3.依鳥緑は刺激が欲しいと言う
残暑ももうすっかり居なくなった秋の10月。
秋といえば〝読書の秋〟〝食欲の秋〟と言った言葉がある。
誰が言い出したことかは知らないが、今となっては〝〜の秋〟は大安売りされていて、何かにつけて下の句に添えられている。
しかし、そう定義付けられると人間とは案外興味を惹かれてしまうものだ。
そんな私たちの秋はさしずめ。
〝映画の秋〟だった。
『依鳥緑は刺激が欲しいと言う』
私は、土曜日の朝早くから電車に乗り、一つ隣の駅にあるレンタルショップに来ていた。
朝早くと言っても時刻は9時半。学校に行く時間よりは遅いのだからなんてことはない。だが、友達と会うとなると、朝の早くと言ってもいいだろう。
この間の水曜日、緑が週末に映画を観ようと私を誘ってきた。
はじめは映画館に行くものだと思っていたが、緑曰く『そんなお金は無い』らしく、今こうしてレンタルショップの前で待ち合わせているのだ。
『もう着いたよ』
私が緑にそうメールを送ってから5分ほど経った。
緑は何世代も前の、中古でボロいケータイを持っている。
ソレのせいか緑はメールに気が付かないことや、上手く受信していない、なんてことが度々あった。
本人も、出来るなら新しいのを持ちたいそうだが、やっぱり金銭面の問題があるそうだ。
一応バイトをしているとは聞いたが、どこでバイトしているかはヒミツと言われた。
最初は聞き出そうかと考えた私だが、そうするのはやめることにした。
なぜなら、神様がコンビニのレジに立つ姿や、注文をとっている姿を見たくないからだ。緑はともかく、他の神様の株まで何だか下がってしまいそうで。
そんなことを思い出していると、レンタルショップの自動ドアが開く。
中から現れたのは緑だった。
何度か見たことある緑の私服、シンプルと言うか、こだわりが無いと言うか、スウェットとデニムを身につけている。
「あ!津々浦きてたんだ」
緑は私を見つけると小走りで駆け寄ってきた。メールには気づいていないようだ。
「もしかして……」
そう呟きながらケータイを取り出し確認する。
「あー、ごめん届いてた」
「いいよ、10分も経ってないし。緑は?」
「いやぁ、早く来すぎちゃってさ。先に中入ってたんだ。――そうだ津々浦、良い物あげるよ」
突然そう言うと、緑はズボンのポケットをあさり。
「はい、コレ」
キーホルダー型のミニライトを差し出した。
私は何気なくソレを受け取る。
「ソレね、色がおもしろいんだよ」
緑がそう言うものだから、私は何の疑いもなくスイッチを押す。すると――。
「――きゃぁ?!」
バチリ!と身体に電流が走った。
思わずライトを手から落とす。
「フフ、アハハ。津々浦もそんな声出すんだね、かわいい〜」
呆気に取られる私を見て笑いながら、緑はライトを拾った。
正直なところ、緑に騙されたのは凄くショックだった。
しかしそれは、友情を裏切られたとかそんなショックではなく。
緑に騙された……。
そんな自分に対するショックだった。
「……津々浦、もしかして怒ってる?」
まだ痺れの残る左手を黙って見つめる私に、緑がおそるおそるたずねる。
「今度からは付き合い方を考えるわ……」
「わーん、ゆるしてよぉ」
仕返しの感じでそう言い放つと、緑は泣きついた。
そんな緑の頭をポンポンと優しく叩く。
「それで、どうだった?」
さっと立ち直すと、緑はいつもの表情でそう聞いた。
「……どう。って……?」
何を聞きたいのか分からず、そう聞き返す。
「痛かった、とか。嬉しかった、とか」
「……ビックリしたし、ちょっと痛かったよ」
緑がふむふむと頷いて、またペンライト型のイタズラアイテムを差し出した。
「もう一回押してみてくれる?」
