押しかけアルアル娘

 夕飯を食いながら仕事のメールのやり取りをしていると、別のところからメッセージが飛んできた。


“よぉ、あれからダンジョンもぐったか?”


 英語で書かれてるけど、誰だ?

 ……レッシュ・リューク、って、あぁ、白い狼を一緒に倒した「M&Dトレード」の社長秘書。


 これってなんかの探り? アメリカの一企業が?

 考えすぎか?


 話すなって言われたら、ちょっとしたメッセージも全部怪しく見えるよなぁ。


“いや。ポーション作ってたから”


 なんにしても話しちゃいけないのに変わりはないから否定しておこう。


“そっか。いいポーションできたらレシピ教えてくれよ。社長が喜ぶ”

“できたらね”


 レッシュがスタンプを送ってきて、やりとりは終了した。


 ふぅ。ちょっとしたやり取りなのに緊張するなぁ。

 もう今日は早めに寝てしまおう。




 次の朝にメールが届いていた。中谷副社長からだ。

 内閣調査室に消されてなかったことにほっとしつつ読んでみると、今日からしばらく出勤しないで待機してほしい、と。

 どうやらいろんな組織とかが動いているっていうのは本当で、直接ダンジョンに行った俺が外に出ると最悪拉致られる可能性があるらしい。


『待機の件は了承しました。しかしそんなにおおごとになってるんですか?』

『そうみたいだ。引き続き内閣調査室以外には内緒にしておいてほしい』

『わかりました』


 突然ヒマになってしまった。

 こういう時、どうやって時間を潰せばいいんだろうな。

 買い物くらいは、いいよな? じゃないと、待機が長引いたら干からびる。


 そんなふうに考えていたら今度は着信だ。

 聖亜里沙。娘の方か。


『おはよう。昨日はありがとう』

「いや、こちらこそ。それで?」

『あのね。お母さんから黒崎くんのところに行ってって言われたから、今から行くね』


 どうやら俺が半分部屋に缶詰状態になってるのを知っているらしい――多分そうさせたのが自分達だから――聖の母親が、亜里沙に買い物とかの世話を頼んだっぽい。


「それはありがたいけど、聖は学校に行かなくていいのか?」

『うん。もともとお母さんの仕事を手伝ったりで、時々休んでるから』


 だったら余計にまずいんじゃないだろうかと思うが本人がいいというなら口出ししない方がいいだろう。


 家の場所を知らせて、なんだかそわそわしながら待っていると一時間もしないうちに聖がやって来た。

 それはいいんだが。


「くろちゃきー♪ きちゃったアルよ」


 なんで一緒に巫女服娘がいるんだ。


「彼女、リンメイちゃんって黒崎くんのお友達だって言ってるけど、本当?」

「友達じゃない。知人程度だ」

「ひどいアルー。親同士の認めた仲アルヨ?」

「俺の親父はおまえのおふくろさんに迷惑かけられたんだろうがっ!」


 そう、この娘、リンメイの母親と俺の父親は以前仕事で一緒になったことがあるそうだが、あまりにも奇抜な言動のリンメイ母に、親父はかなり苦労したそうだ。

 諜報界のトップで、冷静沈着を絵にかいたような父がそんなふうにいうとはよっぽどだと思ってたら、娘もしっかりとその血を受け継いでいる。


「おまえは帰れ」

「えー? リンメイ、『陰陽寮』からくろちゃきの護衛を頼まれたアルよ。お仕事ネ」


 イクスペラーの中でもいわゆるフィクションに出てくる陰陽師のような能力を持つ者が集まった組織が「陰陽寮」だ。昔、実際にあった組織名だそうだがそっちは異能を持ってたわけでもないだろうに、実在した組織名だからって安直につけたのかな。


「ってことで、おじゃましまーす」


 聖に続いて強引に入ってきやがった。


 リビングで改めて顔を合わせる。

 リンメイは確か十六歳だったか。私立の高校に通いながらイクスペラーとしても活動している。能力に目覚めたのは俺と同じぐらいの時期だったかな。


 少し茶色の髪をツインテールにしていて、人当たりのいい笑顔で気さくに話してくるからわりとすぐに誰とでも仲良くなるっぽいけど、俺はちょっとこいつが苦手。


 今も聖と自己紹介からの世間話でわりと意気投合してるっぽいが……。

 ちょうどいい、リンメイの相手は聖に任せておこう。


 俺はパソコンで薬学関係の論文でも読もう。ゆっくりじっくり読む機会は貴重だ。

 けれどどうしても二人の声が耳に届いてきて、ついつい聞いてしまう。


「リンメイちゃんって中国の人?」

「ママが中国人でパパは日本人アルよ」

「中国の人って日本語話すのに、本当にアルっていうのね」

「これはキャラ作りアルヨ。こう言っておけば中国人の血が入ってるって説明しなくてもいいアルってママが言ってたネ。ママはもうちょっと日本語がヘンヨ。けれどリンメイは日本で育ってるから大丈夫」


 キャラづくりだったのか。……しかしおまえにヘンって言われるおふくろさんがちょっと気の毒だ。


「ひじりんはくろちゃきの何アルカ? まさか、カノジョ?」


 ひじりん……。また妙な呼び名を付けてるな。

 俺のことをくろちゃきと呼ぶのも、何度かやめさせようとしたけれどまさにのれんに腕押しだからあきらめた。


「かっ、かかかかかのじょとかじゃないからっ!」


 聖は呼び名よりもカノジョってフレーズ方が気になったみたいだな。真っ赤になって首をぶんぶん振ってる。

 そんなにイヤか? 俺も別に聖を異性として意識してるわけじゃないけれど全力否定はさすがにちょっとグサッと来る。


「ま、ひじりんが好きになったとしても、くろちゃきは渡さないアルヨ」

「おまえの所有物みたいに言うな」


 すかさず否定しておく。


「照れちゃってかわいいアル」

「やかましい。俺を話題に出すな」


 ちょっと構うとすぐ調子に乗るから、俺は意識的に二人の会話をシャットアウトした。

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