世界意思の提案

 ヤツの攻撃は今のところ両手の爪攻撃。腕の薙ぎ払い、単体への炎呪文攻撃だ。

 ただそのスピードが、速い。めちゃくちゃ速い。

 加速のスキルを使った俺でも回避しきるのが危ういほどだ。

 体の近くをかすめた爪が空気を切り裂く音がいやに大きく聞こえる。


 亜里沙は回避と防御を使い分け、ヘンリーはほぼ回避をあきらめている。

 俺ら三人が“ディレク・ケラー”の目を引いているからか、後衛に攻撃が飛ぶことはほぼない。まずは俺らを潰してからといったところか。


 火炎魔法を剣で弾いた亜里沙はほんの僅か、硬直する。そこへヤツの爪がうなりをあげて迫る。

 短剣で爪をはじいて狙いをそらす。


「ありがとっ」

「もうちょっと頑張れ」

「うん」


 やられてばかりじゃなくて“ディレク・ケラー”に攻撃を加えているが、ダメージを与えたと手ごたえを感じてもヤツは平然としている。表情というものがないから実際はどうか判らないが、少なくとも動きが鈍ったということはない。


 俺も亜里沙も攻撃スキルは極力使わず、邪神の隙を待っている。

 ヘンリーが防御しながらじりじりとヤツに近づいて全力の攻撃を叩きこんで、また下がる。

 彼がそうやって気を引いてくれて、ヤツがヘンリーに気を取られるのを、俺らは待っているんだ。


「天の怒りを受けよ。『裁きの光』」


 ラファエルの最大級魔法が“ディレク・ケラー”の胸の顔に炸裂した。

 おおぉ、と聞こえるような空気の揺らぎ。まるでヤツの呻き声のようだ。


 よし、今、行けるか?


「致命の一撃を ――『崩壊の赤眼』」


 “ディレク・ケラー”の弱点が赤く光る。が、他の魔物よりも圧倒的に数が少ないし、小さい。かなり狙いにくそうだ。

 小さいながらにも一番効きそうなのは、やはり顔の眉間にあたる部分と、胸の真ん中だ。胸にある顔のような部分の口の上だな。


 弱点の大きさは胸の方だが、短剣を突きやすそうなのは顔だと思う。どっちに行くか?


 と、考えていると“ディレク・ケラー”がこちらに向いた。胸の裂け目の「目」にあたる部分の中に白い光が宿った。


 睨まれている。

 そう感じた瞬間、体が動かなくなる。ひっと細い声が漏れた。


「からだ、が」


 亜里沙の震える声が聞こえる。俺のそばにいる亜里沙も硬直しているのか。


 “ディレク・ケラー”の目が、体が、白く輝いた。

 体から力が抜けて落下する。

 リンメイが俺らの名前を呼ぶ声を遠くに聞きながら、地面に激突した。不思議と痛みは感じなかった。


 瞼の向こうが、明るい。

 目を開けた。

 白い世界が広がっている。


「なぜそこまで抗うのだ? その力は汝の命を削るものであることは判っているだろう」


 白の中に浮かび上がるように現れたのは、最初に見た人型の“ディレク・ケラー”だ。


「あんたを俺らの時代から放り出すためだよ」


 それこそ判ってんだろう?


「我を、埋め込んだ肉体ごと未来へ、か。なるほど、汝らの攻撃に我を倒そうという意思が感じ取れなかったのはそういうことか」


 埋め込んだ肉体ごと……。

 そうか、こいつは「世界意思」か。

 余計な情報を与えてしまったかな。

 けどある程度心や意思が読み取れるみたいだから隠しても無駄だな。


「遥か未来へ問題を捨てるということだな」


 あ、それは俺も作戦を聞いた時、思った。


「それよりも、今あるこの世界を正しい方向へ持って行くほうが汝らにとってもいいはずだが」


 そうかもしれないな。


「ふむ。ならば提案しよう」


 世界意思が顔を笑みの形にゆがめる。


「このままおとなしくここで待つがいい。さすれば、汝と、汝の大切に思う者は排除の対象から外そう」


 ラスボスが「世界の半分をやろう」って取引を持ちかけてきた感じだな。

 思わず笑った。


「その提案は呑めないな」

「なぜだ?」


「俺は、人間は、欲張りなんだよ。自分が大事に思う人が大事に思う人も、助けたいって思うものなんだ」


 そう。俺とその周りだけ助かったって、俺の周りの人達は喜びはしないだろう。自分が助かるならあの人も、って。

 人は、そうやってつながっているんだ。俺にそれを断ち切る権利なんてないし、そんな選択はできない。


 この戦いに深く関わるまでの俺なら、提案を受け入れたかもしれないな。

 けど、人のつながりの大切さを、ありがたさを知った今は、この世界を守りたいと思う。その力を持っているならなおさら。


 きっとミリーも、もっと広い世界で生きることができたなら、人の温かさに当たり前に触れる生活をしていたなら、世界を守る側についていたはずだ。


 だから俺は、最後まで抗う。

 ここから出て、戦わないと。

 強く願った。


「それが汝の答えか」


 世界意思の声はあきらめたようでいて、優しさをも含んでいると感じた。


 意識が、覚醒する。


「あきちゃん、大丈夫?」

「あぁ。まだいける。これからだ」


 立ち上がって身構える。

 ――次でけりをつけてやる。

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