「嫌よ」
キッパリと断ると緑は『だよね〜』と言いながら、自分でスイッチをカチカチと押してこう続ける。
「最近さ、人が求める刺激ってなんだろうって考えてるんだ」
緑はそこそこの痺れが来るスイッチを平然と連打していく。
「〝刺激のない人生はつまらない〟とかよく言うけど。刺激に塗れた人生ってのも心臓に悪いと言うか、疲れると思うんだよねぇ。――けど、なーんにもない日が続くと、1日を早く感じるってのも理解できるんだ。だから、ある程度の刺激がある日々を、人はきっと求めるんだろうなと思ったの」
緑はスイッチを押す手を止めて、ポケットにしまうと、パタパタと手を振って痺れを逃がす。
「けれどね津々浦。大抵の人、学生や一般的な職種の人の休みは土日だけ。極端な言い方をすれば、人生の7分の5日もある程度の束縛をされているわけじゃない。――そんな中で得られる刺激って、結構限られない?そう疑問に思った時に気づいた一つの方法が――」
緑がくるりと振り返る。
私は、今回の緑の言いたいことが何か分かった気がした。
「〝映画〟だよ」
オープンして1時間も経っていないレンタルショップ、その中を二人散策した。
散策したと言っても映画コーナーだけなのだが。
「それで、何が見たいの?」
適当に棚からつまみ取り、パッケージを確認する緑にたずねる。
「実は決まってないんだぁ。もし津々浦が良かったら、見たことあるやつでオススメを選んでくれないかな」
そう言って私に拳を向ける。
「〝恋愛〟〝コメディー〟〝アクション〟〝感動〟〝サスペンスホラー〟」
一つ一つ指を上げ、手のひらを作る。
「……そんな一気に見るんだね」
だからあらかじめ、私のウチに一日遊びに行っていいかも、この前確認してきたのか。
「うん、分かりやすい刺激のこれらだね。人は一生のうちに全てを経験できるわけじゃない。みんなが宇宙に行けるわけでもないし、古代遺跡を冒険できるわけじゃない。――それを視聴覚からの情報で擬似体験する。映画は良い発明だよ」
そう言った後に、緑は少し困った顔をした。
「でもさ津々浦。恋愛モノを見てキュンキュンする。アクションを見て手に汗握る。ってのは理解できるんだけどさ。――なんで、切ない話を見て涙を流したり。怖いものをみて震える必要があるの?」
緑は他の例も上げていく。
「映画以外でもさ。激辛料理、ジェットコースターやバンジージャンプ。みんな痛いのや怖いのは嫌でしょ?なにのなんでこう言ったマイナスの刺激を求めるのかな?」
あえてそう聞かれると回答に困ってしまう。
確かに痛いのは嫌だ。けど、それらマイナスの刺激を求める人もいるのも事実だ。
その疑問の一環で、緑はさっき私にペンライトをもう一度押せるか聞いていたのかもしれない。
「――多分だけどね緑。すっごく大雑把な言い方だけど、〝食べ物の好き嫌い〟みたいなモノなんだと思うよ。他人には理解できない、あの人は好きだけど、私は苦手。そう言ったモノが刺激にもあるんだよ。私もよく分かんないからキチンとは言えないけど、〝単純にそれが好き〟なんだと思う。――ほら、緑が前に言ってた、ドキドキワクワク。それをマイナスの刺激から見出す人もいるってこと。……だと思うな」
緑は理解はしようとしているが、納得いかない顔をしている。
「……よく分かんないし面倒臭いね、人間て。――ま、それを理解してみるための今日だからね。津々浦、名作を選べとは言わないからさ、君が好きなのを教えてよ」
ちょくちょく感じてはいたが、この神様はだいぶ熱心に人を知ろうとしている。
私自身、半年の付き合いを経て依鳥緑が神様であることをもう気にしていない。と言うか慣れてしまっていた。
