行くなら魔導書置いて逝け

 昼食の時間になって、また共同キッチンで亜里沙のご飯を食べる。


「あきちゃん、パスタでいい?」

「任せるよ」


 亜里沙がご機嫌で作ってくれている間、他の人達を何気なく見てみる。

 あ、レッシュとリカルドさんだ。

 二人とも疲れた顔してるな。


「よぉ章彦。わりと元気そうだな」

「なんとかね」

「死にかけたっていうからもっとへばってるかと思ったが――」


 そこに亜里沙がにこにこ顔でサラダを持って来た。


「あきちゃん、先にサラダ食べといて」

「先に食べるのは悪いよ。おまえが戻ってくるまで待ってる」

「ほんと? ありがと」


 また軽い足取りで調理スペースに戻っていった。……可愛い。


「なんだよ、おまえら、ラブラブだな。ついに付き合い始めたか?」


 レッシュがニヤニヤしている。

 バレたか。けどついに、ってなんだよ。


「なんか付き合うのが当たり前みたいな言い方だな」

「当たり前みたいな雰囲気だっただろ。まだかよこいつら、って思ってたくらいだ」


 そ、そんなに……?

 ちらっとリカルドさんを見てみる。

 微笑された。

 その笑みの意味はっ?


 なんてやり取りをしてると。


「ねぇラファエル、午後からはまた魔導書の解析?」


 静乃の声だ。


「うん。早く特別な力を使えるようになっておいた方がよさそうだし」

「あんまり根を詰めすぎるのはよくないわ。ちょっとだけでも気分転換しないと」

「そうだね。……それじゃ、散歩にでも行く?」

「うん、そうしましょう」


 おい!?

 思わず勢いよく席を立ってラファエルに大股で近づいた。


「外に出る気か?」

「うん、ちょっと気晴らしに」


 こいつ、馬鹿だろっ!?


「そうか、その前に用事がある。ちょっと来い。――作戦に関わる大事な話をしてくるから静乃さんはそこにいて」


 今度はついてこられないようにくぎを刺しておく。


 外に連れ出して、建物の裏手に回る。誰もいないことを確認して、一喝した。


「おまえはアホか!」

「な、何がだよっ?」

「まだ静乃が信用できるかどうかも判らないのに、もし相手に下心があったら、おまえ、ひとたまりもないぞ?」

「静乃があやしいってことはないと思うよ。だって、殺す気なら魔導書の解析中や寝ている間にいくらでもチャンスはあるんだし」

「あのなぁ……」


 脱力した。

 駄目だこいつ。本当に危機意識が欠けてる。

 よっぽど「平和」に育ったんだな、うらやましいよお坊ちゃん。


「本部内でおまえが襲われたら一番疑われるのは外部から来て日も浅いあの女だろう? そんな状況で犯行に及ぶかよ。外でなら、いくらでも言い逃れできるんだよ。さくっとっておいて『得体の知れない相手に襲われました』って言えば証拠も証人もいない。最悪、そのまま逃げられたらおまえの死体を発見するのがいつになるかも判らないぞ」


 俺の弁にラファエルは「それは、そうだけど」と口ごもった。

 こっちの言い分に一応納得する様子に、ちょっとだけ語気をやわらげて続ける。


「第一、おまえいつも魔導書持ち歩いてるんだろ? もしも静乃が『白』だとしてもミリー達に襲撃されて魔導書奪われたらどうするんだよ。おまえが自分の判断ミスで死ぬのは勝手だけど、魔導書は作戦自体に関わってるんだろ? そういうアイテムを所持してる自覚をもてよな」


 どうしても静乃と出かけるっていうなら魔導書を富川さんに預けて行け、という言葉はさすがに呑み込んだ。

 ラファエルが、そこまで言わなくてもよさげな納得顔になったから。


「念のため言っとくけど今の話は静乃にするなよ?」

「言わないよ。疑ってるなんて言いたくない」


 あくまでもミリーの襲撃は警戒するけど静乃は信用してるって感じだな。

 でもまだ客観的に見て静乃は「白」とは言い切れないぞ。


 もう一度念押しして、共同キッチンに戻った。


「あきちゃん、どこ行ってたの?」

「うん、ちょっとね。後で話すよ」


 レッシュとリカルドさんが苦笑してる。多分俺が何を話しに行ったのか、察してるな。

 って、二人の前にも亜里沙のサラダが?


「わるいな章彦。ちょっとした話の流れでアリサの料理を食べさせてもらえることになったよ」

「あっ、はい」


 本当は俺だけのために作ってほしかったけど、嫉妬深い狭量な男だと亜里沙に思われたくないから本心は隠しておこう。

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