墓標から現れた邪神
ゲートを抜けると、蒼穹の空の下、どこまでも続いているかのように広がる草原に、巨大な石柱が建っていた。
てっきりゲートを抜けたら邪神とすぐ対面して戦闘になると思っていたから拍子抜けだ。
けどありがたい。
「邪神がどんなヤツか判らないから事前の作戦も意味がないかもしれないけど」
一応どういう感じで戦うかの確認はしておく。
決め技は亜里沙の『封神の虹眼』を乗せた『裂光剣』だ。その隙を作るために俺が邪神の大弱点に『崩壊の赤眼』の一撃を加える。
そこに至るまでの戦いは、やはり今までのセオリー通り、リンメイが防御アップなどの補助と回復、ラファエルは攻撃魔法で、回復の手が足りなさそうなら支援にまわる。
前衛はできるだけ被弾を避けて、魔法使いズの回復が間に合わない場合は自分でも魔法やスキルで癒す。
「あと、邪神に近づいたら自我が乗っ取られるとか、闘気を吸われるとか、そんな感じのことも言われてるから、その辺りも注意だな」
「注意って言ってもどうするアルか?」
「乗っ取られないためには意識を強く持つ、ぐらいでしょうか」
「リンメイちゃん誘惑されても乗らないでね?」
「『私の手下になるなら黒崎をやろう』とか言われたら迷うネ」
「迷うなし」
軽く笑う。
「けど……、乗っ取られるのは耐えられるとして闘気を取られちゃうのは困るよね。『封神の虹眼』が使えなくなっちゃう」
短期決戦を狙わなきゃならないってことだな。
「うん。ヘンリーにはダメージを与えることより敵の隙を作るような攻撃を狙ってもらうほうがいいかもしれないな」
「そういう役回りは本来黒崎の方が得意なのでしょうが。判りました。やってみましょう」
よし、それじゃいくぞ。
揃って、石柱に近づく。
近づいてみると、多分モニュメントにあった文字みたいなのがたくさん彫られているのが見て取れる。
「墓標みたいだね」
亜里沙がつぶやいた。
うん、とうなずく。
すぐに戦闘に入れるように、それぞれ飛行の魔法や補助アイテムをチェックする。
「それじゃ、触れるね」
亜里沙が墓標に左の手のひらをそっと、当てた。
ブォン、と大きく低いうなりをあげて石柱の溝が赤く光る。
強大な気が、中からあふれてくる。
黒と赤がまじりあったもやが、石柱から漏れ出してきた。
亜里沙の両肩を掴んで軽く下がる。
石柱が音もなく砕け、四散した。
轟音と共に現れたのは、巨大な、……人だ。二メートルは軽く超えているな。青白い光をまとった男が三メートルほど上空で俺らを見下ろしている。ダンジョンで戦ったデュアルセイバーに似ている。
邪神、と呼ばれてることや、出てくる直前の黒い霧から、実体も暗い色なんだろうと思っていたけれど違ったな。
「汝らが我を欲する者か? ……いや、違うな。戸惑いと敵愾心しか感じ取れぬ」
低く通る声だ。
「あぁ。悪いがあんたにはこの時代からご退場願うよ」
開眼の短剣を腰付近で構え、男を見上げる。
「我が人間の数を減らすのは、この世界にとって悪いことではない。むしろ星にとってはよいことのように感じられるが」
男、こいつが“ディレク・ケラー”なんだろう――が言う。
増えすぎた人間の生命活動のために星の自浄作用だけでは追いつかないほど汚染と破壊が進んでいる。このままでは人間どころか生物全体の危機となるのは間違いない、と。
「判ってる。けれどだからといって人間の数をめちゃ減らしますよ、ってのに同意できるわけがない」
俺は、ふわりと飛び上がる。
「俺らを説得しようとしても無駄だ。さっさと始めようじゃないか」
亜里沙達も宙に浮かび上がり、戦闘態勢を整える。
「愚かな選択をしたと後悔しても遅いぞ」
男の体が変形する。胴体が膨れ上がり、胸の部分が巨大な顔のようになる。目が二つと口が一つと見て取れる亀裂が走り、大きく裂ける。元々顔だった部分も似たようなきつい顔つきになった。手足が伸び、爪のようなものも生えてくる。
これがこいつの本当の姿?
あふれ出る「気」に圧倒される。
そりゃこんなのに勝てるわけがないと思う。
けど、勝たなくていいんだ。ちょっと弱らせて逃げればいい。
くじけそうになる心を奮い立たせて、気合いの声をあげる。
リンメイの防御魔法を待って、“ディレク・ケラー”へと突っ込んだ。
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