リターンマッチだと思ってたが
まぶたの向こうの暗い世界の中で、俺の右から正面、左側に動こうとする気配を察した。
止まった。
そこだ!
目を開け、踏み込んでナイフを繰り出す。
確かな手ごたえを感じたと同時に魔物の悲鳴が上がる。
気配が離れていき、部屋から消えると霧も晴れた。
「うわぁ! 見えたら見えたで気持ち悪い~!」
見えない中で二匹倒したのか。すごいな。あのあてずっぽうな剣の振り方だと偶然なのかもしれないが。
助けに入った方がいいな。けど、俺が駆け寄る前に聖が声を張った。
「もう! まとめて斬れたらいいのにっ」
すると聖の剣の振りがそれまでとは違って蜘蛛を本当にまとめて切り裂いた。
胴を深くえぐられた蜘蛛は動かなくなる。
聖のMPを見ると、少し減っている。
「初スキルゲットおめでとう」
「えっ? そうなのっ? ……あ」
聖は何かに気づいたように動きを止めて息を詰める。
「『薙ぎ払い』だって。文字とかで見たわけじゃないけどさっきのがそういう名前のスキルなんだって頭に浮かんだよ」
「あぁ、スキルを得る時はそんな感じだな」
喜んでいる聖の様子からして魅惑系のあの視線については気づいていないっぽい。
やっぱり黙っておこう。意識して連発されたらスキルが強くなって抵抗できなくなる。
蜘蛛の死骸はあるけれど、女の妖怪の死体はない。やっぱり逃げたのか。
ということは、奥でまた戦わないといけないな。
聖も俺もHPが減ってるからポーションをふりかけて治す。
「そのゴーグルでHPが見えるの? あ、見えるんですか?」
戦闘の高揚感で敬語を使ってなかったことに気づいたみたいだけど。
「別に丁寧に話さなくてもいい。歳近いだろうし」
「そう? じゃあ、そうするね。じつは敬語ってそんなに使い慣れてるわけじゃないんだ」
えへへと笑う聖と目が合った。
どきっ。
む、無自覚なのも、相当問題だなっ。
軽く咳払いをして、さっきの質問にうなずいた。
「これから本格的にイクスペラーとして活動するなら君も持っておいたほうがいい。敵のHPとかも見られるから。内閣調査室につてがあるなら貸してもらえるんじゃないかな」
言いながらゴーグルを外して聖に差し出す。
見てみろよと勧めると聖はうなずいてゴーグルのレンズを目に当てた。
「三本、棒グラフがあるね。HPとMPと、一番下は何?」
「闘気だ。この攻撃は絶対に当てたいとか、このダメージは軽減しないとヤバいとか、行動の一瞬一瞬で使う力だな」
ゲームで例えるなら命中値や回避値、攻撃力なんかに一瞬だけ上乗せするような使い方をする。HPが生命値でMPが精神値なら、闘気は根性値なんてイクスペラーの間では言われてるみたいだ。
「闘気を使うのにもスキルみたいなのが必要なの?」
ゴーグルを俺に返してきたので受け取って装着しながら「いや」と応える。
「聖も蚊と戦ってる時に使ってたぞ。攻撃を避ける時なんかすごい量で」
「えっ? そうなの?」
「多分、一撃で仕留めないと反撃されるって心配して力一杯やったんだな」
経験を積んでいくうちに闘気の使う量もコントロールできるようになるだろう。
さ、程よく休めたし、決着をつけに行くか。
通路を進み、部屋に出る。
今まで見たことのない大きな部屋に、超デカい蜘蛛がいる。
黄色と黒のまだら模様の体と、太い脚。
ぎらぎらと光る複数の目と、凶悪な牙の列。
土蜘蛛か。
てっきりあの女の妖怪がいると思ってたのに予想外だ。
すごく強そうだけど、聖と二人で勝てるか?
いったん引いて応援を呼ぶことも考え――。
「よーし、いくよー!」
聖が剣を構えて果敢に飛び込んでいく。
おいおい。まだ作戦も決めてないってのに。
「弱点をさらけ出せ。『急所探知』」
いつもより強く力をこめてスキルを発動する。
赤い点が、あちこちに見える。
一番大きい致命の点は、目が集まっている頭の中央だ。
それ以外には、脚の節にある。
「聖っ。脚の節を薙ぎ払え。動きを鈍らせてから大弱点にとどめを刺す。脚だけじゃなくて牙や糸もくると思うから気をつけろ」
「りょーかい!」
敵の脚をひょいひょいとかわしながら聖が軽快に応える。動きがよくなってるな。これなら俺も攻撃に専念できそうだ。
できるなら早いうちに頭に一撃を入れたいところだけれど、あんまり早くにこっちの狙いを知られると攻撃を当てにくくなるだろうから無理はしない。
聖と反対側の脚に斬りかかる。攻撃をかわしながらだから思うように急所にすっぱりと決まらないがHPは削ってるからよし。
跳びまわってなんとか脚の一本に有効な攻撃を加えられた。これで動きが少しは鈍ってくれるかと期待したが。
キシャー! と聞こえなくもない声? 音? を発して蜘蛛が急速に力を貯める。
「大技が来る!?」
俺が叫んだのと同時に、蜘蛛は胴体を支点にしてコマのように回転した!
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