癒しの家

 結城ゆうき家に到着すると真琴まことさんと、娘のひかるが玄関で出迎えてくれた。


 真琴さんはアラフォーだっけ? 全然そんなふうに感じないな。若々しい人だ。肩より少し長い黒髪を首の後ろで括ってるだけ、服装も質素なのに全然ダサいとかそんなふうに感じない。


 光は今何歳だ? 中学に入ったよな? 快活な女子そのものだ。前に会った時はベリーショートだった髪が少しだけ伸びたぐらいでそんなに変わらない。


 俺がアメリカにいた頃から真琴さんにはお世話になってるから、光はいわゆる幼馴染なポジションだけど、俺の中では恋愛とかには全然発展しない子だ。七つぐらい離れてるもんな。


 居間では家主の勝利かつとしさんがテレビを見ている。


「おぉ黒崎くん、いらっしゃい」

「突然お邪魔してすみません」

「お兄ちゃんなら大歓迎だよね」


 光が腕を絡ませてくる。テンション高いな。


「光はあきちゃんに数学の判らないところを聞きたいのよねぇ」


 真琴さんがおっとり笑って種明かしした。


 あきちゃん、か。大人になったのにまだその呼び方はちょっとこそばゆい。嫌じゃないけど。


「十代でアメリカの大学卒業しちゃうエリート様だもんね」


 おまえも向こうで育ってるから英語も日本語も話せるし、中学じゃきっと一目置かれてるだろうに。それでなくても社長令嬢だもんな。全然ご令嬢な雰囲気じゃないけど。


 真琴さんがうちの家政婦になったのは、父さんがアメリカで起業した勝利さんと知り合って仲良くなっての流れだったって聞いてる。

 社長夫人に家の事任せるなんて、一体二人の間にどんなやり取りがあったのか、聞きたいような聞きたくないような。


「あきちゃん、今日泊まっていくでしょう?」

「二十歳になったんだろう? 一緒に酒でも飲もうか」

「あ、いいですね」

「お父さん、お兄ちゃんをダシにしてお酒飲みたいだけじゃない?」


 温かい笑い声が部屋に広がる。

 あぁ、やっぱこの家、癒しだ。


「そういえば明日届けに行こうかと思ってたのだけれど」


 真琴さんが風呂敷包みを持ってきた。


「夕方、あなたのお師匠さまが急にいらして、これを預けていかれたのよ。あなたにって」


 師匠、諜報と異能のあれこれを教えてくれる人だ。本名は別だけど自分で服部はっとりって名乗るくらい忍者大好きなのが愉快なところだけど、能力はすごい。俺が今日ここに来るのを先読みして真琴さんに荷物を預けたんじゃないかって自然に推測できるくらい情報収集能力に長けている。

 もちろん異能持ちで、俺にも基本を教えてくれた。


 そういえば今回のダンジョン探索の作戦でも見かけないな。裏方で何かやってるんだろう。


 さてそんな服部師匠が何を渡してくれたんだ?

 包みを解くと、黒装束と、手紙。


『大変よく修行しているようだな。これからは、奥義『炎竜波えんりゅうは』の実戦での使用を許可する。この装束を着て頑張るがよい』


 毛筆でしかも達筆だ。俺が困った顔をしていると真琴さんが読んでくれた。


「これ戦闘服? お兄ちゃん着てみてよ」


 光がわくわく顔だ。


 いざ実戦で装備しようと思ってもサイズが合わなかったなんて間抜けなことになりたくないから、促されるままに着替えてみた。


 体にフィットして動きやすそうだ。もっと忍者忍者してるかもとちょっと恐れてたけどそこまでじゃない。よかった。


 鑑定してみると今までの部分鎧がなくても同じくらいの防御力があって、しかも動きをサポートしてくれるから身軽に動ける。さらに炎に対する耐性もあったりする。


 ありがとう師匠。早速装備早替えのスキルでこっちの戦闘服に替わるようにしておこう。


 スキルのキーワードを唱えると光が「お兄ちゃん中二病みたい」って笑った。


「いいなぁ、わたしもそういうのやってみたい」

「社長令嬢には必要ないだろ」

「お兄ちゃんだって社長令息じゃない」


 ……そういやそうだな。普段全然意識してないけど。


「さぁさぁ、光はお勉強教えてもらうのでしょう?」


 真琴さんに促されて俺らは光の部屋で数学の問題とにらめっこだ。

 その後は勝利さん達とビールを飲みながら談笑した。


 楽しく過ごして、うん、なんか、本部に戻りたくないとか考えてしまった……。

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