これが勇者の力?
肩が痛い。痛いなんて生易しいもんじゃない。頭の中の声と頭痛も消えてない。
けれどここで弱いところは見せられない。
エンハウンスの手を強く払った。
「聖に触るな」
エンハウンスから聖を守るように、立ちふさがる。
「君こそ、なぜ彼女にこだわる? 勝負はついているというのに」
勝ち誇った顔のエンハウンス。確かに、今の俺は立ってるのがやっとの状態だ。
リンメイが再び回復魔法をかけてくれたけれど、肩の痛みが和らいだ程度で万全とは程遠い。
けれど。
『黒崎くんにそんな選択をさせないくらい、わたし強くなるよっ。だから、一人で背負い込まないでね』
あの言葉に心が救われた。
今度は俺が、聖を守る。立浪さんのようにはさせない。
「勝負がついてるっていうなら、拒まれてるおまえの負けだ。退けよ。聖は渡さない」
エンハウンスの顔から余裕の笑みが消え、眉間にしわを寄せて歯をむき出しにした。
「えぇい、どけぃ!」
感情をあらわにした声と共に、逆袈裟に大剣を振り上げてくる。
それは、予測してた。
かいくぐって前へ。よし、俺の間合い――。
脇腹に衝撃が加わって吹っ飛ばされた。
地面に転がり、なんとか顔だけ向けるとエンハウンスは振り上げた足をおろしているところだった。剣を振るった勢いで蹴りを放ったのか。
「……ぐっ」
体に力が入らない。今までの無理も重なって限界を超えてしまったか。
「黒崎くん!」
聖の悲痛な声に、俺の状況が傍目でも相当悪いんだなと理解する。
「では参ろうか、亜里沙――」
「許さないっ!」
エンハウンスを遮った聖の声は怒りに震えている。
彼女の左の瞳が、虹色に輝き出した。
と同時に体からすさまじい闘気が立ち上る。初めて会った時にバイタルメーターで映し出されていたように、輝く光が揺らめく。
エンハウンスがたじろいでいる。
「――
勇ましい声と共に繰り出された聖の剣がエンハウンスの胴をかすめる。
当たっていないのに、エンハウンスの口から呻き声が漏れた。
「まさか、もうその力を使えるとは……」
ヤツののつぶやきに、思い出した。
聖には世界を救う勇者の素質がある、って話だったな。この力が、そうなのか。
一撃に全ての力を乗せたらしく、輝きを失った聖は体をふらつかせる。きっと闘気もMPも使い果たしたんだろう。下手をしたらHPまで減らしている雰囲気だ。
今エンハウンスに反撃されると俺らにあらがうすべはない。
けれど。
大きなエネルギーを感じた。数メートル離れた地面に唐突に光があふれ出す。
転移ゲートだ。助けが来た!
ゲートの上に人影が二つ現れ、すぐに実体へと変わっていく。レッシュと、リカルドさん。
“リカルド、エンチャくれ”
“敵を切り裂け。‘真空の刃’”
英語で短くやり取りをしたと思ったら、レッシュが猛然とエンハウンスに走り寄る。
“燃やし尽くせ。‘炎の刃’”
レッシュがエンハウンスの攻撃を避け、間合いに入るとすかさず風と炎をまとった剣を突き出した。
エンハウンスは辛くもかわす。ヤツの顔に一切の余裕はない。
続けて振り上げたレッシュの剣の切っ先がエンハウンスの腹を切る。
「これは分が悪い」
エンハウンスが宙に逃げる。
リカルドさんの風魔法の追撃によろめきながら、エンハウンスはさらに上空へと飛んだ。
「今は退こう。亜里沙君、必ず君を迎えに行きますよ」
言い残して、飛び去って行く。
二度と来るな!
言ってやりたかったが、大声を張る力は残ってなかった。
「大丈夫かあきひ――」
「黒崎くん、大丈夫?」
レッシュを遮って聖が駆け寄ってくる。
「ありがとう、守ってくれて。ごめんね、そのせいで、こんなに傷ついて……」
なんとか片膝をたてた俺に、聖がポーションをかけてくれる。
「あの怪我なら治癒魔法をかけた方が……」
「邪魔してやんなよ」
リカルドさんとレッシュのひそひそ声に笑いが漏れた。
「うん、大丈夫だ」
めちゃ痛かったけど。
「あ、あの……。すごく、嬉しかった。大切な仲間って言ってくれて」
聖が顔を真っ赤にしてる。
そんな顔されたら俺まで照れるじゃないか。
「そりゃ、まぁ……、実際そうだし」
「リンメイのことも、大切だよねー?」
うるさいのが来た。
「おまえら、なかなか愉快な関係だなぁ」
レッシュがニヤついてる。違う、そうじゃない。
反論する元気もないから、黙っとく。
「さぁ、戻りましょう。あまり時間をかけていると月宮女史に転移ゲートを閉じられてしまいますよ」
月宮ならやりかねない。
俺のバイクはレッシュが乗って帰ってくれることになって、彼と、車を運転するヘンリー以外は転移ゲートの上に移動した。
俺の両脇を聖とリンメイが掴んでる。
うん、そばで見てたら愉快な関係に見えるかな、これは。
リカルドさんがEーフォンに「お願いします」と告げるとゲートが光り、俺達はあっという間に作戦本部へと戻ってきた。
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