戦いと、いざなう声
大きい割に素早い動きの蚊に対して聖もよく反応できている。
蚊は口で刺してこようとするのがメインの攻撃方法だ。多分刺さったら血を吸うんだろう。毒とかもあるかもしれないから気を付けた方がよさそうだと伝えた。
聖は今のところ回避の方に重きを置いているみたいだな。
腰近くまであるストレートの黒髪と、制服のスカートが彼女の動きにあわせて風に流れる。滑らかに動いているこれらが乱れ出したらスタミナ切れを懸念しないといけない。
しかし、咄嗟だったとはいえ防具なしで戦うなんて割と無茶だ。最初に俺が引き受けて防具装備の時間をあげた方がよかったかな。
かといって今から交代は彼女の集中を切らしてしまうからやめておいた方がいいだろう。
蚊が変則的な動きを見せ始めた。体当たり攻撃も混ぜ始めたな。
口の刺突攻撃より攻撃範囲が広いからか蚊の動作がおおざっぱになっている。その分、狙いをつける時間が短いから聖はこっちの方がよけにくいか? 直撃は免れてるけれどかすったりして聖のHPが少しずつ削れてる感じだ。
聖の剣も羽を少し傷つけて、蚊のHPも減る。
どちらも決め手に欠ける攻防が二分近く続いた。
そろそろ倒してもらいたいところだ。この後も戦闘があるなら聖をこれ以上消耗させるのはまずい。
と思ってたら、聖の振り上げた剣が見事、蚊の片羽を切り裂いた。
バランスを失った蚊が地面に落ちる。
いいぞ、そのままとどめだ。
聖も俺もほっと息をついたが、それが大きな隙につながってしまった。
蚊が聖の足を狙って口を突き出した。
この距離、このタイミングは、当たってしまう。
「きゃあ!」
いかにもな悲鳴をあげて聖が飛び退った。間一髪で攻撃を避けられたのはよかったが。
……なんだ、今のオーラと、圧してくるような気は。
ほんの一瞬だったが、片目につけているバイタルメーターで見る彼女の体からすさまじいオーラが噴き出していた。
改めて彼女を見ると三本ある棒グラフの一番下が三分の一ほど減っている。
あぁ、
でもバイタルメーターに映るぐらいの闘気の放出って今まで見たことがない。それだけすさまじく放出させたのに、三分の一しか減ってないってことは。
聖の闘気の最大値が、やたら高いってことだ。
つい三日前に能力に目覚めたにしては、かなり強いんじゃないか、この子は。
聖は蚊にとどめを刺しに行きたいが、どこからどうやって攻撃しようかと迷っているみたいだ。近づいたらまた反撃されると警戒してるんだろう。
「弱点をさらけ出せ、『急所探知』」
スキルを発動する。
「聖、蚊の後ろに回って、胴体の真ん中を剣で突くんだ」
俺のアドバイスに聖はうなずいて、力一杯剣を敵に突き刺した。
蚊のHPバーが一瞬で消え失せる。
「初勝利おめでとう」
善戦した聖をねぎらったら、はにかんだ笑顔が返って来た。
「さて、魔物を倒したら死骸からほしいパーツを取っていくんだけど」
魔物から取れる部位を使って作られる武器や防具なんてのもある。俺みたいにエキスを抽出してポーションを作ったりとかもできる。そういうのを作れるところに売るのが技術を持たないイクスペラーのお金を得る手段の一つになる。
そんなことを説明して、質問を投げかける。
「内閣調査室から倒した魔物をこうしてほしいとかいう指示や命令は?」
「特にないです」
ふるふると小刻みにかぶりを振るのが小動物みたいで思わず笑みが漏れる。
「じゃあ一旦俺がもらっておいて、換金分は聖に渡すっていうのでいいか?」
「そういうところ、よく判らないのでお任せします」
同意を得たので蚊をパーツに分けて使えそうな部分を収納ボックスに入れる。
よし、探索を続けよう。
聖と、さらに村の外れに歩いて行く。この先は森に入っていくことになる。
「ダンジョンの入口はこの先にあるらしい。行ってみるか」
森に入ることで動きづらくなる。何か嫌な感じまでする。
そんなことを思ってたのがフラグになっちまったのか。
奇妙な声が聞こえた。
こちらへ来いと呼び寄せる強い声が頭に響いた。
驚いて立ち止まる。
また、声がした。胸がざわざわして嫌な感じだ。
「……なんだ、あれ」
思わず声が漏れる。
いざなう声のする方、俺らの目的地の方へ猫や鳥が誘われるように移動していくと、みるみるうちに体が変異を始める。ただの動物が、魔物に変わっていく。奴らはこちらに注意を向けることなく、先へ先へと進んでいく。
「なんだか、催眠術にかかっているみたいな様子ですね」
聖の感想にうなずいた。
今までのことをあわせて考えると、この声、あるいは思念に呼ばれてこの一帯の生き物が洞窟に向かったんだろう。さっきの蚊は例外として。
こんな現象は見たことも聞いたこともない。
何かとんでもないことが起こっているのか。
内閣調査室なんて組織が動いてるのはそのせいか。
ついついそんなふうに考えてしまうけど、今はこの声の正体を探る方が先だな。
遠足の集団がどうなったのかも確かめないといけないし。
聖を見る。
彼女も同じ考えのようで、うなずいた。
俺らは草をかき分け、さらに奥へと進んでいく。
唐突にぽっかりと開けた場所に、ダンジョンが口を開けていた。
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