だが、改めて〝この子は神様なんだ〟そう感じた。
「分かったわ……けどその前に緑。今日の候補から〝恋愛〟は外して良いかな?」
「ん?どして?」
「映画って大体2時間、どれだけ長くても3時間なんだけど。きっと、恋愛モノってその時間内に収めるのは難しいのよ。――もちろんいい作品は何個もあるよ。けど緑の言う、恋愛モノをみてキュンキュンするってのを理解したいのなら、ドラマや漫画からの方が良いと思うよ」
緑は腕を組んで目を閉じ、天井を見上げた。
「――そっか。男女が出会って、恋に落ちて、時間をかけて距離を詰めて結ばれる。――そのプロセスは、多少の長さがある方が感情移入もできて共感しやすいのか。……いや、他の刺激がインスタントに接種できるってことなのかな……?」
言いたいことが伝わったようだ。
「まぁ、そうだね。後でフリーの漫画アプリでも教えてあげるよ。なんならアクションとか感動、ファンタジー系は漫画からも得られるし、気に入ったのがあれば読んでみるといいよ……」
その時、私の頭に一つの疑問がよぎった。
魔法、お化け、異世界。それら人が夢見るファンタジックな存在の有無は、この神に聞けば分かってしまえるのではないか、と。
「ねぇ、緑……」
そう言いかけた時、私の頭の中でも読み取ったのか、緑が人差し指を立てて私の顔の前に持ってきた。
「ネタバレしてしまったらつまらない。でしょ?」
店内を散策し、数分。緑の持つ小さなカゴの中には既に、コメディーとアクションの有名作品が入っていた。
「じゃあ次は感動系を〜」
そう言いながら緑と、『泣ける』とテロップの出ているブースに向かう。
そして緑は、それらを眺めながら顔をしかめた。
「うーん、泣けるってのにも色々あるんだねぇ」
泣けるモノがハッピーエンドとは限らない。
「そうだね。努力や頑張りが報われて感動し、泣けるのもあれば。どこか報われない、悲しいお話で泣けるものもあるね。――緑はなにか興味あるジャンルはある?」
そう聞かれた緑が、いくつかのパッケージの裏面をチェックしてまた難しい顔をする。
「……やっぱりよく分からないや。津々浦が泣けたヤツを教えてくれる?」
そう言われて、私は今まで見てきた作品を思い返す。
いくつか候補になりそうなモノはある。あるのだがやはり、結局は好みの問題というか、どんな世界的な名作でも、自分には合わないモノはあったりするのだ。
「……」
今回緑は、『人がマイナスの刺激を求めるのが分からない』そう言っていた。
ならば勧めるべきは、ハッピーエンドでは無く、切ない方が合っているのかもしれない。
そう考えながら、ふと陳列棚に視線を向ける。
その中のとある作品が私の目にとまった。
スッと人差し指で傾け、そのケースを手に取る。
作品の名は『ハロルド』。
これは未来のSFモノであり、私の中でもだいぶ好きな作品だ。――けど忘れていた、最後に見たのはいつだったろうか。
ハロルドは、映画に出てくる人工知能を持った無人宇宙船の名前である。
近い未来に人が住めなくなる地球。ハロルドは第二地球となる星を探すために宇宙に送り出された船だった。
初めのうちは地球と定期的に連絡を取り合っていたが。通信の限界を越え、ハロルドの旅は孤独な旅となる。
数多の星をめぐり永い時が流れ、自身の限界に近づくハロルドは、ついに人間の住める星を見つける。
ハロルドは一番強力な電子信号を地球に向けて発信し、いずれ自分を目指してくる方舟が受け取れるように、一定間隔で信号を送り続けることにした。
しかし、そのためには大半の機能を停止しなければならない。
ハロルドは人間のため、自らの役目を全うするために、ハロルドとしての人工知能を停止すことを選択するのだ。
