何気に精神にくる

 臨戦態勢って、本当に迎え撃つつもりなのか?


 ヘンリーはシスターズに「兄貴が来たら人目につかないところで撃退するのです」なんて真顔で言ってたりする。

 シスターズのほとんどが力は弱いとはいえ、イクスペラーの能力を持っているっぽい。そんなのがヘンリーの兄を囲んだらひとたまりもないだろう。

 それとも兄貴ってすごい強い人?


「兄弟仲、悪いのか?」

「ウザいのです」


 端的な答えが返ってきた。いい悪いの問題ですらなかった。


「兄貴ってイクスペラー?」

「いいえ、何の力も持っていません。ですが彼についている執事が能力者です。しかも強い」


 ヘンリーがシスターズと鍛錬を始めた。

 教会内でいいのか? しかもマジでやる気か? と苦笑した時。


 外から嫌な気配を感じた。


 そっとその場を離れて気配消しの『霞隠れ』を発動して教会の外に出る。

 日が落ちて暗くなったから視覚よりも気配を頼りに、警戒しながら教会の周りを巡回した。


 何も見つからなかった。

 でも嫌な気配は残ったままだ。

 教会に戻ってみんなを集めて報告する。


「誰かは判らないが、わりと悪意をもってここを見張ってるのは間違いなさそうだな」

「ならば、朝まで寝ずの番でもしましょうか」


 俺らも含めて交代で起きて警戒することになった。




 夜の間は何もなかった。

 でも視線というか気配はずっと感じられていて、起きている間はもちろん休んでいる時も気を取られてぐっすり眠ることはできなかった。


「エンハウンスが来てるってわけじゃないみたいよね」


 一緒に警戒していた聖が感想を漏らした。

 そうだな。ヤツならこそこそしないで「亜里沙君、迎えに来ましたよ」とか言って堂々と入ってきそうだ。吸血鬼っていっても十字架とか苦手なわけじゃないみたいだし。

 だったら、ヤツの部下だろうか。


 早朝、礼拝の時間には信者さん達が来ていて、まさかこんなタイミングで襲ってこないだろうなと俺らも礼拝堂で祈るふりをして警戒する。


 来てくれるなよ、という祈りが通じたのか、何もなかった。


 しかし、こんな状態が長く続くとさすがに精神的に疲れてくるな。

 いざという時は精神力を頼りに戦うリンメイやラファエルは休ませておいた方がいいかもしれない。


「ハリウォンの大剣は昼過ぎに空港に到着するそうです。空港に受け取りに行ってそのままダンジョンにいってもいいのですが……」


 ヘンリーにしては珍しく言いよどんだ。


「教会が気になるだろう? こっちで受け取ってからでもいいと思うよ。それまでに何も動きがなければ俺らでもどうしようもないから本部に報告しておいて任せるしかない」

「ありがとうございます」


 どことなくほっとしたような表情のヘンリーが頭を下げた。




 さらに夕方までも、何もない。

 途中、俺の仮眠室にリンメイが押しかけてきたってハプニングはあったけど。いいからおまえ寝とけよっ。


 いよいよハリウォンの大剣が教会に到着する時間が迫ってきたからグループ通話をつなげて各自教会の周りを警戒する。


 俺は裏手の林付近で待機だ。襲ってくるとしたらこっちの方からという予感のようなものがあるから。


 グループ通話に話し声が入ってきた。


『ヘンリー様、ハリウォンの大剣をお持ちしました』


 これはシスターのシンディさんの声か。無事届いたようでよかった。


“やぁハロルド、久しぶりだね”


 聞き慣れない男の声。英語で話してるところからして、ヘンリーの兄貴だろう。


“お久しぶりです。本来なら歓待したいところですが忙しいのでホテルにでも泊まってお引き取りください”


 めちゃ塩対応だなヘンリー。


“そうはいかんよ。今回こそ縁談を進めなければならないのだからな”


 あぁ、なるほど。しつこく結婚話を持ってくるのは確かにウザい。


『はじめましてお兄様、リンメイアル、よろしくネ』


 思わず噴いた。なんでそこに乱入できるんだリンメイ。しかも日本語で。きっと兄貴には通じてないぞ。


『あなたは黒崎のところに行ってくださいよ』

『くろちゃきにはかれたアル』

「おぃヘンリー、何気にこっちに押し付けようとするな」


 思わず小声でつぶやいた。

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