依鳥緑はそんなもんだ良い言う
夏の炎天下。
茹だるような暑さに、耳をつんざく蝉時雨。
通気性の良い体操服。いつもよりも多めに塗った日焼け止めと帽子、水筒という持ち運べるオアシスで私は夏と戦っていた。
期末テストも終わり、夏休みが目と鼻の先にある今日は、学校行事の一環で近くにある大きな公園のゴミ拾いに来ている。
公園といっても遊び場もあれば、散歩する庭園もあり、子供からお年寄りまで人気なこの〝すこやか公園〟は。
まぁとにかく広かった。
『依鳥緑はそんなもんだ良い言う』
「……ぅあつい〜」
園内にある施設の影に座り込む緑が、今日何度目かの言葉を吐いた。
「……」
二つのゴミ袋を挟んで隣に座る私も同じことを思っていたが、もう口に出す気にもならなかった。
うちの高校に、いわゆる遠足はない。
高校生にもなって、歩いてい遠出する行事をやりたいかと言われれば、そうでも無い。しかし、イベントで授業が無い日があるのは正直言って嬉しい。
だから私は、この学校に遠足は無いと知った時、少し残念に思った。そして代わりにあると分かったのが、この地域貢献のイベントだった。
せめて夏以外に行わないのかと疑問に思うが、3年生は海の清掃に行くらしいから仕方がない。私も海に行くなら夏がいい。
「ねぇ津々浦ぁ、なんで夏は暑いの?」
午後の休憩時間が過ぎた後もこうして物陰で涼んでいると。……涼しくはないが。緑がそんな漠然とした質問を投げかけてきた。
緑の思考には「分からないことは津々浦に聞いてみよう」という節がある。私だって全能な神様じゃないのだ、知っていることしか教えられないと言うのに。
――と言うか、神様はあなたでしょうに。
「……地球と太陽の位置関係を説明すれば、納得してくれる?それに理解したからって涼しくはならないわよ」
「それはそうだけどさ」
「「は〜あぁ……」」
二人して壁にもたれかかり、また大きくため息をついた。
遠くに見えるの芝生が陽炎で揺らめいている。
「そだ、津々浦。津々浦は暑いのと寒いの、どっちがマシとかある?」
「……今それ聞くの」
こんな状況だ、答えなんて決まってしまう。
「いやね、しゃべって気を紛らわせようと思ってさ。――今が、とかじゃなくて単純に暑いと寒い、津々浦はどっちが辛いのかなって」
緑は取ってつけた様なそんな質問をする。だがこの問いは、私が生きてきた中で何度も考えたことがあった。そして、私の答えはいつも決まっている。
「――私は暑い方が嫌。寒い方がマシよ」
「どうして?」
すっぱり言い切る私に緑が興味を持つ。
その答えには私なりのキチンとした理由がある。
「だって寒さは厚着すればまだ対策できるでしょ?でも薄着には限界があるじゃない。だからよ」
そんなシンプルな理由だが。
「あ〜言われてみれば。津々浦頭良い……」
「緑は?どっちが良いの?」
「……今の津々浦の説明を聞くと、確かに暑い方が対策に限りがあるなって思うよ。けど」
「けど?」
「――私はどっちも嫌だな〜」
そう言って良かったなら、私だってそうに決まっている。
「……」
もう話題が途切れてしまった。
別に沈黙が耐えられないわけじゃない。だが今は、この暑さを忘れられるなら、緑と同様に私も何か話題が欲しかった。
とは言ったものの、私は何を話題に出そうかと困る。
神様を名乗るこの不思議な女の子、依鳥緑と過ごしたこの3ヶ月あまりは新鮮な話題が多く。人が当たり前に思っていることや、疑問に思わなかったところに踏み込んだ話。独自の視線から得た話を切り出してくれている。
そんな日々の中、いつのまにか私の中で、緑との雑談は雑な談笑ではなくなりつつあったのだ。
私は回らない思考を回してみた。なにか生産性のある話題はないものかと。
「……」
――いや、待てよ。
緑が変わった話題を振ってくるからと言って、私も変わった話題を振り返さなければならない。――のではないのだろうか。
アレらは緑が神様だから出てくる疑問なわけであって、狙って話題にしているわけではない。それに返答する私も、別に斬新な回答を考えるのでは無く、単純に自分の意見を口にしている。緑はそんな私のと会話を、面倒くさそうにしている様子もない。
「……あーそっか」
どうやら私は、一人で勝手に意地をはっていたようだ。緑の話題に劣らない、斬新でありふれない話題。それを提供しようと。