もはやただの機械となったハロルドは、自身の機能が完全に停止するまで、いつまでも信号を送り続ける。
そんな話しだ。
そして最後に、ハロルドが旅をしたその永い間に、地球はとっくに滅んでいた。と言うオチが待っている。
緑が求めているのはこう言うモノなのだろう。
そう思った私は、ハロルドをそっとカゴに入れた。
「じゃぁコレで……」
「ん、ありがとう。――じゃあ最後はホラーだねぇ」
ホラーは即決だった。
と言うか、緑を驚かせてやろうと決めていたモノが初めからあったのだ。
ホラーにも他に違わずいろいろある。
急に背後から驚かされるようなビックリ。暗闇の中、ナニカが居るのではないかと言う恐怖。本来なら恐怖とは無縁な人形たちが、人を襲いだすパニック。
いろいろあるのだが、それを全部詰め込んだような名作があるのだ。
ソレらを詰め込みながらも、上手に料理したその作品は、今じゃ誰しもが知っている。
だが、緑なら知らないだろうと思い。その作品を差し出した。
「お、即決だねぇ」
案の定何も知らない緑は、さっさとカゴに放り込んだ。
ホラーを見る順は最後にしよう。私は心の中でそう決めた。
「じゃあお会計、お会計〜」
そう言いながら緑は突然、無作為に追加で一本選んでカゴに入れた。
「あれ?それも見るの?」
そう聞くとキョトンとした表情で振り向かれた。
「ううん、見ないよ」
じゃあ何で?
そう聞こうとした時、緑が続けた。
「だってほら〝5本で1本100円〟」
そう言いながら店内に張り巡らされた広告を指差した。
「……ねぇ緑。確かに5本借りると1本100円、計500円になるよ。けどね、旧作は元々120円なんだから4本借りて計480円なのよ?」
その説明に、なんだか腑に落ちない表情をしていた緑だが、次の瞬間ハッとした顔をし、追加の一本を棚に戻した。
「……騙されるところだった、危ない危ない。貴重な20円が」
私は、いつかこの子が詐欺やセールスマンの良いカモになるんじゃないかと心配になった。
さっきも思ったが、そんな神様は見たくない。
会計を済ませる緑を待つ間、私は何となく店内を見渡した。すると、出入り口付近にガチャガチャの台がいくつかあるのを見つけ、さらにその中に例のモノを見つけた。
「……『ドッキリビリビリグッズ』」
それは緑にしてやられたペンライトを含むガチャガチャだった。
「わざわざ……」
しかも200円。
「お待たせ津々浦」
レンタルバック片手に緑が現れる。
「ねぇ、緑。さっき20円渋ったあなたは、200円でコレを回したの?」
「そだよ、津々浦も欲しいの?」
「……いや、別に緑のお金だから良いんだけどさ。こうゆうのを買わずに蓄えとくものじゃないの?」
図星だったのか、少し照れた様子で緑が答える。
「ハハ、全くもってその通りなんだけど……こういうのって欲しくならない?――けど、無駄遣いでは無かったよ」
あんな押しても痛いだけで光らないライト。それに一体何の価値があったのだか――。
そう呆れる私に緑が続ける。
「だって、津々浦のめっずらしいリアクションが見れたから」
そう言われて、私はため息混じりに思わず『は?』と返した。
「かわいかったよ、津々浦。『キャ!』って」
ニヤニヤと笑う緑に、今すぐ何か仕返ししてやりたい気分になったが、私はぐっと堪えた。
焦る必要はない、例の傑作ホラーを見た緑の反応を楽しみに、今は許してあげることにした。
レンタルショップを出て、昼ご飯になりそうなモノを買った後、緑を連れて私の家に帰った。
「一応聞くけど、親御さん達には迷惑じゃなかった?」
道中緑はこんなことを心配していた。
「大丈夫よ。親二人は朝から出かけてて、夜に帰るらしいし」
「でもお姉さんはお休みでしょ」
