世界を守ろうとする意思

 魔物が落とした魔石を分ける。

 今回はそんなに消耗しなかったから回復の予備ができた。


 さて次に行くか。そろそろエリアの終わりであってほしいんだが。

 そう思って、通路の奥に目をやった時。


 魔物の鳴き声がした。ダンジョンの空気を揺らすような、大きく響く声だ。

 これは……、前に戦ったドラゴンに似ているな。


 ほぼ同時に、スマホから着信音がした。

 ダンジョンの中だとゲートの近くでないと電波が届かないんじゃなかったのか?


 スマホを出してみる。メッセージが入っていた。


『ドラゴンがいるなら、早く片付けなさい』


 月宮さんからだ。


 メッセージが送信された時間は今から十分近く前、この部屋で戦う前あたりか?


『ドラゴンにはまだ会ってないが鳴き声がした。この先にいるだろうから今から向かう』


 メッセージを作成して送信しようとしたが、電波が不通で送信できていない。


 ……ドラゴンの鳴き声がした時だけ通じたのか?


 なにがどうなってるのか判らないが、とにかくドラゴンを倒さないといけないってことだな。

 みんなに伝えて、早足で部屋を出た。


 だが、真っ直ぐの通路の途中で先に進めなくなる。

 トラップなんかはないはずなんだけど。探知しそこなったか?


「進めない……? 先があるるのに」


 聖の言う通り、この先に続く通路は見えている。けれどどうしてか、この先には進めないと感じている。体が動かないんじゃなくて、動かして先に進もうと思わないんだ。足を進めたら壁に激突すると判ってるから進まない、って感じ。


 美坂さんがスケッチブックに何か書いてる。

 みんなが注目する中、美坂さんがこちらに文字を見せた。


『黒崎さん、開眼の短剣の所有権を少しの間わたしにゆずってください』

「どういうことだ?」


 美坂さんは通路の先を指さした。


「通れないことと関係あるのか」


 彼女はこくんとうなずく。

 そういえば美坂さんがついてきたい理由って、災いの元凶にたどり着けなくなるから、だったな。

 これがそうなのか。


 じゃあドラゴンが災いの元凶? ダンジョンの秘密を握ってるのか?


 とにかく、先に進めないんじゃ話にならない。俺は「判った」とうなずいて、美坂さんに短剣を手渡す。


「短剣の所有権を美坂令子に譲る」


 言うと、短剣が赤く光った。


 美坂さんが左目を押さえてすごく痛そうにしている。指の隙間から見える目は、虹彩が赤く光っている。


 数秒で痛みが治まったのか、美坂さんは声を出す薬を飲んで、言った。


「すべてのものを壊す力を。『崩壊の赤眼』」


 ん? 崩壊? 破壊じゃなくて? 聞き違いか?

 疑問に思っている俺の目の前で、美坂さんが短剣を振るう。

 途端に、あれほど強く先には行けないと思っていたのに、何の抵抗もなく通路を進めると思えるようになった。


 美坂さんが血を吐いてうずくまる。


「大丈夫か?」

「なんとか、大丈夫です。ここまで大きなものを壊したのは久しぶりでしたので……」

「もしかして、結界か?」

「そうです。しかも世界意思の強力な結界です」


 世界意思について、美坂さんが説明してくれた。


 この世界には、もしかすると異世界にも、その世界を守ろうとする強い力が働いている。それを世界意思と呼ぶ。

 世界意思は、世界が存続するのに危機的に邪魔になるものを排除しようとする力を働かせる。異能者やダンジョンが数年前まで表ざたにならなかったのは世界意思が隠そうとしていたからなのだそうだ。


「本当はダンジョンや異能者は昔から存在するのに、わたし達が認識できなかったのは世界意思の影響ってこと?」


 聖の問いに美坂はうなずく。


「世界意思はその世界にとって異質なものを嫌います。元々異世界とつながるダンジョンが現れても世界意思に抑え込まれてすぐに消失し表に出ることはありませんでした。それが数年前に突然増えてしまって、それにあわせて異能者が爆発的に増えたのは、世界意思にほころびが出たからです。そしてその原因が、このダンジョンにあるのです」


 リンメイが首をひねってる。後でもう一度説明するか。


「ドラゴンが原因なのですか?」


 ヘンリーの静かな問いかけに美坂さんはかぶりを振る。


「いいえ、ドラゴンは元凶ではありません。もっと大きな存在だと思われます」


 ダメージを負ったドラゴンを倒すのでも苦労したのに、それよりももっともっと力の強いヤツがいる、ということか。


「さぁ、みなさんでドラゴンを倒してきてください。わたしはここで待っています」

「声を出せる薬はあと一回あるんじゃ?」

「わたしにはもう戦える余力がありません」


 バイタルメーターで見ると、美坂さんのHPは三分の一ほど、MPと闘気はなくなっている。

 さっきの一振りでそれだけ消耗してしまったのか。


「黒崎さんに、短剣の所有権をお返しします」


 美坂さんが告げると、今度は俺の左目が激しくうずいた。

 あぁ、剣の影響が、所有権が返って来たんだなと実感する。


「ドラゴンはおそらくブレス攻撃が強力です。あまり固まらずに、特に前衛の三人はばらけて戦うのがいいと思います」


 美坂さんのアドバイスを得て、俺らはドラゴンに挑むべく先へと足を進めた。

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