圧倒的な力

 相手が構えを取り切る前に先制攻撃だ。


「『流星落とし』!」


 傭兵のジョージに仕掛けた攻撃スキルでエンハウンスの腕をとりジャンプ。空中で半回転し落下する。

 綺麗に決まった。エンハウンスの頭から地面に叩きつける。


 ちょっとは効いただろう。

 立ち上がって身構え、ヤツを注視する。


「邪魔だな、君は、本当に」


 すっと立ち上がり、エンハウンスは何事もなかったかのように俺を睨む。


 ……全然効いていない?


「聖に、おまえについて行く意思はないんだ。拒まれたなら退けよ」

「私はほしいものは力づくでも手に入れる主義でね」


 エンハウンスは余裕しゃくしゃくに言い放つ。


「絡みつき引き裂け。『夜の茨』」


 ラファエルの全力の魔法もエンハウンスを傷つけられない。

 リンメイの魔法も、ヘンリーの一撃をも、エンハウンスは全く動じずに凌いだ。


「わたしはあなたになんか、ついて行かないわっ! 『とどめ斬り』!」


 聖の渾身の一撃を、エンハウンスは剣でたやすく受け、流す。


「本心を隠さなくていいのですよ、亜里沙君」


 うわぁ、聖の心からの叫びを照れ隠しだとか思ってるのかっ、イタいヤツだ。

 けれど、俺らの攻撃が全く通じていないほどの強さだ。実力は本物だ。


「それでは、こちらからも攻撃させてもらいましょう」


 にやりと笑ったヤツの大剣が、俺に向かってくる。

 風を重々しく切る音が一瞬で迫ってきて、慌てて跳び退った。

 こっちが体勢を整える前に、刃が俺を追いかけてくる。


 避けられない!


 腹に強烈な衝撃が加わった。目の前が真っ白になるぐらいの強烈な痛みに、立っていられず膝から崩れ落ちる。

 熱い何かが喉をせりあがってきた。鉄臭いそれを吐き出すと、目の前に赤が広がる。


「黒崎くん!」


 近くにいるはずの聖の悲鳴が、遠くに聞こえる。


 四つん這いの状態で顔をあげると、勝ち誇ったエンハウンスの顔があった。

 つぃとエンハウンスの視線が動く。


「フェルデス、帰れ」


 ヤツの言葉に反応したのは、後方に寝かせていた江崎だった。ひょこりと操り人形のように立ち上がり、影にすぅっと消えた。


「あっ! みほちゃん!」


 聖が止める間もなく、江崎は上空にいるエンハウンスの部下の元にテレポートした。

 連中は「バカな奴らだ。エンハウンス様に逆らうなんて」と言い残し、江崎を捕まえて飛び去って行く。


 聖やヘンリーが斬りかかって少しだけダメージが通ったようだが、どうも手加減をしているように見える。特に聖には。


 ヤツの大剣に、ヘンリーとラファエルが吹き飛ばされた。


 圧倒的な力の差を、ひしひしと感じる。

 青井さんが「生き延びろ」と言った意味を実感する。

 けれど、聖まで連れて行かせるわけには、いかないんだ。


 リンメイの回復魔法をもらって、何とか立ち上がる。


「まだやる気ですか」

「ここは、退けないところなんだよ」


 きっともうすぐ転移ゲートが開いて、助けがくる。

 もう希望はそれだけだ。


 どうする? 師匠に使ってもいいと言われた奥義を試してみるか?

 でもあれは集中の時間がいる。そんなものをエンハウンスが待ってくれるわけがないな。


 開眼の短剣を抜く。


「致命の一撃を。『破壊の赤眼しゃくがん』」


 エンハウンスの弱点は……、ほぼ見えない。それだけ力の差があるってことか。


 俺の顔を、目を見てエンハウンスが少し驚いた。


「ほぅ、君もか」


 何がだよ?


「その力は厄介です」


 だろうな。


 エンハウンスが大剣を振り上げる。その隙を狙って俺は前へ出た。懐に飛び込めば短剣の方が有利だから。

 だがヤツの攻撃の方が早かった。剣の重い一撃が左肩に直撃した。

 痛いと感じる間もなく地面に叩きつけられる。死にそうなほどの痛みは一瞬後からやってきた。


 悲鳴が口から洩れる。


 世界が、赤く染まった。血が目に流れ込んだか?

 ……いや、これは……。

 左目が、頭が痛い!


 ――『崩壊の赤眼しゃくがん


 スキルが、レベルアップしたんだな。

 これは、美坂さんが使ってた、世界結界も切ってしまうスキルの名前だよな。俺もその域に達したのか?

 ならばエンハウンスにも通じるかもしれない。


 けど、俺の意気込みをあざ笑うかのように、いつもはすぐに収まる頭痛がずっと続いたままだ。

 そして頭の中に響く、声。


『世界を救うためには、この世界を壊して作り直すしかない』


 なんだよ、それ。


『壊せ、……すべてを壊せ』

「ああぁぁぁっ!」


 ひどい頭痛と、消えない声を振り払うように大声をあげて、体を起こす。


「黒崎くん、大丈夫?」


 聖が俺の隣に来て、体を支えてくれた。

 それだけで、なんだろう、すごく安心する。


「さぁ亜里沙君、その男は放っておいて、私と共に来るのです」


 エンハウンスが聖の腕を掴んだ。


 させるかよっ。

 残る力を振り絞って、立ち上がった。

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