ブチ切れ中華娘

 結構奥の方まで入って行ったのか、すぐには見つけられなかった。


『そろそろ追いかけっこはおしまいにしようか、お嬢ちゃん』


 ん? 男の声?

 そうか、リンメイも通話でつながってるんだな。リンメイを追いかけている男が彼女の近くにいるってことか。


『やあ、部下が失礼したね。ところで、君に用事があるんだ。一緒に来てくれないかな?』

『く、くろちゃきー。早くあなたの大事なリンメイを助けにくるアル』


 切羽詰まった状況でよくそんなことが言えるよな。思わずため息が漏れる。


『応援を呼んだのかな? だったら早くしないとなぁ。できれば手荒なマネはしたくないんだけど。これも仕事だし』


 男の声の後に、何か金属っぽいものがこすれ合うような音がして、リンメイが悲鳴を上げた。


 Eーフォンの声と現実の声が近づいてくる。方向はあってるみたいだ。俺は歩調を早める。


『お、おじさん、ナンパはちょっと、ねぇ。お、女の子には優しくしないと嫌われるアル』

『一緒に来ないなら実力行使しかないな。痛いだろうけど我慢してくれよ』


 何が起こってるんだよ。

 一つだけはっきりしてるのは男が力ずくでリンメイを捕まえようとしているってことだ。

 いくらイクスペラーとしての異能を持ってるとはいえリンメイは後衛だ。前に出てくる軍人相手には分が悪い。


「リンメイ、俺の声には応えるな。もうすぐ着く。逃げ回れ」


 小さく『ん』と聞こえた。了承の意味だろう。


『敵の魔の手から影に逃れる。「影渡り」』


 新しく覚えた魔法みたいだな。逃げるのにちょうどいいのを習得しててよかった。


 木々の間に男の背中が見えてくる。やっぱり迷彩服を着てるな。部下とかさっき言ってたしこいつがこの集団の上官に違いない。


 ……右腕が、剣になってる。剣を持ってるんじゃなくて剣そのものに。

 さっきの金属音は、腕が剣に変形する音か。


 人造人間。そんな言葉が浮かんだ。


 敵がリンメイに斬りかかる。『影渡り』の移動先を先読みしての攻撃がヒットした。


 こいつ、強いな。

 とにかくリンメイへの攻撃を止めないと。

 銃を取り出して、剣になってる腕を狙う。

 キィン! と甲高い音をたてて銃弾が刃に命中した。


 男がこっちを見る。

 短い金髪の青い目の、多分二十代後半から三十代くらいの男だ。


「あーあ、応援が来たか。思ったより早かったな。……それじゃ、おれは退くよ」

「あ、そうですか。それじゃ」


 応えると、男は俺に背を向けて逃げ出した。

 ばーか、逃がすかよ。


「くらえ新スキル『流星落とし』!」


 一足飛びに男に近づいて腕をとり、ジャンプ。

 男の頭を下にして落下した。見事に頭から地面に叩きつけられた男は「ぐえっ」と悲鳴を漏らす。並の人間なら首折れてあの世行きだな。人造人間なら大丈夫だろう。


 行動不能になった男を地面に押さえつける。


「あんたら何なんだ? なんで軍が動いてる?」

「上司から命令されて来たんだよ」

「上司? 誰だ?」

「それは言えないなぁ」


 命令したヤツを口にしようとして倒れた男を思い出す。上司が誰かを聞き出すよりどういう作戦なのかを聞く方がいいか。

 って考えてたら、いきなりリンメイが男を殴った。


「さっき殴ってくれたお返しアル」

「いてて、痛いよ、嬢ちゃん、やめてくれよ」

「嬢ちゃんなんて気安く呼ぶんじゃねぇアル! せっかくの制服が泥だらけヨ! クリーニング代出すネ!!」


 本当だ。制服っていうか脚全体が泥まみれだ。


「なんでそんな汚れてんだよ」

「逃げる時に田んぼを突っ切ったアル」


 囲まれそうになってやむなく、らしいが、苗を植えたての田んぼの主は激怒だな。


 なんとかリンメイをなだめて、男に尋問再開だ。


 人造人間の名前はジョージ・バーンスタイン。アメリカ軍に傭兵として雇われて今回の作戦を任されたそうだ。


 アメリカの方に、ゲートやドラゴン出現に関する情報がほぼ流れてこないから現場に関わった者を強制的に連れて帰り、事情を聞き出そうとしていたらしい。


 交渉で何ともならないから武力で、ってか。


「アメリカじゃあんたみたいな人造人間がごろごろしてるのか?」

「そこまで多くないと思うけれど、軍人はこぞって強化されてるな。基本的に本人の意思尊重だけど、中には強制的にってのもいそうだ」


 さてと。あとは本部に連れて帰って月宮あたりに聞き出してもらうか。その場合、こいつ命ないだろうけど。

 なんて考えてたら、グループ通話に聖の声が。


『もしもし? 繋がってるの今気づいたんだけど、何かあったの?』

「リンメイが襲撃された。撃退したけど、君も気をつけろ」

『りょーかい。今みほちゃんとお茶してるから、お店出たらすぐに戻るね』

「ヘンリー達がそっちに向かってるから一人で帰るより彼らに拾ってもらった方がいい」

『あと二十分ほどで到着すると思います』


 まさか何も関係のない友人がいるところで、しかも人目に付きそうなところで襲わないだろうけど、ヘンリー達がもうすぐ到着すると聞いてほっとした。


『うん。それじゃ喫茶店の近くに公園があるから、そこで待ってるね』


 俺は一旦グループ通話を抜けて、本部に連絡を入れる。


 と。


「あぁーっ。ジョージ逃げたアルっ!」


 えっ? 動けなくなってただろ?


 ポーションか何かをこっそり使ったか。しまったな、目を離すんじゃなかった。

 追いかけるか?


『はい、ダンジョン探索本部、青井です』


 このタイミングで作戦本部直通の電話がつながった。電話を取ったのは、諜報員の先輩、青井さんだ。

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