手段がないなら

 ぼんやりとする意識の中で、子供のころに聞いた父さんの声がする。


『もしおまえの命を脅かす者が現れたら、相手が数秒前まで親しかった友人でもためらいなく排除しないといけない。命を奪う以外の手段がないなら、そうするしかないんだ。その相手がたとえ俺だとしても』


 実力的に俺が父さんを倒せるはずないよ、って笑って答えたっけ。


 命のやり取りに発展したらためらった方が圧倒的に不利なんだ、って言いたかったんだな、きっと。


 俺は立浪さんを助けたかった。

 気絶させてあとは本部に任せれば何とかなるんじゃないかって思ってたし、今もその気持ちはある。

 けれど助けも期待できない、殺されかけている俺に、その選択肢はもうない。できない。


 俺の力不足だった。


「立浪さん、ごめん」


 かすれ声でつぶやいた。


 短剣を握る手に力をこめる。


 吸血鬼になっても弱点は人間とそう変わらない。

 人間の体の中央に点在する急所の他にある大きな弱点は、首。

 助けられないなら、いっそ一撃で。


 残る力をありったけつぎ込んで、立浪さんの頸動脈に刃を突き立てた。


 立浪さんの目が見開かれて、俺の首にかかる負荷が減った。


 短剣を薙ぐ。大量の血が噴き出した。

 立浪さんの手が離れ、膝から崩れ落ちる。


 首への負荷がなくなったことで血流を取り戻した頭がガンガンと痛む。むせかえりながら俺も床に手をついた。


 視線を感じてそちらを見ると、立浪さんの目の色が、元の色に戻っている。


「黒崎君……、ごめんな。……ありがとう」


 かすかに聞き取れた声に応える間もなく、立浪さんの体が崩れ去っていく。やがて塵となって消えてしまった。


 俺の呼吸がどうにか落ち着く頃には、ヘンリー達も相手を無力化できていた。


「なかなか面白いものを見せていただきました」


 上空からの声が降りてくる。

 疲労困憊の俺らの前に、エンハウンスという名のヴァンパイアが降り立った。


 まだ何かを仕掛けてくるつもりか?

 緊張する俺らをあざ笑うかのように、エンハウンスは魔法陣の中央に進む。


「次にお会いするのが楽しみです」


 ヤツの言葉を待っていたかのように魔法陣が光った。光が消えた後には、ヤツの姿もなかった。


 くそ……、なにが、面白いもの、だよ!


 けれど、この状態ではもう戦えないから、引いてくれて正直助かった。

 俺は立ち上がって、ゲートに向かう。


「黒崎です。エリア踏破しました。敵に捕まっていた三人を助けたのでゲートまで迎えをお願いします」


 できるだけ感情が表に出ないように、月宮さんに電話で連絡を入れる。


 振り返ると、困惑した顔の聖とリンメイ、なにを考えてるのか今一つ読めないヘンリーの真顔があった。


「くろちゃき、友達を殺しちゃったのに冷静アル」

「助けられないならああするしかないだろう。死にたくないしな」


 命を狙ってきた相手を返り討ちにしたのは初めてじゃない。

 諜報界トップクラスの父さんが後継者として育てている子ってことで誘拐されかけたり、殺されかけたこともある。

 たいていは大人に助けてもらえた。けれど助けがない時は直接そいつらを退けて俺は生き残って来た。


 ただ、友人だと思える人を相手にするのが初めてだっただけだ。

 立浪さんも最後にはありがとうと言っていたんだし、気にすることはないと自分に言い聞かせる。


「冷たいアル」

「よしなさいリンメイ」


 ヘンリーがかぶりを振ってリンメイを制した。気遣ってくれてるのかな。


「ほら、助けた三人を運ぶぞ。おまえも手伝えよ」


 もう終わったことだというように明るい声で言って、江崎達をゲートの上に横たえた。


 帰還する前に、立浪さんが最後にいた辺りを見やる。


 あなたを殺して生きながらえた分、俺は俺にできることをやります。


 体も血も消えてしまって、あの戦いが嘘だったかのように何もないけれど、少し前までそこにいた彼に約束した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る