その問いに私は首を横に振った。
「休日出勤よ……」
「あぁ……貴重な7分の2が……」
「昨日の夜もボヤいてたわ『週5で会ってるのに土曜も会いたいなんて、束縛系かよ』って」
「……仕事なんだよね?」
「うん、会社の設備のことよ」
そんなこんなで我が家に来た緑はすごくはしゃいでいた。
「友達んち入るのはじめてー!」
「手洗ってね」
手洗いうがいをすまさせて、二階の私の部屋へと連れていく。
「おお!女の子の部屋だ!ベット!机!本棚!すんごい普通〜!」
「……元気ね」
緑の分の座椅子を用意するために、私は一度部屋を出た。
「――じゃあ適当に座ってて」
そしてケータイを確認し、姉に送っておいたメールの返事を見る。
『友達来るから座椅子かして』
『(-Д-)b』
姉の部屋から座椅子を持って部屋に戻ると、緑が這いつくばって私のベットの下を覗き込んでいた。
「……何してるの?」
驚いた猫のように跳ね起き、緑はさっと正座で座る。
「いやぁ、人はベットの下に見られたくないモノ隠すんでしょ?津々浦はなにか隠してるのかな〜って……」
なんでこの神様はそういう俗っぽいものは知っているのだろうか。私はため息混じりに返した。
「――そんな分かりやすい所に隠すわけないでしょ」
「ハハ、だよねぇ……。って!え?つ、津々浦。なにか隠すような、いかがわしいモノ持ってるの?」
「さてどうでしょう。――さぁ映画見るわよ。四本も借りたんだからさっさと見ないと夜遅くなるわ」
慌てる緑を無視して、ノートパソコンを準備する。
そして二人だけの〝映画の秋〟な一日が始まった。
映画を見る緑は、なんだか期待外れというか、当然と言えば当然なような、普通の反応だった。
コメディーではケラケラ笑い、ストーリーの展開を楽しんで、クライマックスでは一緒に盛り上がっていた。
アクションも特別な反応はなく。派手な爆破シーンや、俳優のアクロバットに感嘆の声をもらしながら、手を握っている。
「いやー、凄かったね。あのビルのセット、爆発した時に派手になるよう、本物のビルとは違う素材だったね。CGも綺麗でどこまでが本物か分かんなかったよ」
なんでこう、見た事ないクセに、そういう映画通みたいなうんちくは出てくるのかは不思議だった。
だが、やっぱり特別な反応はなかった。
まぁ、変なリアクションを期待していたわけではないし。緑の言う〝普段味わえない刺激〟は味わえているのだろうから、今回の映画鑑賞は悪くは無いのだろう。
私は次の作品を再生するためにディスクを入れ替える。
次の作品、『ハロルド』を手にした時、私は思い出した。
そうだ、緑は刺激を求めるために映画を見ようと言っていたが、選ぶ中で〝マイナスの刺激を求めるのが分からない〟と言っていた。
ならばむしろ、残りの2本。ここからが本番だったのだろうか。
そう思い一瞬緑を見る。
緑は余韻に浸るような顔でオレンジジュースを飲んでいた。
「疲れ知らずね……」
そう独り言を呟き、ディスクをパソコンに入れ、ハロルドを再生した。
『――ハロルド。ここから私たちは、あなたの声が聞こえなくなるわ。あなたにも、私たちの声が届かなくなる……この広大な宇宙に一人で旅をさせることを許してちょうだい……。私は、あなたが人類の希望となれると信じているは……』
作品の中で、ハロルドの生みの親の学者が最後のメッセージを送る。
『z…zz……私は機械です。私は孤独でも寂しさを感じません。問題はありません……。ですが博士、機械の私に自己を与えてくれたこと、実の母のように接してくれたことを、私は感謝します』
機械の身でありながら、博士の愛情を理解したハロルドがそう告げ、博士が涙を流す。