我ながらくだらない――。緑は友達なのだ。何もはばかることなく、なにも誇示するわけでもなく、普通に話せば良いじゃないか。
そんな、どこか晴れた気持ちになる。が、それはそれとして話題が浮かばない。
なにか、なにか普通の話題……。
「緑ってさ……」
暑さで茹った私の頭が導き出した問いは。
「食べ物は何が好きなの?」
どうしようもないほど雑なものだった。
「…………好きな、食べ物?」
なんの脈絡もない質問に、流石の緑もキョトンとしたようで、間を置いて聞き返してきた。
が、暑さに茹だるのは緑も同じ。呆気に取られはしたが、どこか遠くを見つめながら答えてくれた。そして。
「好きな、好きな……。梅干しとかかな」
意外な答えが返ってきた。
「え……カレーとか、パスタとか、そういうのじゃなくて?」
てっきり料理名で答えられる。そう思っていた私は素直に困惑した。
それも梅干しと来たか――。なんか、外国の人たちが梅干しや納豆を苦手とするように、神様である緑も、そういったものは避けているものだと思っていた。
……いやでも、緑は人の神様だから体質や思考は人なのか。
ていうかそれ以前にそもそも――。
「ねぇ、緑って日本人なの?」
国籍とかはあるのだろう。だが戸籍上ではなく、自認というか、遺伝子的にというか。
だが、それは緑もよくは分かっていないようだった。
「えー……考えたことなかった。私何人なのかな?」
「日本由来の神様なら日本人じゃないの?」
日本人の私たちに紛れてるんだし。
「わかんないや。私は日本の神様じゃなくて『人の神様』だから」
そう呟いてしばらく黙った後。思い出したように緑が続けた。
「あ。――そういえば私、日本語以外読めないし喋れないや。……多分日本人なんだと思う。きっとそう」
言われてみれば確かに。緑に勉強会で英語を教えている私は納得した。
「それなら味覚が日本人ベースでも、おかしい事ではないわね……」
そうだ味覚といえば――。
「ねぇ緑。人間の味覚、食べ物の好き嫌いって、2か3歳までに決まるらしいわよ」
「ん?どゆこと」
「なんかね、3歳までに何を食べてきたか。それでその人の好みが決まるんだってさ」
そんな話をテレビか本で見た気がする。
「へぇー、幼いうちの印象は一生モノなんだ……。あれだ、三つ子の魂百までだ。ちなみに津々浦は何が好きなの?」
そういうことわざは妙に知ってるのよね、緑って。
「私?私は卵料理とか好きだよ。親子丼とか、オムレツとか」
「タマゴ?!えー、なんかかわいい」
タマゴがかわいいのか、タマゴが好きと言う私をかわいいと言ったのか、そこは分からないが。
「……梅干しよりはかわいいかもね。バリエーションも豊富だし」
「いやいや、梅干しを甘く見てはいけないよ。……梅干しだけに」
突然、対抗心と小ボケを見せてきた。
「……」
きっと暑さにやられてるんだ。
「梅干し一つで白米がどれだけ進むか、津々浦は分からないの?」
「分かるよ、私だって梅干し好きだし」
「白米に味噌汁、魚の煮付けにそして梅干し。これがベストな組み合わせだね。和食最高だよ〜」
味を思い浮かべたのか、幸せそうに語る緑、しかし私はその隣で渋い顔をする。
「――魚は同意できないなぁ」
「え!津々浦魚嫌いなの?」
遠くを見ていた緑が、サッと顔を私に向ける。
「魚っていうか魚介類。全般ダメなんだよねぇ、イガいというか、エグいの」
「……煮魚の美味しさを知らないの?」
信じられない。そう言いたげな顔だった。
緑は煮魚がお気に入りのようだ。でも私は――。
「まさにその煮魚が一番ダメ。もともとニガテだった上に、小学校の給食では牛乳で食べる必要があったから、それでなおさらね。――アレが私の中じゃ最悪の食べ合わせね」
魚の味を理解できない、そんな私を理解できない。といった顔の緑が、ふと気づいたそぶりを見せる。
「――ちょっと待って。津々浦、この前一緒に回転寿司食べに行ったよね……?」
「あー……」
いつにも増して不思議そうな緑が言いたい事を、私は察した。というか私でもツッコむところだ。
「その……えっとね」
私はこの手の話題になると、いつも答えていた馴染みのセリフを口にする。
「生魚。というか、お寿司は食べれるの」
「はー!贅沢な子だね」
「私にも分かんないよ。食べれる刺身って言っても大体赤身で、白身やタコとかは苦手だし」
「ますます贅沢じゃん……」
