気付かなかったことにしよう

 学校の近くに着いて、亜里沙をおろす。


「正門近くの喫茶店で待ってればいいのか?」


 亜里沙がうなずいたので俺は喫茶店に向かう。

 もう普通の企業はとっくに始業の時間は過ぎてるはずなのに、わりと客がいるものだな。


 適当な席に座ってコーヒーを頼んで亜里沙を待つ。

 ついでだ、漢字の勉強もしておくか。


 日本語は会話はなにも問題はないけれど、難しい漢字は読み書きがあまりできない。中学生が習う漢字までは何とか覚えたが、父さんの会社に転職するのに、さすがにそれじゃまずいだろう。


 ちなみにパーティメンバーとの文字でのやり取りは翻訳アプリを通してるし、ナカタニさんところでは英語で報告書を出させてもらってた。

 今考えるとそういうところも他の人に嫌われる原因だったのかもしれないな。

 離れてみて気づくこともある、ってヤツか。


「おまたせ、章彦くん。あれ? 何してるの?」


 亜里沙がやってきてタブレットを覗き込んできた。

 漢字の勉強だというと驚いてたが、すぐに納得したみたいだ。


「話は聞けたか?」

「うん。みほちゃん――」

「戻ってからにしよう」


 言うと、亜里沙が口に手を当てて「あっ」と小さく声を出した。

 そんな仕草に思わず笑みが漏れる。


 コーヒー代を払って店を出た。

 また亜里沙を後ろに乗せて本部に戻る。

 時間にして二時間もかかってない事なのに、なんだかサボった気分になる。なんでだ?


「あー、リンメイの知らない間にデートしてたアルねっ」


 本部に戻るとリンメイが騒いでる。


「そ、そういうのじゃないから……」


 否定する亜里沙の声にいつもの力がない。


 ……あぁ、つまり、俺もちょっとだけ思ってたんだな。

 自覚してしまった。

 けど、今は考えないことにしよう。任務を遂行する方が重要だ。


「で、江崎さんは?」

「欠席扱いになってたよ。ご両親から、原因不明の体調不良でしばらくの間お休みしますって連絡があった、って」


 さすがに行方不明だとは告げられないよな。


「くろちゃき、ひじりんとデートしてきたんだから、今度はリンメイとデートするアル」

「だからデートじゃないってのに。――引っ付くな暑苦しい」


 リンメイをいつものように引っぺがす。

 亜里沙はいつものように笑って……、なかった。ちょっと不機嫌そうな顔になってるぞ。


「おとりこみ中のところ申し訳ありませんが」


 ヘンリーが来た。ある意味助かった。


「ハリウォンの大剣の受け取りについて教会のシスターと連絡を取ったのですが。なにやら嫌な気配を感じるとのことなので、今日のうちに教会に戻ろうと思うのです」


 もしかして、エンハウンスか?

 ヤツじゃないにしても不穏なことに違いはない。

 月宮に許可をもらって、パーティ揃ってヘンリーの教会に向かうことにした。




 ヘンリーの教会は本部から車で三十分ほどのところにある。

 いつものようにヘンリーは本部に車を借りて、俺はバイクでやってきた。


 リンメイと亜里沙のどっちが俺の後ろに乗るかでもめてたみたいだが、二人とも車に乗れよと俺が言うと顔を見合わせて「今回はそういうことで」と納得した。


 仲良くやってくれよ? パーティ内でギスギスはごめんだぞ。


 さて教会だが、思ってたより大きいな。礼拝堂も立派でシスター達が忙しそうにしている。祈りを捧げたり懺悔をする人も、そこそこいるようだ。


 ざっと周りをみてみたが、怪しいヤツはいない。シスターの勘違いならいいのだけれど。


 リンメイがあちこちを物珍しそうな顔で見て回ってる。あんまりにもちょろちょろするからヘンリーが椅子に座らせて神についてのありがたいお話(ヘンリー談)を説くと、すぐに寝てしまった。


 何気にリンメイの扱いがうまいなヘンリー。


 夕方になって信徒達が帰っていってから、ヘンリーは「さて、兄貴を迎える臨戦態勢を整えましょう」とつぶやいた。


 ん? 臨戦態勢? 俺の聞き違いか?

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