予想外の縁と、いらないしがらみ

 ダンジョンから外に出て解散になったけど、金髪の男が話しかけてきた。


「おまえ、フリーか?」


 フリーランスのイクスペラーかという意味だろう。


 ダンジョンを探索してモンスターを倒すイクスペラーは、どこかの組織に属している人と、個人で活動している人がいる。


 組織に属すれば一定のギャラが保障されるし、探索に使えるグッズなんかもレンタルできたり格安で売ってもらったりとか便利な点はあるけど、契約で行動制限とか、意にそぐわない仕事を任されることもある。

 フリーランスは組織人にある利点がないかわりに、稼ぎは全部自分達のものだ。規約や規則に縛られるのがイヤな人はフリーでいることが多いらしい。

 そういうところは他の職業と一緒だな。


「いや、俺は雇われだよ」


 異次元収納ボックス――これも会社に借りたものだ――から名刺ケースを出してきて、男に一枚手渡した。


「おっ、ご丁寧にどーも。ナカタニ製薬研究所、黒崎くろさき章彦あきひこか。――そんじゃ、おれも」


 男も名刺を出してきた。

 受け取って、見て、驚いた。

 英語で書かれている会社名と彼の肩書に、だ。


『M&Dトレード 社長秘書 レッシュ・リューク』


 あまりにも自然な日本語だから気にしてなかったけど、改めて見たらいかにも西洋人な顔立ちだ。しかもわりとイケメンだし。


 いや、それよりも。


「アメリカの貿易会社だよな。社長って、リカルド・ゴットフリートさん?」

「うちの会社知ってんのか? 薬品扱ってるけど、日本の製薬会社とは取引ないんだけどな」


 男、レッシュは小首をかしげる。


「ゴットフリートさんの論文、読んだことがあるから」


 M&Dトレードの社長さんは会社経営より薬品の研究が好きらしくて、科学雑誌に研究成果が載っていたこともある人だ。

 一研究員として興味を惹かれていた人を、まさかこんな形で身近に感じることになるなんて。


「そっか。アキヒコも薬品研究してんだな。けど、社長が研究してっ時に近づくなよ? 研究中は周りが見えなくなってるからな。人体実験されちまうぞ」


 どこまで本気なのか冗談なのか、レッシュは悪戯顔で笑った。


「そんじゃ、今日はこれくらいで。多分また会うだろう。そん時はよろしくな」


 レッシュは手をひらひらと振って離れていった。


 また会うだろう、か。確信してるみたいな口調だったけど、なんでだ?

 この辺のダンジョンによくもぐるからかな。

 けどなんで、アメリカの会社の社長秘書が日本のダンジョンに来てるんだろう。


 そんなふうに考えながら、俺はナカタニ製薬の研究所に戻ることにした。




 研究所に戻ると、嫌な雰囲気に出迎えられる。


 ここの研究員のほとんどは、俺のことが嫌いらしい。

 研究所に配属されたばかりの若造のくせに偉そうで生意気だとか、副社長のごひいきで優遇されているからとか、そんなくだらない理由だ。


 知るかよそんなの。

 研究は功績がものをいう世界だぞ。年功序列なんてくそくらえだ。


 俺が周りになじもうとしてないから余計に嫌われてるってのもあるだろうけど。能無しのおっさんどもにしおらしい態度取ったってなんの得もない。

 さすがにそこまでは口にしないけれど。


 早速持ち帰ったモンスターの素材の研究と、ポーションの抽出をするために研究室にこもろうと思ったら。


 ……研究室の使用予定、びっちり埋まってやがる。

 俺があらかじめ書いといた夕方に使用する予定消して入れたな?


「ごめんなぁ? 黒崎君はダンジョン探索で忙しそうだから。研究室空けとくのもったいないだろう?」

「なんならモンスターの素材、俺らが処理しておくけど?」


 忍び笑い、せせら笑い。


 クソむかつく。


「結構だ。研究室空いてないなら他にもやることはある」


 収納ボックスは魔力で守られていて中のものが傷んだり腐ったりってことはない。今できないならダンジョン探索のレポートを先に書くまでだ。

 俺はパソコンに向かって作業を始める。


 資料を半分ほどまとめた時、誰かが近づいてくる気配を感じた。

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