遥かなる流れの果てのはずだったのに

 虹色の光をまとった剣が、“ディレク・ケラー”の胸の中心から腹を切り裂く。

 ひときわ大きな邪神の咆哮が空気を揺るがせた。


 傷口も虹色の光に包まれ、すぐに体を包むように広がっていく。

 “ディレク・ケラー”の体も、叫び声も、光に呑まれて小さくなっていった。


 やがて、さっきまでそこに巨大な生き物がいたんだとは信じられないような静寂が訪れた。

 “ディレク・ケラー”が光となって消えてしまったと、しっかりと見て取って、やっと大きな息が漏れた。


「やっ……、た」


 亜里沙がぽつりと漏らした声に、走り寄ってきたリンメイが歓喜の声をあげて応える。二人は黄色い声をあげながら抱き合った。


 俺らに協力してくれた人達もほっと安堵の息を漏らして笑みを浮かべている。

 少し後ろにいたヘンリー達も笑顔でゆっくりと歩いてくる。


「やりましたね」

「よかったよ」


 邪神に勝てたなんて信じられないな。


「よくやったわ」


 月宮も平然と歩いてくる。誉め言葉だけれど口ぶりは当然だといった感じだ。

 真祖は影も形もない。

 月宮一人であっさり倒したってことか。


 ってか、こいつが俺の知ってる月宮本人であってるのか? そもそも今はいつで、この人達はどうやってここに邪神が来るのを知ったんだ?

 戦いが片付いて、いろんな疑問が一気に湧いてくる。


「えっと、あんた、月宮だよな……?」

「そうよ」

「子孫とかじゃなくて本人?」

「そうよ」

「今ってあれからかなり後なんだろう?」

「あぁ、もう、面倒ね。あんた説明しなさい」


 月宮が盛大に顔をしかめて、亜里沙似の子に話を振った。

 あぁ、こういうところ、ほんとに本人だなって苦笑いが漏れた。


「あはは。……それじゃ、何がどうなっているのか、わたしから説明しますね」


 亜里沙似の子はマツリというらしい。亜里沙と同じく高校生だ。


 マツリの話によると、ここは、俺らがいた時間から見ると二千年後の未来らしい。

 数億年先に吹き飛ばすはずだった儀式は不完全な発動で、ちょっと失敗した、ってことになるな。


 月宮はあれからも魔術の研鑽に励み、ほぼ不老な体になったらしい。


 なんだよそれ。元々怖いくらいの力を持ってたけど、チートすぎるだろう。

 でもそのおかげで、ここに俺らが吹き飛ばされてくることを知っていて準備をすることができたんだとか。二千年かけて魔眼の持ち主を集め、準備していたんだな。


 ちなみにここは、作戦本部があった場所そのままだそうだ。邪神がここに飛ばされてくるから、この一帯を結界で囲い、世間の目から完全に隔離しているらしい。


 協力者達は魔眼の持ち主の子孫達で、俺らが知っている人の関係者も含まれているとか。


「誰が誰の子孫か、って伝えちゃったらもしかしたらあなた達の未来が変わってしまうかもしれないから、言えませんけれどね」


 マツリがにこっと笑う。

 なんとなくだけど、この子は亜里沙の子孫なんじゃないかな。


「それじゃ、あんた達を元の時代に戻すわ」


 月宮がなんでもないというように言う。


「できるのっ?」

「ええ。きちんと過去の関係者に起こったことを伝えなさい」


 そうだな。そうしないとこの時代で人類は“ディレク・ケラー”に壊滅させられてしまう。


「あと、個人的な頼みになるんだけど、過去の『わたし』にこれを渡して」


 すごく古そうな本を渡される。


「魔導書?」

「そうよ。これがないとやっぱりこの時代が変わるから、しっかり渡しなさい。横領したり誰かに盗られるんじゃないわよ」


 ラファエルの問いに月宮が鋭い眼を向けて応えた。彼が魔導書を敵に盗られたことを覚えてるんだな。


「大事な役割だから報酬をあげるわ。黒崎しか喜ばないかもしれないけれど」


 言いながら、月宮が透明な球体のようなものを出してくる。

 中にはたくさんの……、十個ぐらい? の小さい白い光が行きかっている。


「真祖の中に残っていた、体の持ち主の魂よ。本人と、縁の深かった連中のも着いてきていたみたいね。元の時代に戻ったら解放してあげなさい」


 ミリーの? 縁が深かったってことは、きっと路地裏で一緒に暮らしてたっていう仲間の魂だな。


「解放したら、どうなるんだ?」

「元の体はなくなっているから戻れないわね。新たに産まれてくる肉体に宿るでしょう。転生、とでもいうのかしらね」

「そうか……」


 複雑な気持ちだ。

 産まれなおしたからと言って必ず幸せになれるとは決まってない。

 でも、真祖と一緒に滅ぶよりは、俺はよかったと思う。

 もしも出会うことができたなら、陰から見守るくらいはしたいな、とも。


「よかったね、あきちゃん」

「あぁ。月宮さん、ありがとう」


 球体を受け取って異次元収納ボックスにそっとしまう。

 その間に月宮が地面に魔法陣のようなものを発動させていた。


「さぁ、ここに集まりなさい」


 ラファエル、ヘンリー、リンメイ、そして亜里沙をぐるりと見て、みんなで、うなずく。

 魔法陣の上に立つ。


「それではみなさん、お元気で」

「さようなら」

「過去に戻っても頑張ってください」


 マツリをはじめ魔眼の持ち主たちが手を振って笑顔で見送ってくれる。


 月宮が術を発動させる時、少し笑った気がした。


 白い光に包まれて、目を閉じる。

 ふわりと体を包む浮遊感の後、地に足がついて体に重みが戻った。


 目を開ける。

 見慣れた景色が、そこにあった。

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