吸血鬼の上司

 奥の部屋には男が佇んでいた。上等そうなスーツを着た三十代くらいに見える男だ。


 緑や青、紫、赤色のまじりあった鉱石のような材質でできた洞窟に似つかわしくない、どっちかというと俺らの世界の人間そのものだと思った。


 だがこいつが倒さなければならない敵だというのは男の纏う雰囲気ですぐに察した。

 敵意を隠そうとしない剣呑そのものな目つき、青白い肌、口から覗く鋭い牙が、男が吸血鬼であると物語っている。


「おまえたちか、我々に逆らう愚か者は。エンハウンスめ、このようなザコどもにやられおって」


 男の憎々し気な声が響く。


 こいつは……、エンハウンスの仲間、いや、「上」の立場の吸血鬼か。

 そういえばエンハウンスが死に際に誰かに助けを求めていたな。その相手がこいつなのかもしれない。


「エンハウンスの仲間の吸血鬼ねっ。人間の数を減らすなんて思い通りにさせないんだから」


 亜里沙が剣を抜いて男を睨む。


「仲間? ふん、何も知らずここまできたのか。ただ使われるだけの立場のザコが。さっさと私の前から消え失せろ」


 男が身構えた。


 エンハウンスと同等に扱われたことに腹をたてたのかな。


 亜里沙が美坂さんを見る。『封神の虹眼』を使ってもいいのかという確認だろう。

 美坂さんは小さくかぶりを振る。まだのようだ。


 なら、その時が来るまで待つ、あるいはチャンスを作るのが俺らの役目か。


 要となる技を使う亜里沙を守らないと。

 いつもなら真っ先に飛び込んでいくが、今は様子見だ。


 その判断をした俺を追い越して、ヘンリーが男の近くまで走り寄り、ハリウォンの大剣を振るう。まだ接敵はしていないが衝撃波が十分に届く。


 これは、いい感じでダメージが入るんじゃないか。

 そう見立ててたが、男を中心に、足元に三重の光る円が浮かび上がり、その範囲まで飛んだ衝撃波の勢いが、目で見て判るほどに失せていく。


「ふん、その程度か」


 男が馬鹿にしたように笑う。実際馬鹿にしているんだろうが、そんなチートなデバフ使って威張られてもちょっとモヤっとするぞ。


「その光が攻撃を弱めてるのね。だったら近づけば」


 亜里沙が全力で男に駆けていく。俺も続いた。


 亜里沙が勢いよく剣を振り下ろす。が、刃が強い抵抗にあっているみたいに勢いがなくなっていく。ヘンリーの衝撃波ほどじゃないが側に寄ったのに速度も威力も落ちている。


 俺も短剣を突き出してみた。男の近くまではいつものように振れるが、分厚いゴムに跳ね返されているみたいな抵抗を感じる。全然動かせないわけじゃないが、こんなスピードじゃ当たるはずもない。


 俺らの攻撃は今のままじゃまったく当たらないし通じない。きっと魔法もそうなんだろう。


 思わず美坂さんを顧みる。

 声を出す薬を飲んで、短剣を取り出して目の前に掲げて呪文のようなものを唱えている。


「後ろ二人、魔法、もう少し待ってくれ」


 ラファエルとリンメイに声をかける。二人は俺の意図を汲み取ったようでうなずいて、美坂さんをちらりと見た。


「おまえが司令塔か」


 男が俺に向けて手を伸ばし、ぐっと拳を握る。

 ……体にすごい圧力がかかる。骨が軋んで、内臓が押しつぶされそうだ。

 俺の周りの空間がとんでもない質量を持って俺の体に押し付けられている感じだ。


 バキリと鈍い音がする。どこかの骨がいっちまったか。激痛が体を駆け巡る。


「う、……ぐぁっ」


 こらえきれず悲鳴が漏れる。吐き出す息に血の味がまじった。


 男が構えを解くと周りからの恐ろしいまでの圧迫がなくなった。


 支える力をなくした俺の体は、床に頽れた。

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