第03話 時代を超えた二人の出逢い!②

 ――魔王討伐後、同じ勇者パーティーの仲間に殺されたフィンの意識は虚無を彷徨っていた。その時間は気が狂いそうになるほど長い時間にも感じられたし、はたまた瞬きするほどの刹那の時間にも感じられた。


 そして、何かの切っ掛けで虚無の世界に一筋の光が差した。フィンの意識は海の深いところから海面に浮上していくかのように、その光に向かっていった。それにつれて、消え失せていた身体の感覚が、胴体から腕、脚、手先足先へと中心部から末端方向に目覚めてくる。すると――――


「はっ!? どういう状況ッ!? ってか身体痛すぎるっ……!?」


 身体中が痛い。寒い、冷たい。川の水に流されている。視界に映るのは知らない場所――と、そんな数多の情報を前にフィンは困惑せずにはいられないが、取り敢えず優先すべきは身の安全であることは明確だ。


「上手く身体に力が入らないが――」


 フィンは一度川に潜り水中で前転し足を川の底に触れさせる。そして、身体を巡る魔力の感覚に集中し、それらを川底に付けた足に集中させる。そして、蹴り出す。


「――これくらいは造作もないっ!」


 バシャッ!! と川から魚が跳ねるかのようにフィンが飛び出した。そして、緩やかな跳躍を経て川岸から少し離れたところへ静かに着地。そして、辺りを見渡す。視界に映るのは木、木、岩、そして川。


(ここはどこだ……? ってか俺は刺されて死んだはず……いや、九死に一生を得たのか? んで、転移魔法か何かで知らない場所に飛ばされた……?)


 それにしても全身ビショビショで気持ち悪いな――とフィンが濡れた髪をかき上げてから自分の身体を見下ろす。すると、当然ながら衣服はぐっしょりと濡れきっており、スカートの裾から水滴がポタポタと落ちて地面を濡らしている。


「ったく、スカートが脚に張り付いて鬱陶しい、な…………って、え? スカート?」


 どういうことだ? と一つ疑問が生まれると次から次へと新たな疑問が生まれてくる。

 掻き上げた髪の毛がやけに長い。手に取って見てみると美しい純白。視界に映る手が妙に可愛らしい。腕も細いし脚も細い。そして、何やら胸には見覚えのない不思議な膨らみがあって、当然そこにあるはずのモノの感覚が股にない。


 もはや身体が痛いだなんてことを気にしている場合ではなかった。


「……いやいやいや、ちょっと待て落ち着け俺。慌てるのはまだ早い」


 フィンはそう言って半ば無理矢理に余裕の笑みを作りながら先程まで自分が流れていた川の水面をしゃがんで覗き込む。水の流れているせいで映る自分の姿がかなり不鮮明だが、明らかに見慣れた自分の姿ではないことは確かだった。


「……もしかして俺、前世の記憶を引き継いだまま転生とかしちゃった感じ?」


 しかし、既にある程度成長――それこそ十二、三歳程度には育っていることから、これまでフィンの記憶は閉ざされており、何かの弾みで呼び起こされ、思い出したという感じだろうか。


「でも、そう言うのとはちょっと違う気もする……何か違和感が……」


 と、今の自分についてフィンが思考を巡らせているところに、追い掛けてきていたゴブリンの群れが茂みや木々の合間から次々と姿を見せる。その数は二十体に迫るほどだ。


「ん、ゴブリン……?」


 それも殺気満々でどうした、とフィンは不思議に思いながらも明らかに自分を狙っているので一旦自分について考えるのを中断する。そして、スカートの裾を掴み上げて絞り、出来る限り衣服に含まれた水分を抜くと、ゆっくりとゴブリンの群れの方に歩み寄っていく。


(よくわからないけど、やけにこの身体は消耗してる……手早く済ませよう)


 ゴブリンだからと油断することなかれ。フィンは自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、体内を巡る魔力の流れを加速させる。ドクン、と全身が脈動し身体能力が魔力によって向上されたことを感覚的に理解する。


「グウェァアアアアア!!」

「ギシャァアアアッ!!!」

「ギャエァアアアアア!!」


 三体のゴブリンがそれそれ刃こぼれした剣や短剣、槍を構えて正面から突っ込んでくる。知らぬ身体とは言え、これまで剣一本で勇者パーティーの一翼を担ってきた――魔王に止めを刺し、死に際に「実に見事」とまで言わしめるにまで至ったフィンの技量と戦闘経験をもってすれば、目の前のゴブリンの動きなど、


「そいっ!」


 ――止まって見える。


 フィンは一呼吸の間に三体のゴブリンの隙間を流れるように通り過ぎる。そして、すれ違ったあとに、ゴブリンは三体とも地面に叩きつけられて絶命しているか、宙をグロテスクなポーズで舞って屍と化していた。


 そんな三体に見向きもせず、フィンは次に自分に向かって飛んでくる幾本かの矢を身を逸らして回避しつつ、矢尻がまだ鋭くて使えそうなものを瞬時に判別して手に掴む。そして、それらを飛んできた方向に投げ返す。


 ヒュン! と風を切る音が幾度か鳴った半瞬後には、同じ回数だけゴブリンの身体を貫く音が鈍く響いた。


「ゲェ、ギュェアアアアア!!」


 そんな特別大きいゴブリンの叫び声がした途端、まだ生きているゴブリンらが一斉にその場をあとにして駆け出す。

 フィンとしては身体も憔悴しているし深追いする必要はないのだが、何となく取り逃がすのは気分が悪いのと、ゴブリンが報復を企んだりしても鬱陶しいので、ここで全て仕留めておくことにする。


「さて、とっ――」


 スッとフィンの姿が霞むように消えた。先程まで立っていた場所に僅かな砂埃が舞う頃には、既に手近なゴブリンの頭上にまで跳躍するように追いついており、そのまま宙で身を捻って足を蹴り出す。

 緩慢に感じられる時間の流れの中で、空中にスカートが花のように咲く。その下から晒し出される白く細い少女の右脚。そのつま先がゴブリンの側頭部に触れており――――


 ――バシュッ!!


 体感的に時の流れが元に戻った頃には、フィンの脚は振り抜かれてもう一つの脚で着地しており、ゴブリンの首から上はどこか遠くに吹っ飛んでしまっていた。そして、死んだ魔物に興味はないといった風に視線を次のゴブリンへと向けていたフィンは再び霞むような動きで仕留めに向かう。


 木々が入り組む森の中を逃げ惑うゴブリンの数、七体。五秒後に存命しているゴブリンの数、該当なし。


「……ふぅ」


 最後のゴブリンの胴体を手刀で貫いた状態で立っていたフィンは、それを地べたに放り捨てて腕を振って纏わりついた血を払う。


「全部片付けたことだし、さてどうするか……って、やべっ。意識が……」


 流石に憔悴した身体――それもか弱そうな少女のものでこの戦い方はマズかったらしく、脳震盪のような感覚を得て平衡感覚を失い、手近な木の幹にもたれ掛かるようにして地面に座り込む。


(折角目覚めたばかりだってのに……!)


 そんなフィンの思いとは関係なしに、意識はみるみる深いところへと落ちていった――――

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