それだけ強いってことか
今からジョージを追っても追いつけないだろう。
リンメイを連れて林を歩きながら、俺は青井さんに襲撃の経緯を報告した。
『アメリカ軍か。判った。報告ありがとう。君達は本部に戻って――』
青井さんの声が途切れる。
十秒ほど間が空く。青井さんはそばにいる誰かとやり取りしていたみたいだ。
『向かってほしい所ができた。聖さんの学校周辺に結界のようなものが貼られたようだ』
今度は聖のところ? しかも結界とは。
「判りました。すぐに向かいます」
『もしも強い敵がきたらできるだけ交戦は避けて逃げるように。こちらもばたばたしていて、応援がなかなかよこせないと思う』
念のため、青井さんとの通話もつなげたままにしておくことになった。
リンメイを後ろに乗せて、聖の学校までバイクを飛ばす。
あと二十分ほどかってところで、俺の腰を抱きしめるリンメイの腕に、規則的に力が加わった。
バイクを停め、何かあったのかと尋ねると、リンメイが彼女のE-フォンを差し出してきた。
パーティのグループ通話から聞こえる、聖の声。
『どうして? わたしはみほちゃんと戦う理由なんてないよ』
『わたしにはあるの。亜里沙ちゃんは勇者の資格があるらしいから』
『勇者?』
勇者?
聖の声と俺の思考がハモッた。
『聞いてないの? あなたは世界を救うっていう力を秘めてる。だから、エンハウンス様の邪魔になるの』
エンハウンス。自分の邪魔になるだろう聖を潰すのに、江崎を使ってきたか。まさか吸血鬼にされてないよな?
立浪さんを思い出す。
敵対する吸血鬼の下僕となった吸血鬼は、作戦本部にとどめておくのが難しい。
だから立浪さんは俺が殺した。
もしも江崎がエンハウンスの下僕になってしまったら。
聖には、江崎の命を奪うって選択はできないだろう。
早くいかないと。
再びバイクを飛ばす。
信号で停まるたびにリンメイが短く状況を報告してくれる。
聖と江崎は戦闘を始めたようだが、戦いになってない。江崎が一方的に攻めて聖が逃げているそうだ。
俺らが到着するまでにヘンリー達が戦闘に加わったことで、今はパーティに少し有利になったみたいだ。
聖との待ち合わせの公園に到着した。
異様な雰囲気が公園を包んでる。人払いの結界か。
中に入るという強い意志で結界を抜ける。
途端に、戦闘中の緊迫した空気に包まれた。
聖とヘンリーが前衛、ラファエルが少し離れた後方で魔法を詠唱中だ。いつもの布陣だな。
江崎は……、なんかすごい武装になってるぞ。
以前ダンジョンで持たされていた剣は同じだが、彼女の全身を金属鎧が覆いつくしている。なんとも勇ましくて強そうで、……ヤバそうな恰好だ。
近づいて判った。江崎の鎧は体とくっついている。一体化しているというべきか。
なんかマズそうだけど、一つ安心なのはあの剣がまた江崎を操ってるなら、吸血鬼化はしていないんだろう。最悪の事態は免れたか。
「みほちゃん、もうやめようよ。わたし、みほちゃんを傷つけたくないよ」
俺らが到着したことで少し余裕が出たんだろう。聖が説得の言葉を投げかける。
「わたしも、わたしは……、エンハウンス様が……」
江崎の剣の切っ先が震えている。
五対一なら、彼女を抑え込んで剣の支配から解放できるか?
開眼の短剣を抜いて構える。
「わたしも、亜里沙ちゃんを……」
江崎が悲しそうな顔をした。体からふっと力が抜けて、その場に倒れる。
聖が彼女に駆け寄り、なんとか鎧を外そうとしている。
「これ、体にぴったりくっついてるよ」
一体化しているという見立ては正しかったか。
「でもよかったアル。本部に連れて帰って何とかしてもらえるヨ」
リンメイが笑顔で言うが。
「……手放しで喜ぶにはまだ早そうだ」
俺は、感じていた。上空の気配を。
顔をあげると、二人の部下を従えたエンハウンスがゆっくりと降りてきていた。
「まだ完全に支配はできていないようですね」
不敵な笑みを浮かべるヴァンパイアが、地面に降り立った。部下の二人は上空で様子を見ている。
「一度ならず二度までも、あなたって人は! すぐにみほちゃんの鎧を外して!!」
激昂する聖にも動じずエンハウンスはとんでもないことを言い出した。
「邪魔になりそうだから殺そうかと思っていましたが、君達にはなかなか見込みがありそうですし、どうですか? こちらにつくなら命は助けてあげますよ」
自分が絶対に強いって余裕が気に食わないな。実際、強いんだろうけど。
『黒崎君、逃げられそうか?』
Eーフォンから繋いだイヤホンに、青井さんの声。
多分、全力で逃げれば深追いはしてこないだろう。ヤツにはそんな余裕がうかがえる。
けれど、きっと江崎を置いて逃げることに、聖は同意しないだろう。
「難しいです」
『判った。そっちにワープゲートをつなげる用意を始めてもらう。応援をよこすが数分かかるから、……生き延びろ』
勝てとか負けるなじゃない忠告が、重い。
できることなら立浪さんの仇を討ちたい。
けれど、異能者としても歴戦の青井さんが、俺らの力では生き延びることがやっとだと判断してるんだ。今は少しでも時間を稼ぐことを考えよう。
「人を駒のようにしか扱わないような人のところに付く気はないわ」
聖が剣を構えてエンハウンスを睨みつけている。
すぐに戦闘をはじめようかって雰囲気に割って入った。
「おまえの目的は何だ?」
こっちの狙いに気づいているのか、いないのか、エンハウンスは口角をあげて、俺の質問に答えた。
「世界を、変えるのです」
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