勇者としての一撃

 短剣を持って戦っていたけれど、もう「開眼」の効果はないみたいだ。

 世界意思に認められて力を託すと言われたからな。さすがにそれ以上はないよな。


 なんてことを、死にかけのぼんやりとした頭で考えてた。


 体はすごいまずい状態なのに、まだ俺、パワーアップのことを考えてる。これは冷静なのか、逃避なのか。


 リンメイの声が聞こえて、頭の中がクリアになる。体の傷みもかなり取り除かれた。回復魔法をかけてくれたのか。


 力を振り絞って、立ち上がる。

 俺はこんなところで倒れてられない。


 再びリンメイが回復魔法をかけてくれている間、戦局を見つめる。


 吸血鬼の側で亜里沙とヘンリーが戦っている。後ろに攻撃が向かうのを阻止してくれている感じだ。だがあの吸血鬼の空気を捻じ曲げる攻撃は厄介だ。狙った相手はほぼ逃れられないし、そばにいる人にも影響が出ている。亜里沙やヘンリーは防御の手段があるからまだ耐えられているけれど、俺は回避が難しいとなると防ぐ手立てが魔法使い達の防御支援魔法のみになってしまう。


 それでも、戦わないわけにいかない。闘気を躊躇なく使って防御力を高めよう。


 美坂さんも吸血鬼のそばに行こうとしている。さっき唱え始めてた魔法が完成したのだろう。何の策もなく近づくとは思えないし。


 よし、リンメイの連続魔法でダメージはほぼ消え去った。

 俺も短剣を握りなおして、再びヤツに対峙する。


 すかさずラファエルが物理、魔法両方に耐えられる範囲魔法を俺らにかけてくれた。ありがたい。


 吸血鬼がまた空気を握りつぶすしぐさをする。ヘンリーが攻撃目標だ。そばにいる俺も亜里沙も空間の歪みと圧縮の影響を受けるがどうにか耐えきった。


 ヤツがにやりと笑う。


 俺らに防御のすべはあっても攻撃はほぼ通じていない。余裕の笑みだろう。実際、防いでばかりだとらちが明かないし、少しのミスが命取りだ。長期戦になればこっちのMPや闘気も尽きてくるし。


 だが、美坂さんが、ゲームチェンジャーとなった。


 彼女が短剣を振るうと、硬質なものを壊すような音をたてて、吸血鬼の足元の三重の輪が消し飛んだ。


「今です、聖さん!」


 美坂さんの、声量はないが凛とした声が通る。


 あの輪が俺らの攻撃を阻害していたことは明らかだ。それが消え失せたなら俺らも攻撃のチャンスということだ。


 『炎竜波』を構える。

 ヘンリーもここぞとばかりに攻撃系スキルを盛った剣技を仕掛け、ラファエルが大ダメージ魔法の詠唱を始める。


 吸血鬼の顔から余裕の笑みが消える。

 今まで好きにしてくれた返礼だ。


「業火にのまれろ、『炎竜波』」


 炎の竜が吸血鬼に飛ぶ。

 だが男の目の前に透明な防壁があるかのように、竜は男の手前で動きを止め、霧散する。


 そんな技も持っていたのか。だが大技を止める技もまたコストが高い。そうそう何度も使えるものではないだろう。俺の攻撃に使ってくれたことで、亜里沙の『封神の虹眼』を阻止される確率が低くなったと喜ぶべきかもしれない。


 亜里沙をちらりと見る。彼女の左の瞳が虹色に輝き始めた。


「世界を滅ぼさせたりしない! 『封神の虹眼』」


 彼女の叫びに呼応するように、剣からも虹色の光があふれだす。亜里沙が剣を振るうと光が吸血鬼にまとわりつく。

 男の口から初めて苦痛の呻きが漏れた。


 さらに。


「動きを封じる、『鈍足の枷』」


 リンメイの阻害魔法が見事にかかった。吸血鬼はその場に縛り付けられたかのように動けなくなる。


「お、おのれ、貴様らのようなザコにっ」


 ふん、その台詞を吐いたら負けフラグだぞ。


 ヘンリーの闘気を乗せた一撃と、ラファエルの大ダメージ魔法で男を追い詰めていく。


 このままいけるか? と思ったが。


「えぇい! うっとうしい」


 男が拘束を振り払い、亜里沙に手を伸ばして空気を掴む動作をする。


 闘気を使い果たした亜里沙があの攻撃を食らったら――。

 そう考えると同時に、動いていた。

 亜里沙を突き飛ばし、逃れさせる。

 当然、俺がヤツの攻撃範囲に飛び込んでいくことになるわけで……。


 さっき味わった、体をひねりつぶされる感触が襲ってくる。闘気を使って防御力を上げたがそれ以上の圧迫に体が屈する。


 亜里沙の悲鳴が聞こえる。こっちに来ようとしているみたいだが。


「ヤツを倒せ、亜里沙。勇者のおまえが、ヤツを……」


 ひざまずいて、血と共に言葉を吐く。

 飛びかけの意識を何とか保って、亜里沙が吸血鬼に斬りかかるさまを見つめる。


 彼女の剣が、男を斬り伏せた。


「馬鹿な、この私が……」


 吸血鬼は最期の言葉を残して、塵になっていく。


 勝てた。

 ほっとした瞬間、意識が闇に呑まれた。

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