第02話 時代を超えた二人の出逢い!①
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
とある日の夕刻、村を囲う山の中に、荒い呼吸の音と走りながら枝葉を踏みしだく音が響いていた。その音の発生元は、必死な表情を浮かべて白髪をなびかせるクリシアだった。そして、そんなクリシアを追い掛ける影がいくつかあった――ゴブリンだ。
なぜこんな状況になっているのかを説明するには、数分前に遡る――――
◇◆◇
「今日もご苦労さぁ~ん、クリシア」
「っ!? グラッド君……!」
山の幸を集めにやって来ていたクリシアの元に、怪しい笑みを浮かべるグラッドとその取り巻き達が現れる。そして、グラッドがわざとらしく演技掛かった口調で言う。
「いやぁ~、この前は流石にこの俺様も申し訳ないと思ってさぁ? 折角クリシアが汗を流して摘んできた雑草をぐしゃぐしゃにしてしまって……。だから、お詫びの印に良い場所へ案内してやるよぉ~」
「……良い場所、とは?」
「沢山野草や山菜、他にも色々な山の幸が手に入る場所さ~」
クリシアの目的に焦点を当てた誘いではあるが、安易にグラッドの言葉を信用するクリシアではなかった。クリシアは僅かに目を細めて答える。
「ありがたいお話ですが、お断りです」
「ん~? だぁ~れがお前に拒否権なんてあげたっけ?」
連れてこい、とグラッドが顎をしゃくって取り巻きに指示すると、二人の男子がクリシアの方にニヤニヤと笑いながら寄っていく。クリシアは警戒の色を現しながら何歩か後退りしてから、背を向けて逃げ出そうとするが、二人の男子の脚から逃れることは出来ず、両腕を掴まれてしまう。そして、そのままグラッドの後ろをついていかされる。
しばらく歩いてやって来たのは、山の反り立つ崖のある場所。上を見上げればその斜面の上にまた木々が自生していることがわかるが、この場所にあるのは目の前の岩肌。そして、そこに入った大きなひび割れくらいなものだ。とてもグラッドの言うような山の幸が沢山取れる場所ではない。
「そんな顔すんなってぇ~。本当にここではたっくさんお前の欲しいものが手に入るんだぜ?」
だって――とグラッドは口角を釣り上げながら言う。
「ここはゴブリンの住処なんだからなぁ~!? ひゃははっ!!」
「なっ――!?」
クリシアは目を見開き、言葉を詰まらせた。
確かにグラッドは嘘は言っていない。山に生息するゴブリンは生きていくために狩りをして山の動物を食べるし、木の実や野草、山菜も収集する。住処にはその蓄えだってあるだろう。しかし、それは当然住処の中にあるということだ。山の幸目当てに、わざわざゴブリンの巣穴に入って行くバカはいないし、戦闘の心得もないクリシアならなおさらだ。
「グラッド君……ちょい気味悪いからさぁ。早く帰らない……?」
取り巻きの一人の少女が自分の身体を両腕で抱きながらそう呟くので、グラッドは肩を竦めて鼻で笑う。
「安心しろって。いざとなったら俺様のレベルC火属性魔法で返り討ちにしてやるからよぉ~」
ゴブリン如き俺様の敵ではない、と声高らかに笑って見せるグラッド。
確かにグラッドはこの年代の中なら、魔法の才があると表現するに相応しい実力を持っているだろう。しかし、あくまで子供の世界での話だ。実際に魔物と遭遇したことは一度もないし、その殺意と向き合った経験だってありはしない。そんな甘さが、この事態を招いたのだ。
「うぐっ――!? ぃってぇ……痛いぃぃいいい!!」
「な、何だ――っておい!? どうしてお前の腕に矢が刺さって……!?」
