大切な人を守るために

 月宮の口角がぐっと上がる。


「あんたが『崩壊の赤眼』の研究材料になるってこと?」

「そうだ」

「そう。それならいいわ」


 あっさりと月宮はこちらの条件を飲んだ。


 ちょっとはやまったかもしれない。けれど、亜里沙が無茶をしてどうにかなるよりは、いい。


「交換条件は成立だな。今、あんたが捕らえているヤツの無事な解放を約束してくれ」

「明日の朝にでも出してあげるわ。勝手にどこにでも連れて行きなさい」


 どうして明日の朝なんだ? 今じゃないんだ?

 そう思ったが余計なことを言ってやっぱりやめるとか言われると困るし、うなずいておいた。


 外に出て、亜里沙に笑顔で近づく。


「話、ついたから」

「ほんとに?」

「ああ。明日にでも解放してやるってさ」


 ここで「今すぐじゃないと」とか言われたらどうしよう。


「……なにか、裏があるんでしょ?」

「ん? 裏ってなんだ?」


 明日の朝にすることの意味? それとも俺が交渉するのに何かしたのかって意味?

 まぁどっちにしろ、うなずくことはできないな。


「なんだ?」


 小首をかしげて、あっさりと、何もないことを主張する。

 亜里沙はくるりと背を向けて、ぼそり。


「ありがと」


 俺が交渉で俺自身不利になる何かを月宮に持ちかけたと、悟られたかな?


「ん」


 やれやれ、俺もまだまだだな。


「ってことだ、明日には友人は帰ってくる。もう無茶はするなよ」


 サリーに言うと、涙を流して頭を下げてきた。


「わたしにできるお礼はないのですが……、あ、これなら」


 彼女は赤色に燃える炎のような装飾のガントレットを差し出してきた。


「前に手に入れていた防具です。よかったら使ってください」


 素直に受け取っておく。

 鑑定してみる。ファイアガントレット、か。物理攻撃を炎属性の魔法ダメージに替えて、攻撃力をプラスすることもできる。

 いいものだな。けど俺の攻撃は魔法ダメージにしたら攻撃力が下がってしまう。

 結果、ヘンリーに使ってもらうことになった。


「あと、朝川付近の変異体は、皆さんが倒したのと、わたしが使役していたのですべてです」


 これはありがたい報告だ。

 早速月宮に伝えておいた。念のため、駐屯組の二人はもうしばらくあの近くにいることになるそうだが脅威がなくなったのは嬉しいだろう。


「けどあのオタク陰陽師に付き合わされる彼はかわいそうアルね」


 そこは同意だ。


「そういえば、戦闘の時に『ほうしんのこうさい』って言ってたけど、あれは?」


 亜里沙に尋ねてみる。


「わたしの目、虹色になってたでしょ」

「あぁ、左目がな」

「その時に発動していたのが、『封神の虹彩』なの」


 やっぱりあの修行の時に引き出された力で、基本としては『裂光剣』と連動させパワーアップさせるスキルだ。

 虹色の光が敵を絡め取り、少しの間動きを封じるという効果もあるそうだ。


 俺の『炎竜波』やリンメイの『鈍足の枷』と似たような感じか。


「自在に使えるようになってよかったな」

「うん」


 パーティでの話が終わって、それぞれの部屋に戻る。


 ……亜里沙の不機嫌の理由も、聞いておくか。

 亜里沙の部屋の前で彼女を引き留めて、声をかける。


「探索の間、どうして不機嫌だったんだ? ラファエルの作戦も無視してたし、君らしくない」

「わたしらしいって、なんだろう」


 俺への答えというよりつぶやきに近い亜里沙の声。


「何か、あったのか? 俺じゃ解決できないかもだけど、話くらいは聞くぞ」


 俺がミリーと再会した時に亜里沙に話を聞いてもらって、精神的に楽になった。

 そのお返しができれば。


「大したことじゃないんだけど……、あ、立ち話もなんだから、部屋、寄っていって」


 亜里沙の部屋でコーヒーを出してもらって、テーブルをはさんで向かい合う。


 こんな時にも、ついちらちらと亜里沙の部屋を観察してしまう。

 片付けられた部屋だな。俺も散らかしている方じゃないけれど、なんていうか、整然としているっていうか。


「イクスペラーの情報交換のSNSを見ている、って話したよね」


 亜里沙が話し始めたので、彼女の方に意識を集中する。


「あぁ、言ってたな」

「有益な情報もあるんだけど、なんていうか、ゴシップ、ううん、陰口みたいなのもたくさんあって……」


 亜里沙は見てしまった。

 この洞窟探索に関わっているイクスペラーが集まる、鍵のかかった「部屋」で交わされていた悪口を。


 そこには亜里沙のことも書いてあって、ちょっと強い技が使えるだけで勇者候補とか笑える、とか。大した実績もないくせに、とか。


 俺のことも「いけ好かないリーダー面のガキ」とか「親父が有力者らしいから、イキってんだろう」とか。


 そういう陰口には慣れている。けど、やっぱりちょっとむかっとくるな。俺がいけ好かないと思われるのは仕方ないとして、父さんは関係ないってーの。ってか、ガキってなんだよ。俺もう二十歳なんですけど?


「そういうのみてたら、……焦っちゃって。功績を上げたらなにも言われなくなるのかな。じゃあやらないと、って」


 しゅんとする亜里沙の頭に、手を乗せた。


「気にすんな。気になるなら、そういうところは見るな。君は君のできることを精一杯やってる。俺らがそれを認めてる。それでいいじゃないか」

「でも章彦くんのことだってひどく言ってて!」

「俺は気にしないよ。この作戦が終わって、俺らにできることをなしていたなら、ミリー達のたくらみを止められたなら、外野が何を言おうとどうでもいい。俺に関することなんて、君が認めてくれてるならそれでいい」


 ……っと、つい本音が漏れた。


 亜里沙は、赤くなった。さすがに気づくか?

 えぇっと……。


「と、とにかく、俺はミリーを止めたいし、君は江崎さんを助けたい。一緒に頑張ろう」


 綺麗にまとめられた、かな。


「うん。ありがとう章彦くん。頑張ろう、一緒に」


 亜里沙の笑顔が、いつも通りで、ほっとした。


 今はまだ言えない。俺の個人的な好意は、作戦が終わってからでいい。


 それまでは、仲間として共に……。



(File10 変異生物騒動 了)

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