「お母さんが言うには昔は食べてたらしいよ、焼き魚とかも。なんでも離乳食が魚だったとか」
「へぇー、なんで嫌いになったんだろね」
そうしてまた話題がひと段落着きそうな気配を見せる。しかし、緑はある事に気が付いた。
「……あれ、津々浦。矛盾してない。人の味覚って3歳までに決まるんじゃないの?」
あまりにも的確なその指摘に、私は僅かに黙り込んだ。
「――ほんとだ。今の私食べれないじゃん、焼き魚」
言われてみれば、考えた事もなかった。
「あれだね。きっとちっちゃい頃に食べ飽きたんだよ」
だが緑はその矛盾を追求することなく、適当な理由をつけてくれた。
「それだ。アリだね」
私はパチンと指を鳴らしてその案を頂いた。
「え、何?今のどうやったの?」
「あぁ、これ?」
そう言ってまた指を鳴らす。
「これはね、指の形をこうして――」
いまいちコツの掴めない緑としばらく指を振っていると。前にある通路を通ってゆくクラスメイト達が見えた。
「ねぇ津々浦、いつまでも休んでていいの?」
近くの時計を見てみると、休憩し始めてそこそこの時間が経過していた。
「この日差しの中、ずっとボランティアに励むほど、私はおりこうさんじゃないよ」
そう言いながら、ゴミや落ち葉で半分ほど膨らんだ袋に目をやる。
「意外だね。津々浦は学校行事に真面目な、委員長気質のおりこうさんだと思ってたから」
そう言う緑の目はどこか楽しそうだった。人の意外な一面を知るのが楽しいのだろう。
津々浦は学校行事に真面目。多分だけど、私自身ですら先生からそう思われてると思っている。けれど。
「力抜けるところは抜くわよ、私だって。まぁある意味それもお利口なのかもだけどね」
「そっか。そもそも一緒にサボってる私が言えたことじゃないや」
「さすがに戻ろうか?」
サボりに緑を突き合わせているかも。そうよぎった。
「うーん、あとちょっとしたらね」
二人して、再びどこか遠くを見つめたまま、会話は続く。
「そいえばさ。神様的にはどうなの?人間界の食べ物って」
意図の分からない質問に、緑が首を傾げる。
「どう、とは?」
「おとぎ話とかであるのよ。人があの世や妖怪、妖精の世界のものを食べると。元の世界には戻れなくなるって。――あなたは人の神様のなんだから、人の食べ物を食べるのも役目のうちなんでしょうけど。よその神様的には、人の世界の食べ物は魅力的に見えるのかなって」
その質問に、緑は少しだけ考えているのか、考えていないのか分からない顔をして。
「……そだねぇ。今度機会があったら聞いてみよ」
そう答えた。
「お供物とかってどう?あれ食べてるの?」
「いやぁ、どうなんだろう。私そういう系じゃないから。――多分だけど食べてないんじゃないかな。ああいうのは『お供物をした』っていう人の気持?信仰心?とかを栄養というか糧にしてるぽいからさ」
「なぁるほどねぇ」
確かに、備えたモノが消えるわけではない。親戚の家の仏壇、そこのおやつを貰ったこともあるし。
ただ、神様が食べた後は味が消えている。とかだったら面白いのにな、とは子供のころから思っていた。
「――ま、今の私は人だから。食べないと生きていけないけど、そこは役得だと思ってる。私が人であるうちは、美味しいものをいっぱい食べときたいな。それこそ庶民的なものから高級なもの、自然の食材から化学調味料まで。味わえるだけ味わわなきゃね」
緑がそう言って表情を緩める。
「やっぱ神様でも食べなきゃだめなんだ」
「そうそう、今は人の身だからねぇ。厳密には限りなく人に近いってところなんだろうけどさ。――流石は三代欲求、七つの大罪って感じだね。食ってのは魅力的だよ、バイトのしがいがあるね」
食べたいものを食べるために働いて稼ぐ。
当然のような、それで良いのか神様と思うような。複雑で、なんだか世知辛い気分になった。
「――苦労してるのね」
「人並みにだけどね」
「……人だけに?」
「ん?どゆこと」
「ううん、何にも」
物陰でサボり始めてさらに時間がたった。
いよいよ戻ろうかと思い、私は緑に声をかける。だが――。
「……もうちょっと休んでからにしよう」
すっかりサボりが板についた緑は、文字通り溶けたように壁に背を預けていた。
「うぇ……あつぅ」
緑がそう言いながら体操服の襟を掴み、頬の汗を拭う。
捲り上げたせいで裾が上がり、肌が見えてしまっていた。
