これが初陣になるのか
生きているものの気配を感じないのはきっと聖もなんだろう。
数件の家の庭まで入って、窓から中を覗く。誰もいない。
普通に見つかったら不法侵入で捕まるけど、通報する人も、捕まえに来る人もいない。
どの家も、ちょっと留守にしています、みたいな感じで生活感がありありと伝わって来た。計画的に出ていったわけではなさそうだ。
聖の方もそうだったようで、合流して顔を見合わせて、無言で首を振った。
ならば小学生達が向かった方へ行った方がいい。
再び聖と並んで歩きだす。
村の外れに着くまでに沈黙が続くのはちょっと気まずい。聖のことを尋ねてみようか。
「君は」「あなたは」
同時に声を発した。
ふっと笑いが漏れた。
聖も軽く声をあげて笑っている。
緊張感が少しだけ和らいだ。話すきっかけとしてはよかったのかな。
「えーっと、君はどこに頼まれて来たんだ?」
「内閣調査室です」
国の諜報機関? そんなに大きなことになってんのか? 確かに村から忽然と住人が消えてしまったってのは大事件だけど。
で、聖は諜報員なのか? セーラー服着てるけど。
「母がダンジョン課に勤めてるんです。今日は母が来られないからわたしが手伝いで来ました」
ダンジョン課は文字通りダンジョンに関することを調査する課だ。聖が話す経緯が本当ならちょっと納得だ。
けど内閣調査室はなにせ政府直轄だ。外国とも情報とかのやり取りもしているって聞いてる。国際的な動きがあるのか?
「わたし、イクスペラーになって日が浅いので、そっちの方の経験が積みたくて」
「力を得てどれくらい?」
「三日前です」
本当になりたてだな。
「ダンジョンにもぐったことは?」
「今日もぐることになるなら、初めてです」
初陣に一人で臨ませるなんて聖の母さんはわりとスパルタ教育なのかな。
「黒崎くんは?」
くん呼びか。俺は二十歳だけど、同い年ぐらいに思われてるのかな。
アメリカにいた頃はめちゃくちゃ幼くみられてたし、別に変な呼び方じゃなきゃ気にしないけど。
「半年くらい前かな。浅い部分ならそれなりの回数もぐってる」
それじゃいろいろ教えてくださいと聖がいう。母親は忙しくて話をする時間がほとんどないし、父親は「一般人」だから話は聞けないそうだ。
「何が聞きたい?」
「ダンジョンのこととか、イクスペラーのこととか、ですね」
基本的なことから、ってことだな。
「ダンジョンが現れだしたのは数年前からだ。世界中だそうだが、日本に特に多いらしい。そのころから特殊能力を使える人達が出てくるようになった。ダンジョンの魔物は基本的には外に出てくることはないが、たまに付近の人を襲うから能力持ちが退治するようになったんだ。それが
ダンジョンの調査や中の魔物を退治するのに、いろいろな組織が比較的早くに結成されてきた。だがまだダンジョンのことはよく判っていない。奥深くの方で異世界とつながっているのだろうというのが今のところの仮説だ。
そう説明すると聖は目を見開いた。
「異世界と?」
「あぁ。ダンジョンを構成する物質が地球上、あるいは地下で確認されているどの物質にも当てはまらないものが多いんだってさ」
聖が、ふぅんと感心している。
「ダンジョンの魔物に現代兵器はほぼ通じないらしいけど、イクスペラーが使うものは普通の刃物とかでも通じる――、そういえば聖、武器は持ってるのか?」
聖はうなずいて腰の異次元収納ボックスから鞘に入った剣を出してきた。長さからしてロングソードか。
「今日は村の調査だから危険になったら逃げなさいって言われてるんですけど、もしも戦わないといけなくなったなら、自分の中の力を剣に注ぐような要領で使いなさいってお母さんが言ってました」
うん、戦い方としてはそんな感じだ。
「村の様子を見てくるだけなら、人ひとりどころか動物も見つからなかった、って報告でいいと思うぞ。それともダンジョンがあるらしいところまで行ってみるか?」
俺の問いに聖はこくんとうなずいた。
「小学生達が心配だから」
いくらイクスペラーとして初戦でも、頭数があるのは俺としてもありがたい。めちゃくちゃこっちの足を引っ張るような動きでなければな。
さて、最短距離で歩いたはずだからそろそろ村の外れに近いはず。
そろそろ俺も武器を抜いておくか。
片目のゴーグルの「バイタルメーター」を装着して、短剣を右手に持つ。
念のため村に目を向けるがメーターに反応するHPはない。
「黒崎くん、あれは!?」
聖の驚愕の声に、彼女が指さす方を見る。
蚊だな。そろそろ出てくる季節か。
あんな巨大化したメカメカしい蚊は普通はいないけど。
太陽の光を受けてメタリックに輝く羽と、いかにも硬そうな三十センチ近い胴体。口なんてぶっ刺さったら血を吸われる前に腕なんか貫通しそうだ。
「これが、村の近くで見られてる変異体の一部、か」
俺のつぶやきに呼応するように聖が剣を抜いた。
「よし、それじゃ俺が先に行くから――」
「わたしにやらせてください」
聖の強い声に驚いたが、そうだな、これくらいならいけるかな。
「判った。もし危なくなったら助けに入る」
聖はうなずいて、剣を正面に構えた。
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