吸血鬼の狙いは世界……、のはず
世界を変える。
すごいアホらしいたわごと、と笑うには、エンハウンスの雰囲気は真剣で、しかもそれをやり遂げられるという自信に満ちている。
「どうやって?」
「この世界は汚染されています。人間達が勝手気ままに壊していく一方です。なので――」
笑みをたたえたままのエンハウンスの目が、ぎらりと光った。
「人間の数を極限にまで減らすのです」
人間を滅ぼす、ではなくて、減らすっていうのが、すごいリアルだと感じた。
「人間の数を減らすためのものが、あのダンジョンにあるっていうのか」
「さすが、話が早いですね」
「それは……、何だ?」
「今はそこまでお答えできません。あなた方が私の下につくというのであれば、お教えしますが」
はいそうですか、ならあなたの下に、なんてヤツはいないと思うが。
ちらと皆を見る。
「冗談じゃないわ! 人が世界を壊すというなら、人の意識を改めるよう働きかけるのが先よ。壊すから数減らしちゃえなんて、そんなことが許されるわけがないわ!」
聖が声を張る。
他のみんなも、うなずいた。
「人間の意識が改まらないから、世界が壊れていっているのです」
「だからってたくさんの人を殺すなんて許せない」
「ですが、今のままではそちらに勝ち目は全くありませんよ?」
自信に満ちた、声。
こいつの中では、そうなんだろう。けれど、こっちにだって有能な能力者はたくさんいるんだ。
「おまえの言葉を信用する根拠は全くない」
「そうですか。残念です」
エンハウンスは大げさにため息をついてみせた。
「では、彼女は回収させてもらいましょう」
聖を、いや、江崎を見る。
「渡さないわ!」
聖は江崎を抱きしめて、エンハウンスが江崎の腕を取る。
「放してくれないでしょうか?」
「いやよ」
にらみ合う二人。
……あっ、聖の目力が強くなってる。魅了の視線が発動してるんじゃないか?
「そ、それは、まずい」
「そうよっ。みほちゃんをつれてなんか、行かせないんだからっ!」
いやそうじゃなくて、いや、そうなんだが。
エンハウンスが目を細め、聖を睨む。
聖も負けじと睨み返してる。
これ、どうすりゃいいんだ? でも止めたら江崎が……。
迷ってる間に、エンハウンスの表情が、がらりと変わった。
「ふむ、君はやはり素晴らしい。ともに来なさい」
江崎を掴む手を聖に移して、にまりと笑う。
やっぱりかー!
聖、エンハウンスを魅了したっ!
視線で魅了するって吸血鬼のおはこじゃないのかっ。それにかかってるなんてこいつ馬鹿だろっ!
でも笑ってられない事態だ。「おまえの言う通りだ、あきらめよう」って方向ならよかったんだけど、エンハウンスはそんなタマじゃないよな。
ちょっとデレっとしてるエンハウンスの顔と、江崎ごと強引に連れていってしまいそうな力強さがすごいギャップなんだが。
「さぁ、二人とも私の下に来るのです」
「え、ちょ? なんでいきなりそうなるのっ?」
聖がめちゃ困惑してる。自分が魅了の視線で目の前のヴァンパイアを惚れさせたなんて全く思いつかないだろうしなぁ。
っと、ぼーっと見てる場合じゃなかった。
「やめろよ」
聖を掴むエンハウンスの手を払いのけた。
「聖も誰も、おまえについていくつもりはない」
「そんなことはあるまい、彼女は本心では私についてきたいと思っているのですよ」
んなわけあるかぃ! 自信過剰なヤツが魅了されるとこうなるのかっ。
「
突然の名前呼びかよ。
当の聖はっていうと、困惑しすぎてどう反応していいのか判らずオロオロしているという感じだ。
エンハウンスが聖に再び手を伸ばす。
二人の間に割って入って、再びヤツの手を払いのけた。
すかさずヘンリーとラファエルが聖と江崎を連れて下がる。
「……邪魔ですね、君は」
エンハウンスがきつく睨んでくる。
「彼女はともに私の計画を遂行するにあたう人材なのですよ。君のような凡庸な男のそばになど、ふさわしくないのです」
にやりと笑うエンハウンスの口に、牙が光る。
ヴァンパイア。血を吸った相手を下僕にして操る。
……立浪さんの最期を、俺が殺してしまった瞬間を、思い出してしまった。
『黒崎君……、ごめんな。……ありがとう』
言い残して、塵となって消えていった、初めて友と呼べた人。
聖がこいつに連れていかれたら、敵対したら、俺は……。
「聖を連れて行かせない。大切な仲間をおまえなんかに渡さない」
後ろで、息を呑む気配と、「黒崎くん」と小さくつぶやく聖の声がした。
「ならば見せて差し上げましょう。私と君達との実力の差を」
エンハウンスが、大剣を引き抜いた。
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