魔術師の成した技

 ラファエル親父が倒れ、魔導書が床に転がる。拾って、しっかりと異次元収納ボックスにしまい込む。


 さてウサギと静乃も倒さないと。

 ……なんだけど。


 ウサギは物理攻撃も魔法攻撃も通じるし、ダメージは普通に入ってる。だがHPがなくなり消えてしまっても、何度も復活してしまう。


 静乃の方は『事象無転』の鎧が俺らの攻撃のほとんどを無効化してダメージを与えられない。


 どっちも手詰まりだ。

 どうすりゃいい?


 ウサギが口をぐわぱっと開けてジョージにかじりつく。数度見ても怖いぞ。


 ヘンリーがタイマン勝負で静乃の足止めをしてくれている。彼が負った傷はリンメイやラファエルが治してくれているからまだ大丈夫だがあちらも膠着状態だ。


 時間ばかりが過ぎる。

 最初は「何度かやっつけてたらそのうち本当に消えるんじゃない?」と、わりと楽観視していた亜里沙も焦ってくる。


 オルトは、にやにやと笑いながら俺らの戸惑いを楽しんでる。くそ、性格悪い。


 ……落ち着け。静乃にダメージが入らないのは『事象無転』という原因がはっきりしている。

 さっきヘンリーが言ってた通り、時間はかかるが数で囲んで殴ればそのうち倒れる。なにせ鎧の中身は能力を持たない女性なんだから。


 俺らがまず考えて対処しないといけないのはウサギだ。

 攻撃は通じる。HPがなくなれば消えるがすぐに現れる。

 ……どこから?

 まさか、ウサギは幻影なのか? でもヤツの攻撃がこちらに有効なんだから幻影じゃないだろう。


 と。


「ウサギは、幻ではないですか?」


 ヘンリーが俺と同じことを考えていた。


「けど、ヤツの攻撃はこちらに通じるぞ」

「ウサギの攻撃と見せかけたもの、とか」


 そうか。オルトはすごい魔術師だってことだよな。だったら幻影を実物みたいに感じさせたり、実感を持たせたりすることもできるかもしれない。


 亜里沙が攻撃を加え、ウサギが消える。

 すぐにまた現れるのだが、その時に今まで気づかなかったことに気づいた。

 オルトが置いたかばんから現れているように見えたんだ。


「かばんだ!」


 俺と、亜里沙も、同時に叫んだ。


「思っていたより早く気づいたな」


 オルトがにやっと笑う。やっぱこいつ性格悪い。


 亜里沙がかばんを壊すと、ウサギが消えた。今度はもう復活してこない。


 これであとは静乃だけだ。

 ヘンリーの提案実行だな。ジョージを含めた前衛三人で静乃の鎧に武器を叩きつける。


 弱点を突けばいいのか? と『崩壊の赤眼』を試してみたが、短剣が弱点を突く時に急激に弱点の光が薄れてしまう。


 仕方ない。時間はかかるが殴り続け――。


 なんだっ? 静乃の鎧が、白く光り出した。胸の部分に光が集まっていく。

 攻撃がくるっ?


 咄嗟に亜里沙を抱きしめ、静乃の前から横っ飛びで離れる。

 超極太ビームが放たれたっ!


「あっぶねぇ。おいおい。超常的な力をなしにする鎧じゃねぇのかよ」


 思わず毒づいた。


「外からの攻撃に対しては、な」


 オルトがドヤ顔してる。くそ、本当に性格悪い。


「あ、あの、章彦くん……」


 俺の顔の下から亜里沙の声が。ん? 下?

 あっ、亜里沙を抱きしめたままだった!


「ごめん! えっと! ビームに気をつけながら攻撃だなっ」


 無駄に元気のいい声が出てしまった。


「戦闘中もバカップルネ」


 リンメイのツッコミが痛い。




 ということで、時間はかかったが静乃、というより鎧を何とか無効化することができた。


「面白いものを見せてもらったな。約束通り、私はこの一件から手を引こう」

「静乃の催眠術を解いてくれ」


 ラファエルの必死の訴えにオルトは飄々と「ヘアバンドを取ればいい」と応えた。

 言われた通りにしたが静乃は気絶したままだ。本当に術は解けたんだろうな?


 まぁいい。本部に連れ帰って診てもらえばいいだろう。

 きっとすごく警戒されるだろうけど。監禁されるかもな。操られていたとはいえ一度だましてきたんだから仕方ないだろうが。


 だましてきたと言えば。


「ラファエル、魔導書だ。もう取られるなよ」


 取り返した魔導書を差し出した。

 ラファエルは「うん」とうなずいて受け取る。それだけかよ。


「……なんか言うことあるんじゃないか?」

「取り返してくれてありがとう」


 不本意そうだな。

 本当はもっと言ってやりたいところだが、帰ってからでいいか。


「さすがに壊れたか。試作品だからな」


 オルトが静乃のつけていた鎧を見分してつぶやいている。


「その鎧、他にもあるのか?」

「いや、これ一つだ。なかなかの出来だっただろう?」


 実験の結果が見られて満足、ってか。悔しいからそれには答えないでおく。


「あんた、“ディレク・ケラー”は見たのか?」

「あぁ。エンハウンスがまだ生きておったころに直接ゲートからきゃつの封印されている内部に入ったな。ここからだと封印の外まであと二つのエリアだな」


 それは大きな情報だ。


「なんでエンハウンスは内部に入れたんだ?」

「おそらく、“ディレク・ケラー”と近しい存在がそばにおるのだろう」


 あぁ、真祖の魂が封じられた魔剣フェルデスを持っていたからか。


「そろそろ私は行くぞ。新たな研究場所を探さねばならん」


 こいつ。“ディレク・ケラー”が復活したら間引かれる側になるって心配はないのかよ。


「……こっちの上司にはあんたのことも含めて報告するからな」

「好きにせい」


 オルトは去って行った。


 俺らも、部屋に現れたゲートで地上に戻る。

 ラファエル父と静乃を抱えてるから、ここがエリアの終点でよかった。

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