「緑、お腹見えちゃってるよ。女の子がむやみに肌を出さないの、ちゃんとタオル使いなさ――!」
そう言って緑の行動を咎めた時、私の脳にある疑問がほとばしる。
「……緑、って……女の子、よね?」
私はずっと、女子制服で通学する緑を、何の気無しに女の子だと思い込んでいた。
多様性に踏み込んだ話をしたいわけじゃないが、単純に、この神様が女の子で合っているのかどうか。それを確認したくなった。
……体格も、正直何とも言えないし。
「え、そんな今更。女の子だよ」
私はほっと一安心した。
日本人かどうかの時のように「私ってどっち?」と言われたらどうしようかと。
「少なくとも身体構造は女の子だね」
緑は続けた。
「でもまぁ、日々女の子らしくできてるか?ってのは、そんなに自信無いし。そう振る舞おうともしてないんだけどねぇ。ほら人間って、女の子なら~とか男は~とか言う固定概念や、周囲からの性別に沿った教育で、物心つく頃には『そうゆうもの』と思って生きるわけじゃん?津々浦が肌を気にしたみたいにさ。私は神様だからそういうの無くて――」
「――緑」
どんどん踏み込んだ話題を広げそうな緑を、私はそっと止めた。だが、それはそれとして気になる部分もある。
「緑が女の子なのには、なにか理由があるの?」
そこだけはちょっと気になった。
「え?……えーっと。無いと思うよ。少なくとも私は何も聞いてないし指示されてない。――きっと多数決とかコイントスで決めたんじゃないかな」
そんな適当な……。
「ずいぶん適当なもんね……あなたと喋っていると神様ってモノに疑いを感じるわ」
私がそう言うと、緑は座り直し、姿勢を正してこう返してきた。
「ハハ、それはちょっと失礼じゃない。だって世の中そんなもんだよ、神も人も。津々浦だってそうじゃない?」
強いわけではないが、涼しい風が吹き、私の髪を揺らす。
「そんなもん?」
「そう。――真面目で成績優秀な津々浦だってボランティアをサボることもある。同じ魚料理でも食べれるのと食べれないのがある。神様が食べてなくてもお供え物はしたっていいし。神様もこだわらなくて良い部分はこだわらない。全てをしっかりと決めなきゃいけない訳じゃ無い、ハッキリしない部分もあっていいし、手を抜けそうなら抜いちゃう。そこは神様も人もおんなじだよ。」
「……同じ」
「そう、同じ!」
そう言って緑は勢いよく立ち上がった。
「さすがに戻ろっか。適当にゴミ袋満タンにしとかないとね」
そう言う緑に続いて、私も立ち上がる。
「――そうね、怒られても面倒だし。落ちてる木の枝でも入れようよ、それでかさ増ししましょ」
「そうそう、楽して適当に、かつ良いように見せよう」
そう言って緑は歩き出した。
「そんなもんで良い、ねぇ」
一人私は呟く。
「おっと……!」
その時、緑が何もないところでフラついた。
「……緑?」
勢いよく立ち上がったせいで眩暈でもしたんじゃないの?
そう声をかけようとした時、緑がさらに大きくよろめいた。
「あれ……?なんか、身体が動かない」
足元のおぼつかない緑がヨロヨロと、膝や手を地面について這いつくばる。
「なにこれ?すごく気持ち悪いし、寒くないのに震えが――。あ、鼻血……」
その言葉を最後に、緑は倒れ込んでしまった。
「え、嘘、緑!?熱中症?」
駆け寄ったその時、私は今日一日の緑が手ぶらだった事を思い出した。
「あなた水筒は?!昼以外に水分とってなかったの?」
意識のない緑が答えるはずもなく。私は落ち着いて考える。
「どうしよう下手に動かさない方が良い、のよね?――あ、先生!緑が、依鳥さんが倒れました!」
そうして緑のボランティア行事は、皆より一足早く終了した。
最終的に彼女を除く生徒達はみな、ゴミ袋をしっかりと満タンしており。私もその後ゴミや落ち葉をちゃんと詰めて持って帰っていた。
終了後、業者による回収のためにゴミ袋が並べられたのだが、一つの萎びた緑のゴミ袋が、緑の持っていた袋がとても目立っていた。
中が詰まっていないせいでぐったりとした袋。それを私は暑さで溶けてた緑にそっくりだと思い、ケータイで写真を撮って緑に送った。
先に学校に帰って少しは回復したのか、抗議のメッセージが私に届く。元気そうで安心した。
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