突然取り巻きの一人が倒れたので振り向いたグラッドは、その腕に粗末な矢が突き刺さっているのを見て驚きの声を上げる。そして、既に遅い嫌な予感を肌に感じて冷や汗を大量に流しながら周囲を見渡してみると、先程自分達が進んできた山の茂みに数体のゴブリンが潜んでいることに気付く。
「グラッドさんっ!! 俺ら待ち伏せされてたみたいですよッ!?」
「グラッド君どうするの!?」
「俺達死ぬのか!?」
「いやぁあああッ!! 死にたくないよぉおおお、ママぁあああああ!!」
混乱に陥る取り巻き達。グラッド本人も現状を受け入れられず固まっている。クリシアを拘束していた二人の男子も慌てふためいており、クリシアをどうこうしている場合ではなくなっていた。
「グェァアアアアア!!」
そんな少年少女らに追い打ちを掛けるかのように、森に潜んでいたゴブリンの一体が叫ぶ。すると、少しの間を置いてから崖の大きな亀裂――ゴブリンの住処から数体の粗雑な武器を手に持った、新手のゴブリンが出てくる。
慌てるグラッドの中で一つ打開策が思い付く。しかし、流石のグラッドと言えども最悪感を覚えずにはいられない方法だ。どうしたものかと思案していると――――
「きゃぁあああ! また矢がぁ……矢が飛んできたぁあああああ!!」
命中してはいない。ただ飛んできた矢が地面に突き刺さっただけだが、取り巻きの女子が泣き叫ぶ。グラッドは自分に仕方ないんだと言い聞かせて全員に向かって声を掛ける。
「お前らぁ!! 俺が一瞬逃げる隙を作るから一斉に走れぇえええ!!」
そう叫んだグラッドは森に潜む一体のゴブリンに向けて右手をかざし、自分に出せる最大限の魔力で火を灯す。
「《ファイア・ボール》ッ!!」
シュバッ! と人の顔より大きい火球を生成して発射。火球は見事ゴブリン一体に命中し、包囲網に一点の穴が生まれた。
「今だっ!!」
グラッドの掛け声で全員が一斉に走り出す。ゴブリンは人には理解出来ない言葉と思しき鳴き声で連携を取りながら後を追ってくる。このままではいずれ全員掴まってしまうが、グラッドにはここでもう一つ手があった。
「は、はは……! わりぃな、クリシア……!!」
「えっ――きゃぁ!?」
グラッドの後ろを走っていたクリシア。グラッドはそんなクリシアを突き飛ばし、地面に転がす。一瞬何をされたのか理解出来なかったクリシアの視線の先で、どんどん皆の背中が見えなくなっていく。反対に、自分にみるみる近付いてくるゴブリンの群れの足音。
(っ、立ち止まってちゃダメ……! 逃げないとっ!!)
逃げきれ苦確証はない。むしろ捕まる可能性の方が大きいことはわかっている。それでも、狩られるだけの獲物にはなり下がらない。自分に出来うる限り、あがいてあがいてあがき続ける。希望を捨てない。
クリシアはすぐに立ち上がって、再び走り出した――――
◇◆◇
――と、時は今に戻り、クリシアはかれこれ数分ゴブリンから逃げ続けているが未だにすぐ後ろから多くの足音が聞こえてくる。
子供の身で一分も山を全力で駆ければ体力は尽きる。クリシアもとっくに限界は迎えており、足の感覚だってもう鈍くなり、走り方すら忘れかけていた。そして、当然そんな状態で無理に走り続ければ、
「しまっ――!?」
クリシアは木の根元に足を取られて、勢いよく前方に転がる。視界が上下左右あちらこちらへ向きを変え、全身に痛みを味わう。そして、バシャ! と水の流れに身体が落ちた感覚を覚えた直後、後頭部を何か固いものにぶつけて意識が揺らぐ。そのままクリシアの意識は沈んでいった。
そして、それがまるで何かの切っ掛けだったかのように、クリシアの身体は目蓋を勢いよく開けた。そして、放たれた第一声は――――
「どういう状況ッ!? ってか身体いってぇえええええっ!?!?」
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