ヴァンパイアと傷ついたドラゴン

 洞窟に近づくにつれて、中へと呼び込もうとする声が強くなってくる。


「この声ですか」

「頭痛くなってくるアルね」


 声を初めて聞くヘンリーとリンメイが顔をしかめる。


「やっぱり動物が魔物になってる」


 聖の視線を追うと、小さなネズミがみるからに狂暴そうな見た目に変異しながら巨大化している。そいつは俺らに目もくれずダンジョンに入っていく。


 目配せしあって、俺らはダンジョンの中へと足を踏み入れた。

 隊列は俺が一番前、ヘンリーとリンメイが横並び、聖がしんがりだ。


 当たり前だが、おととい聖と一緒に入ったのと同じ構造だ。念のために罠を警戒するが解除されたままになっている。

 一番奥の、土蜘蛛と戦った大部屋も変わりない。


「あれが奥に続くゲートアルね?」

「あぁ。あの先は未知の領域だ。戦闘もあるかもしれない」


 俺の返事にパーティに少しだけ緊張が走った。警戒を強めるのはいいことだ。


「それじゃ、いくぞ」


 四人同時にワープゲートらしき光に入った。

 光がひときわ強くなって、ふっと景色が変わる。

 小さ目の部屋だ。


 気配を探るまでもなく、奥から物音と鳴き声がする。声からして大型かな。

 急いで奥に向かう。


 別パーティが戦っているものだと思っていたが、違った。

 部屋にいたのは、あのヴァンパイアだ。

 奴がこちらをちらりと見る。牙を覗かせて笑った。


 彼の前にいるのは……、ドラゴン?

 鱗をはやしたくすんだ赤色の巨体に長い尾、背には一対の羽。後ろ足で立ち上がりこちらを威嚇する姿は、ゲームなんかで見る西洋風のドラゴンそのものだ。


 こんなヤツが、なんでこんな浅い所に?

 こんなのに俺らは勝てるのか?

 でも幸いなことに、こいつは結構傷ついている。

 ヴァンパイアと戦ったのか?


「ちょうどいい、後は君達に任せようか」


 ヴァンパイアは言い残して、奥へと消えた。

 なにがちょうどいいんだ?

 確かめることもできず、俺らはドラゴンの攻撃圏内で睨みあう形になった。


 バイタルメーターをかける。

 ドラゴンのHPは三分の一だ。問題は最大量がどれだけかってところだが、そこまでは判らない。


「HPは三分の一だ。ヴァンパイアが一人でそこまで減らしたとするなら、まだ勝ち目はあるだろうが」

「やってみようよ」

「そうですね。どうしてもかなわないようであれば引くことも視野に入れなければなりませんが」

「めちゃ怖いけどがんばるヨ」


 作戦はゾンビの時とそう変わらない。リンメイが補助と回復、俺らがそれぞれ攻撃する。

 防御アップの魔法をもらって、前衛三人は散開する。


「弱点をさらけ出せ。『急所探知』」


 ドラゴンのあちこちに赤い点が浮かぶ。先にダメージを受けていた腹や足も弱点として示されているが、一番大きいのは首の下、おそらくは心臓辺りと、目の周辺。あとは、一つ一つの点は小さいが翼にもたくさんの弱点がある。


 ドラゴンの横に回り込むと尾を鞭のように振り回してきた。地面や壁に当たるだけですごい音だ。


 跳びあがってかわして、そのまま尾の付け根に乗り、駆け上がる。

 背の鱗は硬そうで俺の攻撃は通じないだろう。が、ドラゴンの前方で戦う聖やヘンリーへ攻撃するドラゴンの気をそらせることができれば。あわよくば翼膜に攻撃できればさらにいい。


 狙い通り、ドラゴンは背中の俺に気をそらせて聖達の一撃を食らっている。


 ドラゴンは、まずは目の前の敵を仕留めようと判断したのか前足で聖達をひっかこうとしている。背中の俺は攻撃の動きで振り落とせればいい、といったところか。

 それだけでも結構激しく動く。落ちないようにするのが難しい。なかなか翼に攻撃ができないな。


 ドラゴンの動きは思っていたより速くて、すぐに聖達が防戦にまわる。攻撃を受け流しているが反撃は出来なさそうだ。


 俺を無視するなら戦法を変えた方がいいな。

 いったんドラゴンから飛び降りる。


「敵を翻弄する動きを。『加速』」


 こちらも動きを速めて対応する。


 何度かの交錯で相手の癖に気づく。

 ドラゴンの大振りの一撃の後、一瞬動きが止まる。


「次の大振り攻撃の後。ダメージ入ってるところを」


 聖達に短く伝える。


 小振りのひっかきをかわしながら、ヘンリーがスキルで対魔物の攻撃力を上げた。


 次に、来る。

 ドラゴンが一層体を起こし、前足を振り上げた。


 ヘンリーが前へ出る。


「神の護りを。『光の盾』」


 魔法で作り出した盾がドラゴンの一撃を受け止める。盾は受け止めきれず消えてヘンリーに爪が当たるが、……HPは四分の一ぐらい減っただけで済んだ。


 動きを止めたドラゴンの隙を突き、大きくジャンプする。

 翼膜にナイフを突き立てて、急所である赤い点をいくつか巻き込みながら切り裂いた。

 同時に、聖がドラゴンの腹を薙ぎ払う。

 敵のHPバーがぐんと減る。


 いける! そう思ったが。


 ドラゴンが咆哮した。耳が痛いなんてもんじゃない。頭が割れそうな声。

 この声は、外で聞いた洞窟に誘う声に似ている。まさかこいつが元凶?


 そんなことを考えたせいか、ドラゴンが翼をはためかせるのに反応が遅れた。巻き上げられ、壁にぶつかって地面に真っ逆さまに落ちる。

 肩から激突した。嫌な音がする。骨にダメージが入ったか?


「くろちゃき! こっち来るアル!」


 リンメイの切迫した声と同時に、大きく「気」が動くのを感じた。

 ドラゴンが大きく息を吸い込んでいる。その口の奥に、紅蓮の炎が、大きくなっていく。


 間に合わないと、俺は黒焦げだ。

 リンメイ達が集まっている方へ跳んだ。


「魔法の脅威から我らを守れ。『魔法防御』」


 リンメイの魔法詠唱と同時に、ドラゴンが炎のブレスを吐きだした。

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