決戦前夜の決意
医者が離れてくれたので改めてサリーに「巻き込んですまない」と詫びる。
「あなたには助けてもらったから、恩を返せると思ったの。だからいいよ。でも、……あの人、何者? 手も足もでなかった……」
サリーが悔しそうに言う。
彼女らも結構強い異能者だ。だからこそウィリスを安心して預けたんだ。まさかあんな桁違いに強い真祖が出てくるなんて思ってなかったもんな。
「ミリーさんっていうんだけど、今は真祖が体を乗っ取ってて……」
亜里沙の説明を俺が補足する。
ミリーはウィリスの知り合いだ。が、今彼女は真祖と呼ばれる者が乗っ取っていて、今回はその真祖の意思でウィリスを奪いに来た、と。
「そう……。無事だといいんだけど……」
サリーはつぶやくように言って、また眠ってしまった。どっちかというと意識を失う感じに近いかな。
ミリーの未練になるかもしれないと真祖が言っていたなら、多分ウィリスはもう生きてないだろうな。それこそミリーの心を完全に掌握するためにわざと見せつけるように殺したに違いない。自分から真祖に体を渡すと言い出したことで、ずっと一緒にいた大切な仲間を自分の体が殺すなんてところを見せられたら、彼女の心は完全に絶望するだろう。
俺らの言葉を信じてくれていたら、信じさせることができていたら……。
「でも真祖ってどうやってサリーちゃん達のことを知ったのかな」
「多分、だけど、ミリーの記憶に残ってる俺らの言葉から、だろうな」
亜里沙の友人のサリーのところに預けている、とミリーには話したからな。朝川の変異体事件の調査に絡んできたのをもしもミリーが知っていたなら、サリーの容姿なんかも情報としてあっただろう。だとするとサリーを見つけるのはそう難しいことじゃない。
そんな話をすると亜里沙は「なるほどー」とうなずいた。
さて、あとは医者に任せて俺らも寝ないと。明日はさすがに忙しいだろうし。
医者には、サリー達の容体が安定したら病院に入れてやってほしいとお願いしておいた。でないと、月宮が殺しにくるかもしれない。
亜里沙と別れて部屋に戻ったのは三時過ぎだった。
寝不足必至だな。
次の日――俺と亜里沙にとっては数時間後には、外からやってくる異能者達への対応に追われた。
前に聞いていた通り、今日ここにくるイクスペラー達は「もしかすると魔物が攻めてくるかもしれないからその時には戦ってほしい」という依頼を受けて来ているから、当然作戦の細かいことは口外してはならない。
それだけのことなのに、すごく気を使うよな。
誰が事情を知っていて誰が知らないのかを見極めるのも大変だ。
夜になって、やっと部屋に帰っていいと言われて、心底ほっとした。
ある意味、魔物と戦ってるだけの方が気が楽かもしれないな。
……明日はいよいよ、“ディレク・ケラー”を未来に吹き飛ばす儀式だ。
下手をすると、これが最後の夜なんだよな。
そう思うと、俺はいてもたってもいられなくなって、亜里沙の部屋を訪れた。
「亜里沙、いるか?」
「あきちゃん? あいてるからどうぞ」
気安く部屋に入れてくれるカノジョに、ちょっと苦笑した。俺以外にもそんなふうにしてないだろうな?
いやいや、亜里沙は結構こういうところは警戒心が強いからな。
……って、何を考えているんだ俺は。
「どうしたの? 何かお話?」
「いや、えっと……」
会いたくなって来た。
なんて恥ずかしくて出てこなかった。
けど亜里沙にはもっと大切なことを伝えたいんだ。
「どうしちゃったの?」
小首をかしげる亜里沙は、普通の女の子だ。けれどもしも何かがあった時、世界の危機を一番止められる可能性があるのは、彼女なんだよな。
「……いよいよ明日だな」
「うん。明日で長かった戦いが終わるんだね。長かったって言っても一か月半くらいなんだけど」
屈託なく笑う彼女は、すっかり作戦の成功を信じている。
そう簡単なものじゃないと思ってしまうのは俺が考えすぎなんだろうか?
いや、考えすぎじゃないはずだ。
「どうも嫌な予感がする。順調に儀式が終わればいいけど、真祖が黙って事を運ばせてくれるとは思えない」
「……ウィリスさんのことがあったから?」
「あぁ。そこまでして不安材料を潰す真祖が、儀式をただ黙って見ているはずがないんじゃないかって、な」
亜里沙は、うん、とうなずいた。
「亜里沙、おまえは邪神を封じる力を持っている『勇者』だ。もしも戦わなければならなくなったら、おまえの力が必要となってくる。だから……」
「うん。がんばるね」
そんな、あっさりと。
怖くないのか?
でもそんなことを確かめてどうする。
もっと大切なことを、伝えないと。
亜里沙をぎゅっと抱きしめる。
「明日は、俺のそばを離れるなよ。おまえは俺が守る。何にかえても、俺がおまえを守ってみせる」
「あきちゃん……、ありがとう」
亜里沙の体が小さく震えてるのを感じ取った。
頭を撫でて、顔を覗き込むと、亜里沙は頬を赤らめた。
彼女の目がそっと閉じられる。
頬に手を添えて、唇を重ねた。
数秒して、体を離す。
「それじゃ、おやすみ」
そっと踵を返す。
このままここにいたら、理性と欲情が戦うことになってしまいそうだから。
けど。
「ここに、いてよ」
亜里沙が俺のシャツの背中を掴んで、細い声で囁いた。
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