気持ちが救われた一言

 地上に戻って江崎達を医療班に託して、月宮さんに報告をする。

 主に話しているのは俺で、他の三人は後ろで黙って俺と月宮さんを見ている。


「そう、エンハウンスね。判ったわ」


 月宮さんはさほど驚いた様子も見せずにもう下がっていいと言う。


「エンハウンスのこと、知ってるんですか?」

「ええ。元々人間に敵対的な吸血鬼よ」


 この口ぶりだと、人間に友好的な吸血鬼もいるということだな。

 そもそも吸血鬼というものがいるのを当たり前のように扱ってる。


「吸血鬼のことについて、もう少し話していただけませんか」

「そうね、向こうがあんた達に目を付けてるなら、知っておいた方がいいわね」


 吸血鬼は古くから存在している者達だ。吸血鬼、というが人の血を吸わなければ生きていけないわけではない。ただ、自らの下僕を作り出す手段が吸血という行為なのでそう呼ばれている。

 なので、物語なんかに出てくるような十字架やニンニクなんていうものは弱点にはならないし、陽の光を浴びても灰になることもない。


 随分イメージと違うな。


 話は続く。

 彼らは人の寿命を越えて生きられるし頑強になるが、生命活動が止まると死体すら残らない。


 塵となって消えていった立浪さんを思い出してそっと息を吐いた。


「吸血鬼はおおむね人間と友好的か中立で、あからさまに敵対してくる者は少ない。エンハウンスが敵対勢力の代表格ね」


「エンハウンスは何をしようとしてるんですか?」

 聖の声だ。


「ダンジョンの中に目的があるのは確かね。けれどまだそれが何なのかは判らない。だからこそダンジョン謎を突き止めないといけないのよ」


「エンハウンスよりも早く、ということですね」


 ヘンリーの問いに月宮は眉間のしわを一層深くしてうなずいた。


「アカリ達はどうなるアルか?」

「江崎は魔剣に操られていたようだけれど魔剣と離されたことで術は解けていると思われるわ。あとの二人は一時的にいわゆる『獣憑き』にされた感じだけれど、うまく獣だけを滅ぼせたようね」


 もっと同化が進んでいたら元には戻せなかっただろうと月宮が言う。


「吸血鬼とか獣憑きとか、ダンジョンができてイクスペラーが現れ始めたのと関係があるんですか?」


 聖の質問に月宮はかぶりを振った。


「異能者はダンジョンが現れる前からいるわ。ダンジョンの魔力の影響で数が増えたから表ざたになっただけのことよ」


 そうだろうな。さっきの話だとヴァンパイアは古くからいるってことだし。


「この本部にいる人達は数年で異能を得たイクスペラーだけでなく、元々異能者だったのもいる、ということか」


 俺のつぶやきに月宮が首肯した。


「富川が総指揮に抜擢されたのもあいつがとてつもない力を持つ異能者で、しかもどの組織にも属していないからよ」


 イクスペラーのパーティを監督する立場の人は、富川さんほどでないとしても相当の力を持っているらしい。


 ということは、月宮さんも、か。


 他に質問は? と問う月宮さんの顔があからさまに面倒くさいと訴え始めている。ありませんという答えを返せといわんばかりだ。


 敵のことを少し知れたし、今はこれでいいか。

 後ろの三人も何かしら感じ取ったみたいで、俺らはそろって部屋を辞した。


 なんとなく、それぞれが自分の部屋に向かっていた。


 今回の事で聖やリンメイは俺を軽蔑するかもな。仕方ない。パーティとしての最低限の連携が取れればそれで――。


「黒崎くん、ありがとう」


 聖がぽつりと言う。江崎を助けたことに対してだろう。


「礼はいい」

「どうして?」

「今回はたまたま俺の知り合いが犠牲になっただけだから。あの時もし江崎が俺を殺しに来ていたら、俺は江崎を殺してた」


 今後そういう状況になっても俺はそうするだろう。


 聖はちょっと悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「判った。つまりわたしがもっと強くなればいいってことね」


 ……はぃ?


「黒崎くんにそんな選択をさせないくらい、わたし強くなるよっ。だから、一人で背負い込まないでね」


 よーしがんばるぞーと張り切って聖は自室に帰っていった。

 後ろ姿をぽかんと見送るしかできなかった。

 けれど。

 一人で背負い込まないでねと笑って言う聖の顔を思い出して、気が軽くなった。


 俺の方こそ、ありがとう、だ。


「くろちゃき、ひじりんに惚れたアルね? でもくろちゃきはリンメイのだから浮気は駄目アルよ」

「誰がおまえのだっ。俺は冷たいから嫌いなんじゃないのかよ」

「誰が嫌いなんて言ったカ?」

「……言ってねぇな」

「ほら、ラブラブアル」


 話飛びすぎ、ってかくっついてくるなっ。おまえはちょっとぐらい嫌ってくれていいぞ。


「二股はいけませんよ」

 ヘンリーが口元に笑みを浮かべて言う。


「だから違うってのに。判ってるだろ、こいつ止めてくれっ」


 頑張ってくださいと笑いながらヘンリーも自室に戻っていく。


「おまえも部屋に戻れっ」


 なんとかリンメイを引っぺがして、自室となった部屋に帰って来た。


 この先、あれこれと大変そうだけど、今のパーティでなんとかやっていくしかないんだな。

 賑やかすぎるきらいはあるけれど、……そう居心地は悪くないのかもしれない。


 疲れた体をベッドに投げ出して、それでも俺は、笑みが浮かんでくるのを自覚した。



(File03 敵の手に落ちた友 了)

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