第04話 時代を超えた二人の出逢い!③
「……うぅ」
そんな呻き声と共に、数分間木の幹に背を預けた状態で地面に座り込んでいたクリシアが目蓋を震わせた。そして、ゆっくりと目を開く。
「私……ゴブリンから逃げてて……」
そして、足がもつれて転び岩か何かに頭を打って意識がなくなったはず、とそこまで思い出すことに成功するが、そうなると今の状況に説明がつかない。追い掛けてきたゴブリンが気絶した自分を見付けられないわけないし、何より意識を失う直前川か何かに落ちた覚えがある。その証拠に、身に付けている衣服はまだしっかりと濡れていた。
「……でも、助かったってこと……だよね?」
クリシアは身体をふらつかせながらも、何とか立ち上がる。そして、ここが具体的に山の度の辺りなのかを確認するために周囲を見渡そうと目をやった瞬間、初めて気が付いた。
「……っ!? な、何、コレ……どういうことっ!?」
自分の周りに点々とゴブリンの死骸が転がっていた。先程まで自分を追い掛けてきていた群れだというのが自然な解釈だろう。しかし、一体誰がゴブリンらを制圧したのかという疑問が残る。
(誰かが私を助けてくれた……? でも、それじゃあその人はどこに……?)
自分を助けてくれるつもりがあるのなら、目覚めるまで傍にいるべきだろう。しかし、そんな人物は見当たらない。クリシアは妙な怖さを感じて、考えるのを止める。そして、傷だらけの身体に鞭打って、村を目指して山を下りて行った――――
◇◆◇
「ったく、山に行って帰ってくるだけでどれだけ時間を掛けてるんだいッ! 本当にとろい子だねぇ!!」
「……ごめんなさい、お義母さん」
クリシアが村に戻ってきて家に帰り着いた頃には、既に太陽が山の向こう側に沈みかかっていた。モリ―は帰宅したクリシアが傷だらけであることに構わず、罵声を浴びせる。
「はぁ、それでちゃんと山の幸を取ってきたんだろうね? どこにも見えないんだけどぉ?」
「違うんですお義母さんっ! 山でゴブリンに襲われて、私逃げるので精一杯で――」
「――言い訳すんじゃないよッ!!」
パァン! と乾いた音が鳴り響いた。モリ―がクリシアの頬を平手打ちしたのだ。いつもなら立って耐えられるクリシアだが、今回ばかりは身体も限界で地面に転んでしまう。
「役立たずに食わせる飯はないよ!! おまけにそんな汚い身体で家に上げたくもないねッ!」
バタン!
力一杯玄関の扉が締められる音が虚しく響いた。クリシアは胸の底から込み上げてくる辛さを無理矢理に押し止め、涙を堪える。そして、今晩は家に入れてくれそうにない雰囲気を察して立ち上がり、庭の畑の近くで干されている洗濯物から自分の着替えとタオルを取り、上手く力の入らない足で村の傍を流れる川へ向かった。
この時間、村に住むほとんどの家庭が家で夕食の支度をしている。川の岸辺にやって来たクリシアは、何度か辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、背の高い植物の茂みに隠れる位置に立って、身に纏っている衣服を脱いだ。そして、川へと入る。
「……冷え込んでる季節じゃなくて良かった」
ここリーディスト王国は西岸海洋性気候だ。夏はあまり暑くならず冬は長い代わりにそこまで冷え込まない、比較的温暖な気候である。おまけに今は夏の時期で、この時間でも凍える心配はなかった。
水の流れに身を晒し、泥に塗れた白髪を手で梳いて汚れを落とす。そうやってしばらく水浴びをしてから岸に戻って洗濯物の中から取ってきたタオルで全身を拭き、着替える。
「……家に戻りたくないな」
どうせ家には入れてもらえないだろう。それなら、わざわざあの義父母が住まう家の近くまで戻って寝るよりかは、この辺りで一人静かに横になった方が断然良い。
クリシアは地面が砂利ではなく柔らかい植物で覆われている場所を探して横たわる。すると、これまで味わったことのないほどの倦怠感がずっしりと身体に伸し掛かり、睡魔は一瞬にしてクリシアの意識を攫っていった――――
◇◆◇
『……なるほど、そういうことか』
『あ、貴方は……誰ですか……!?』
眠りについたクリシアの身体。その精神の世界で、クリシアの意識とフィンの意識が邂逅していた。
山でゴブリンを掃討したあと意識を失ったフィンは、クリシアが眠りにつくのを切っ掛けにこの精神世界で再び目を覚ました。逆に、クリシアの意識は現実で眠りにつくことでこの精神世界にやって来たのだ。
