蒼い夜と、魔物の群れ
まだ昼間だというのに空が夜のように暗くなった。
群青色の空に、ぽっかりと、大きな青白い月が浮かんでいる。
すごく、不気味だ。
「まさか、これは異世界の……?」
富川さんが驚愕の顔でつぶやいている。
異世界? この空が?
不気味な月をもう一度見る。
と。
まるで月から湧いて出たように大量の魔物が迫ってくるのが見えた。
「魔物がっ!」
叫ぶ。
「異世界を介してここに魔物を送り込んだということか」
富川さんの声から驚きの響きが消えたが、さらに深刻さを増した。
「全員、戦闘態勢! 結界柱を守り抜け!」
さすが総指揮者だ。混乱の様子を見せていた場が、富川さんの一言で引き締まった。
「柱を守る者はそのまま待機、柱に近づく魔物を倒せ。他の者はできるだけ空中に上がって迎撃だ。柱に近づけるな」
おぉ! と気合の声があがり、ざっと空中に浮かび上がる人達。
俺らは柱のそばで身構える。
「俺も迎撃に向かう。ここは君達に任せたよ。何としてでも柱を守り抜かなければ」
「はい!」
富川さんはうなずいて、ひときわ大きい魔物に向かって飛んでいく。
でかい魔物――どうやらあれも精霊獣と呼ばれるめちゃ強いヤツらしい――が口からビームを放った。そのまま地上に到達したらかなりヤバい攻撃だが、富川さんがそれを術かなにかで跳ね返した。精霊獣はあっけなく消え去ってしまった。
「すげぇ……」
「よし、俺らも続け!」
富川さんの反撃は空中で戦う人達の士気を爆上げしたようだ。
だけど、敵の数が多すぎる。精霊獣みたいな大物でなくても数で押されてはたまったもんじゃない。
空中で仕留め損ねたやつらが地上に降りてくる。
結界柱を守る俺らをはじめとしたパーティも戦闘に突入する。
そんな中で、言い争う声が聞こえてきた。
「ゲートを壊しに行きます」
「そんな無茶をしたらあなたの寿命が縮まるだけよ」
美坂さんと月宮だ。今にも空へと飛び出そうとしている美坂さんを月宮が両肩を掴んで引き留めている。
「ゲートをどうにかしないとますます魔物が増える一方です」
「だからってあなたが行かなくても」
「わたしの他にゲートを破壊できる人はいません」
美坂さんの強い声に月宮がたじろいだ。
閉じる、じゃなくて、壊すってことは『崩壊の赤眼』の力を使うってことだろう。確かに、ゲートを崩壊させる力は俺にはない。
結局、美坂さんに押し切られた月宮は俺らを睨みつけるように見て、「何としてでも柱を守りなさい!」と命じて美坂さんを追いかけていった。
いつも余裕綽々な月宮があんなに戸惑い、焦っているのは初めてみた。それだけ美坂さんが大事だし、切羽詰まった状況だとういことだ。
それを証明するかのような敵の数。
MPや闘気を惜しみなく使ってかなりの数を撃退したが、結界石がどんどん壊されている。今のところ柱は守れているけれど、それが精一杯だ。
ふっと空が暗くなった。
不気味な青白い光を放っていた月が消えた。あれが異世界からのワープゲートだったんだな、と思ったら空が昼間の輝きを取り戻した。
けれど、それまでにやってきていた魔物はまだまだ残っている。
「美坂さん大丈夫かな」
「人の心配より、自分達の心配アル。いつまで続くカ」
亜里沙のつぶやきにリンメイが嘆きを返す。
「きりがないよ……」
ラファエルも魔法を放ってはMPポーションを飲んでを繰り返して疲弊している。
「ゲートは閉じた。もう魔物は増えない。いつか終わるんだ」
「我々の命が尽きるという終わり方のような気もしますが」
「ヘンリー、それはシャレにならないかもしれないからやめてくれ」
倒しても倒しても、魔物が減った実感がない。
空では相変わらず、そこここで人と魔物が交錯している。スキル発動や魔法を唱える声と、魔物のうなり声や鳴き声が交じりが響く。
傷つき倒れる人も出てくる。
結界石も壊れていく。
俺らも、悪態をつく元気がなくなってきた。
ポーションが底をつく。
あとは自分の戦闘能力のみが頼りだ。
「ラファエルとリンメイは下がってろ。亜里沙、ヘンリー。もう回復は期待できない」
「いのちだいじに、だね」
「おれにまかせろ、って言いたいところだけどな」
有名ゲームの命令コマンドに、同じように返しておく。
亜里沙を守るって言ったしその気持ちに変わりはないけれど、今のところ身を挺して彼女を守らないといけないってことには、なってない。このまま終わってくれれば。
地面のあちこちで深く傷ついた人達が座り、横たわっている。一か月半の本部暮らしで見知った顔もある。彼らのためにも持ちこたえなきゃならない。
少しずつ、空から魔物が減ってきたのが実感できると、みんなの士気が持ち直す。
やっと魔物の襲撃がなくなったのは、正午を回った後だった。
“ディレク・ケラー”を覆う核は、まだそこにある。
儀式は、失敗なのか……?
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