相対する力――両儀の封印

 えっと、つまり。

 そういうことを期待してるってことでOK?

 いや待て。

 明日は大事な決戦だ。それを前に体力を消耗するのはいかがなものか?

 いやいや、大事な決戦前だからこそ士気を高めるために。

 って、そりゃこじつけだ。


 ……と、一瞬の間に頭の中で思考がぐるぐるした。


「まずくない?」


 で、漏れた言葉が、それだった。


「だって、わたし達、その、付き合ってるでしょ? 一緒に寝るくらい、えっと」


 もう湯気が出るくらい亜里沙の顔が真っ赤だ。

 けどこの場合の「一緒に寝る」ってのは、亜里沙の性格とかを考えると、言葉通りだなと理解した。


 ……うん、それがいいな。

 笑みが漏れた。


「それじゃ、一緒に寝よう」




 俺はこの夜、人のぬくもりに触れながら眠る幸せを知った。




 朝、支度を終えて集合する。

 今日、儀式が完成すれば人類は救われる。


 儀式に向かう前に、江崎が走り寄ってきた。


「みほちゃん! 元気になったんだね」

「うん。ごめんね。大事な戦いに参加できなくて」

「ううん。無事に済むよう、祈ってて」


 二人は硬く抱き合った。

 江崎の無事な姿が見れてよかったな、亜里沙。


「儀式も大事だけれどあいつをどうにかしたいアルよ」

「あいつとは、月宮ですか?」

「そうそう、って違うネ。違わないのもあるけれどネ。真祖アル」


 ヘンリーのボケにリンメイがノリツッコミを入れる。

 うん、いつも通りの雰囲気だな。


「ミリー、いや、真祖のことは、もしも現れたら富川さん達に任せるのが一番だな」

「そうだね。餅は餅屋。強敵には強い味方、だよ」


 亜里沙、なんか例えが微妙にずれてる気がするぞ。


 朝十時になって、配置につくよう言われる。

 俺らは富川さんと一緒に結界柱の一本を守ることになる。


 何事もなく、過ぎていく。

 富川さんもリラックスしている様子だ。

 ということは、あの台風に見える魔物の群れは儀式までに到達しそうにないってことだな。


 十一時前になって、富川さんが本部のみんなに作戦開始を告げる言葉をかけた。


「いよいよ作戦開始だ。これに失敗すると強力な魔物が復活して大変なことになってしまう。儀式は何がなんでも完成させなければならない」


 復活する魔物が人類を壊滅させてしまうほどの邪神だと知っている人達の顔つきがこわばる。


「台風となっている魔物の群れがここに到着するのは十三時前だ。儀式が完成するのは十二時なので余裕がある。だが、それ以外の魔物が襲ってこないとは言い切れない。皆、心して結界柱と結界石を守ってほしい」


 皆が気合いの声をあげる。

 富川さんが満足そうにうなずいて、俺らのそばに戻ってきた。


「実際のところ、魔物が来る可能性はどんな感じと見てるんですか?」


 こっそりと尋ねてみる。


「多分、大丈夫じゃないかな。台風が速まる気配はなさそうだ」


 富川さんの表情はリラックスしているように見える。


 よかった。


 十一時になり、富川さんが「儀式開始!」と声を張る。

 すると、景色が一変した。


 作戦本部は、村人のいなくなった村をそのまま――一部は手を加えたり新しい建物を建てたりしているけれど――使っていたのだが、だだっ広い平野になった。見渡す限り、なにもない。


 いや、地面に直径二メートルほどの石が敷き詰められるように現れた。これが結界石だな。

 そして、本部だった場所の中心に巨大な穴が開く。穴の四方にはダンジョンで見たモニュメント、結界柱が轟音をあげながらまるで地面から生えてくるように現れた。


 どよめきが上がる中、穴の中から黒い塊がせりあがってくる。直径十メートル近くあるラグビーボールのような塊だ。


「あれが“ディレク・ケラー”を封じている中心の核だ。儀式が完成すれば時空の狭間に送り出し、数億年先まで吹き飛ばされる」


 富川さんが説明してくれた。


 儀式が完成するのは一時間後の十二時だ。

 それまで敵がこなければいい。


 それにしても、儀式というからもっと核の周りに人が集まって祈りをささげたり呪文を唱えたり、ってのを想像していたんだけど、核の周りには結界柱と結界石を守る人達しかいないな。


「儀式って、どこでやってるんですか?」

「それは、内緒だ」


 富川さんがくすっと笑う。


 あ、多分あの地下の両儀の部屋じゃないかな、と察した。


 破壊と再生。相対する力を持って世界を守る。


 両儀の封印。


 ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。


 緊張した時間が過ぎていく。

 儀式開始から三十分が経った。


 台風の進路をチェックしている富川さんが、ほっと息をつく。


「大丈夫そうだな」


 台風の速度は現れた時のままだそうだ。


 よかったですね、と言葉を返そうとした、その時。


 空が、一変した。

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