そして、フィンは感覚的に認識した。魔王討伐後、仲間に裏切られて死んだはずの自分が、今どういう状況下にあるのかを。
『ま、まずは自己紹介しないとな。俺はフィン。魔王討伐を果たした勇者パーティーの一員だ』
『ま、魔王? 勇者? 一体何を言って……って、なるほど。これは夢なんですね……こんな意味のわからない夢を見るだなんて、私は相当気をやられているようです……』
精神世界の中で、クリシアが額に片手を当てて自分自身に呆れたように首を振る。フィンは勝手に納得しようとするクリシアに「いやいや違うから!」と否定を入れる。
『いやまぁ、確かにここは夢と似たような状況なのかもしれないけど……これは現実だ。俺の意識は、お前の身体の中にある』
『……えっと、どういうことでしょうか』
信じがたいと言わんばかりに怪訝に眉を顰めるクリシアに、フィンは成り行きを説明し始めた。
自分は勇者パーティーの一員として魔王討伐を目指して旅をしていたこと。旅路の果てに魔王討伐を成し遂げたこと。しかし、その直後に仲間に裏切られて殺されてしまったこと。そして、気が付けばクリシアの身体の中に意識だけが憑依転生してしまったこと。
フィンがそれらを語り終えると、クリシアは「確かに辻褄は合いますね……」と眉間にシワを作って呟く。
『ですが、にわかに信じられませんね……だって、勇者一行が魔王討伐を果たしたのは、今から丁度二百五十年前ですよ?』
『……は? 二百、五十年前……? ってことは――』
俺は二百五十年後の世界に転生したのか――と、フィンは衝撃の事実に頭を抱える。そんなフィンの姿を見ながら、クリシアが続ける。
『魔王討伐の英雄譚はこの辺境の村の子供だって知っている有名な史実です。勇者一行の名前だって今も語り継がれています。ですが、そこに貴方の名前はありません……』
『……そりゃそうだろうな。俺はその勇者パーティーの仲間に裏切られたんだから。最初からいなかったことにされた、って考えるのが妥当かな……』
『そんなっ……!』
そんな歴史の隠された真実に、クリシアは目を見開き口を手で覆う。対してフィンは、自嘲気味に笑って言った。
『……まぁ、無理もないんだ。俺、魔法の才能なくてさ、生まれながらに魔法の術式を宿してなかったから一切魔法が使えない。勇者パーティーについていくのが精一杯の落ちこぼれ、お荷物なんだ……』
『――そんなことありませんっ!!』
『えっ?』
なぜか自分のことのように怒りを露わにするクリシアに、フィンは目を丸くする。クリシアは戸惑うフィンに構うことなく寄りを詰め、その手を取って自身の両手で包み込んだ。
『さっきまでずっと疑問だった答えがやっとわかったんですっ! 今日山で私をゴブリンの追手から助けてくれたのは貴方ですよね?』
『あ、あぁ……けどあれはお前を助けたワケじゃなくて――』
『――過程がどうあれ、私が貴方に助けられたことは本当ですっ! 私なんかが貴方の背負っているものに口出しできるとは思ってません……ですが、少なくとも私にとっては、貴方は間違いなく勇者ですっ!!』
『……っ!?』
『だからそんな顔をしないでください? 私は貴方のことを何も知りませんが、貴方が勇者パーティーの一人として歩んできた旅路の中には、きっと貴方に救われた人もいると思います』
だって――とクリシアは自分より背の高いフィンの顔を見上げながら、少し気恥ずかしそうに笑顔の花を咲かせた。
『――私も貴方に救われた一人なんですからね?』
そんなクリシアの笑顔と言葉、そして握られた手から伝わってくる温かさに、フィンは心臓を大きく跳ね上げさせた。もちろん意識しか存在しないフィンに本当の意味で心臓はない。しかし、確かに今、胸の奥で大きく跳ねたのだ。
自分は落ちこぼれで勇者パーティーの荷物。才能溢れる他の仲間と比べたら自分が行ってきたことなど無価値に等しいとさえ思ってしまっていた。しかし、今この瞬間に、物凄く報われた気がした。
フィンは無意識の内に口許を綻ばせながら、自分の手を包むクリシアの両手の上に、もう片方の手を添えて言った。
『……ありがとうな』
『いえいえ。えへへ……』
このあと朝になるまで、フィンとクリシアは精神の世界で互いの仲を深めるように、色んなことを話した――――
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