドは少し違和感を覚えたが、それでも自分のやるべきことは変わらない。

 目の前の可憐な美少女が、もう止めてくれと泣き叫び、自ら自分のモノにしてくださいと懇願してくるまで、徹底的にイジメる。


(さてぇ、今日はどうやって遊んでやろうかなぁ~?)


 と、グラッドが下卑た笑みを浮かべながらそんなことを考えていると、ポンッと自分の胸の辺りを押されて数歩後ろに下がる。


「……は?」


 グラッドは意外そうな表情を浮かべて間抜けな声を漏らした。

 別に攻撃されたわけではない。ただ、軽く押し退けられただけ。しかし、その行動自体が考えられなかった。これまでクリシアは決してグラッドにやり返したことはない。いつもやられっぱなし。そんなクリシアが、グラッドを手で押した。


「この俺様を、手で押したな……? いつもやられてばっかのお前如きが……この俺様をっ!!」


 グラッドにとって屈辱だった。いずれ自分のモノになるただのサンドバッグだと思って見下していたクリシアにあしらわれるなど、決して許せなかった。

 グラッドは眉間と鼻にシワを寄せ、怒りの眼差しでクリシアを睨む。普段のクリシアならここで肩の一つでも震わせていただろう。しかし、まるでグラッドを憐れむかのように――いや、もはや興味すらないかのような冷えた目を向けてきていた。


「……手で押したけど、それが何か?」


「~~ッ!? クリシアのくせに調子乗ってんじゃねぇぞぉぉおおおおおッ!!」


 ボッ、とグラッドが右手に火球を出現させ、目の前のクリシアに向けて怒りのままに投擲。多少の火傷くらいはさせる勢いだ。しかし――――


「よっ」


 クリシアは最小限に首を傾け、飛来した火球を回避した。そして、薄っすらと笑ってグラッドを見据える。


「所詮この程度か? 息巻いてる割には大したことないんだな」


「クリシアぁ……てめぇ、相当痛い目を見たいらしいなぁ!? だったらこっちも手加減しねぇぞ!!」


 そう叫んだグラッドが、今度は両手に火球を生成した。その大きさも炎の勢いも先程の一発より明らかに上。しかし、それを前にしてもクリシア――否、フィンは余裕の笑みを浮かべていた。それが余計グラッドの気を逆撫でし、引き金となった。グラッドが右! 左! と連続で両手の火球を放つ。


『フィンさんっ!!』


『大丈夫だ。問題ない――』


 頭の中でクリシアが叫ぶが、フィンは余裕の表情だ。身体を巡る魔力を加速させ、身体能力と共に肉体強度を底上げする。そして、左足に重心を置きつつ勁捷に右足で蹴りを繰り出す。先に飛んできた火球を打ち消した。続け様に今度は振り抜いた右足を軸にして身体を半回転させ、後蹴りの要領で左足を打ち出し、二発目の火球を相殺。


 空気を叩くような二連続の打撃音が鳴り響き、四散した火球の残滓が舞う。


「終わりか?」


「ちっ!? おいっ、お前らもやれッ!!」


 これまでのクリシアとは似ても似つかない目の前のクリシアフィンに驚きを隠せないグラッドだが、ここで負けるわけにはいかないと後ろで控えていた取り巻き達に指示を飛ばす。すると、各々使える魔法でクリシアを狙った――その相手がフィンであることなど知る由もなく。


「《ロック・ショット》!!」

「《ウィンド・ショット》!」

「《パラライズ・ショット》!!」


 フィン目掛けて次から次へと魔法が飛んでくる。しかし、フィンはそれらを巧みなフットワークで捌いていき、最後には大きく跳躍して傍を流れる川へと跳躍した。そして、着水したフィンの姿を見て皆が目を剥いた。当然川底に足を付くと想像していたのに、今フィンが立っているのは水面だ。


『す、凄いですフィンさん! 水の上に立つなんて!』


 頭の中でクリシアがそう驚き声を上げるので、フィンは肩を竦めて可笑しそうに笑った。


『いやいや、流石の俺でも魔力操作を工夫して水面に立つなんて無理だよ』


『え? でも今立って、ますよね……?』


『これはお前の力だよ、クリシア』


 えっ、とクリシアが声を漏らすので、フィンは何気なしに右手を胸の前辺りまで持ち上げる。すると、重力を忘れたかのように川の水面から水がフィンの持ち上げられた手の上に向かって流れてきた。その水量は大したことないが、流れ込んできた水は一つにまとまり球体を作った。


『お前の身体には水属性魔法の術式が宿ってるって言ってただろ?』


『は、はい……ですがレベルEで六段階評価の中で最低……』


『確かにレベルEじゃ、何もないところから水を生成してどうこうするってのは難しいな。けど、この場所みたいに元々水が豊富にある場所で、その水を単純に操作する程度なら出来なくはない』


『じゃ、じゃあ今こうして水面に立っているのは――』


『――ああ。なぜ人が水面歩行出来ないのか、その理由は単純明快。足元の水が人の体重に押し退けられて支えきれないからだ。なら、足元の部分だけ水を固定してやればいい』


 クリシアは戦慄すると共に驚嘆した。フィンは自分には魔法の才能がなく術式を身に宿していなかったため使えなかったと言っていた。しかし、それは魔法に無知であることとイコールではなかったのだ。

 フィンの旅路の中で魔法を使う相手と対峙することなど数え切れないほどあっただろう。そんな相手を前にして、魔法が使えないフィンがどう戦ったのか。魔法の強みと弱み、その性質を理解し、打開策を模索する。そのためには、弛まぬ努力と研鑽、魔法への理解を深め熟知していなければならない。


(その成果が、私の魔法にも希望を生み出したんだ……!)


 そう胸の奥を熱くさせているクリシアに、フィンは言った。


『クリシア、これがお前の可能性だ。レベルEだから何だ。落ちこぼれとレッテルを張られたから何だ。そんなものを諦める理由にしちゃいけない。魔法が使えない俺ですら、足掻き続ければ剣の先が魔王に届いたんだ。なら、俺より才能のあるお前は、更なる高みへ行ける!』


『フィンさん……!』


『今日をその第一歩にしよう!』


 フィンはバシャッ、と水面に右手を付いた。そして、本能的に理解する身体に宿る水属性の術式に魔力を通し、川の流れる水の一部を操作する。すると――――


 ポチャン、ポチャン、ポチャン……と、雨水が落ちるかの如く、しかしそのベクトルは反対に、水面から空中へと水滴が持ち上がっていく。やがて、フィンを中心とするその周りに、数多の水滴が浮遊した。


「く、クリシアのくせに……レベルEのくせにッ!!」


 水面に立つクリシアフィンの姿を睨み付け、そう声を上げるグラッド。後ろで取り巻き連中も怯えた様子を晒していた。そんな彼らに向かって、フィンは肩を竦めて言う。


「確かにお前は才能があるよ。その年であれだけ火を操れたら大したものだ。だがな、どんな時代だってどんな場所だって、相手を虐げるために振るう力は弱いんだ――」


 言いながらフィンは右手を高々と持ち上げる。それに呼応するかのように浮遊する水滴が細かく振動し始めた。


「――覚えておけ」


 そう最後に一言告げて、ヒュンと手を振り下ろす。刹那、浮遊していた水滴がグラッドとその取り巻き達目掛けて勢いよく降っていった。

 もちろんまだレベルE程度の魔法出力で、殺傷能力など皆無だ。しかし、グラッド達を追い返すのには充分過ぎるほどの力だった。

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