まさかこいつの前で

 さてこれからどうするか、と考えながら自室に向かってると。

 E-フォンに着信だ。


『例の話 実験棟地下』


 月宮からたった一言のメッセージ。

 来たか、『崩壊の赤眼』の実験だな。

 軽くうなずいて、実験棟へ向かう。


「あれ? 章彦くんどこいくの?」


 急に方向転換をしたからか、亜里沙がびっくりしながらついてくる。


「えっと……」


 まさかサリーの友人を助けるための取引だ、とは言えない。


「『崩壊の赤眼』に関すること、らしいが詳しくは俺も聞かされてない」


 よし、嘘じゃない。


「あ、スキルのパワーアップね。修行みたいなものかな」

「多分そんな感じだろう」


 亜里沙は実験棟の外までついてきた。


 この建物、地上階は普通に魔物の素材から何かいいものが作れないかという実験というか試作をやっているが、地下は変異ウィルス「テ・ミュル」の実験をやっている。


 俺は一度リカルドさんのところであれこれやったからなじみがあるが、亜里沙は始めてくるみたいだ。


「こんなところあったんだね」

「何せ変異ウィルスだからな。外に漏らすわけにいかないし厳重だよ」


 テ・ミュルの実験をしている階層のさらに下に続く階段の前に、月宮がいる。


「なんであんたもいるの?」


 亜里沙を見て問う。


「スキルのパワーアップをするんですよね。見てていいですか?」

「駄目よ。あんたはここか、外で待ちなさい」


 ぴしゃりと拒絶され、亜里沙はしゅんとなった。


「章彦くん……」

「機密事項なんだろうなぁ。仕方ないよ。部屋に戻ったら?」

「ううん、ここで待ってる。がんばってね」

「おぅ」


 軽く相槌で応えたが、待っててくれるというのは素直に嬉しい。


 亜里沙に手を振って、月宮の後に続く。


 さらに地下へと進んでいくが、一体どこまで深いんだ?

 今までの扉は西洋風の魔法陣みたいなのが描いてあったが、亜里沙と別れてからの扉には漢字みたいな難しい文字がたくさん並んでいる。


 二つほど扉を抜けたところに、ひときわ大きな扉があって、白と黒の模様が描かれている。円の中心をS字で区切っていて片方が黒、片方が白だ。その白と黒の中に反対の色の小さな円がある。


 見覚えがあるようなないような模様だな……。


「ここに装備も、服も全部脱いで置きなさい」


 扉の横にある机を指して月宮が言う。

 えっ、服も? 全部?


「下着も脱がないといけないのか?」

「そうよ」


 うわああぁぁっ、なんて羞恥プレイ! 亜里沙より先に月宮に全裸を見られるとかっ!


 月宮が睨んでる。

 うぅ、判ったよ。実験に協力する約束だ……。


 ごそごそと装備を外して服を脱ぐと机の上に畳んで置いた。

 月宮は俺に目もくれず、開眼の短剣を手に取る。

 放置されてよかったような、ちょっと複雑な気分だ。


「入りなさい」


 目の前の扉がギギギと重く軋んだ音をたてて開いていく。


 思っていたよりも小さな部屋の床一面に、扉と同じ模様が描かれている。

 その中心に立つように言われて、なんとなく月宮に背を向けるようにして立つ。


「この丸い円は世界を、二色は『陽』と『陰』を、もしくは『光』と『闇』でもいいわ、それを表している」


 俺に説明するというより独り言に近い声量で月宮が話し始める。


「それぞれの中にある小さな円は『陰』の中にある『陽』、『陽』の中にある『陰』を表している。この図は『対極図』。陰陽道の中では『両儀』と呼ばれている」


 両儀……。よく判らないが、二つの反するもの、みたいな感じか?


「詳しいことは判らなくてもいい。今、この説明を聞いたということに意味があるから」


 言うと、月宮は開眼の短剣を鞘から抜いた。


「彼の者の秘めたる力を呼び起こせ」


 月宮の声が呪文のように響き渡った。


 ……うわっ、床の模様のS時の部分が割れて中に引き込まれていく……?


 すごく、気持ち悪いようなふわふわする感覚だ。

 それが、一瞬にして強烈な痛みへと変わる。


 左目が、頭が、今まで味わったことのないような痛みを発する。


 思わずかがみこんだ。いや、かがみこんだつもりだったがいつの間にか倒れていた。


 頭の中に声がする。


 『崩壊の赤眼』を使った時に頭の中に聞こえてくる、あの声だ。


『この世界を守らなければならない』


 そして、脳裏に映像が浮かぶ。

 緑豊かな大地が延々と広がっている。


 これは、昔の地球だ。

 誰に何を言われるまでもなく確信していた。

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