『いつの日かあなたと、あなたと同じ人類と再開する日を、私も信じています……』
その通信を最後に、物語はハロルドにフォーカスされる。
私はこのシーンが好きだった。
人と機械の垣根を越えた愛が見てとれて、知っていても目元が熱くなる。
――緑はどうだろうか。はじめてこの映画を見る緑は一体どう思ったのだろうか。
そう思い緑の方を見る。すると――。
「……」
彼女は、静かに涙を流していた。
緑には悪いが、驚いたのが正直な感想だった。
いつも朗らかに微笑み、綿毛のようにフワフワとした彼女も。神様である彼女も、涙を流すのだと。
緑は慌てることも、戸惑うこともなく、じっと画面を見つめている。
私は手元にあったティッシュケースを緑に差し出す。
彼女はそれを黙って受け取った。
映画が終わり、ようやく緑が声を出して啜り泣いた。
「ハロルドが、可哀想だよぉ……なんて、なんて健気で……」
緑は号泣とは行かないが、結局最後まで静かに泣いていた。
「博士も、ハロルドも、もう会えないんだね……」
あんまりも素直に泣くものだから、つい子供をあやすように緑の頭を撫でてしまった。
「……そう決まったわけじゃないよ」
「え……?」
最後、荒廃し切った地球が映し出されて映画は終わる。だが、実はそれ以上は語られていないのだ。
人類は既に滅んでしまった。それは解釈の一つである。
「もしかしたら、何百人、何十人かでも地球を脱出しているかもしれない。もしかしたら、いつかハロルドの元に人が辿り着くかもしれない。――作中で真相は語られなかった。だからその先をどう考えるかは、見た人に委ねられてるんだよ」
それを聞いてグズグズとしていた緑が、呼吸を整える。
「そう、だよね。きっと会えるよね」
そう言って最後の涙を拭う。
「――なるほど……こういうモノなんだね。感動。悲しいお話でも、人が求めてしまうのは。上手くは言葉にできないけど、なんとなく分かった気がするよ」
緑がそう言いながら、パソコンからディスクを取り出しこちらに渡す。
この作品を選んで正解だったのかもしれない。
人と機械、創造主と被造物の絆。もし神様が人を作ったのならば。緑は人間と、その人の手で生まれた健気な機械を、より愛おしく感じたのかもしれない。
――孫のようなものなのかな……?
「それじゃあ、最後はホラーだね。今の私ならホラーの魅力も分かっちゃうかも」
意気揚々とホラー映画に対する緑を見て、コレをトリにもってきたことに少しだけ罪悪感を私は覚えた。
ディスクを手に取り、パソコンに入れようとした私の手が一瞬止まる。
「……」
その時、今朝の光景が脳裏によぎった。
ペンライトを差し出す緑。
驚く私を見て楽しそうにしている緑。
その時、仕返しのつもりで選んだこの映画。
「……それはそれ、これはこれだね」
「ん?何か言った?」
私は傑作ホラーを再生した。
正直なところ、私も見たくないのだが……。
映画を4本も見た土曜日。陽は落ち、外はもう真っ暗だった。
「……それじゃあ津々浦、今日は一日ありがとう」
家の前まで出て、緑を見送る。
「うん、じゃあまた学校でね」
私はヒラヒラと緑に手を振った。
「津々浦のお姉さんにも会えたし、ご両親に挨拶もできたし、よかったよ」
「……」
「あ、DVDは私が返しとくからね」
「……何回も聞いたわよ」
緑が話題を探すように、手をパタパタさせる。
「……来週って小テストとかあったっけ――」
「ねぇ緑」
一向に帰ろうとしない緑に、私は食い気味でツッコむ。
「――怖いの?」
そう言われた緑がスッと視線を逸らす。
「い、いやぁ……」
「本当?」
そうたずねると緑はしばらく黙った。そして。
「津々浦……駅まで一緒に帰らない?」
そんな事を言い出した。
「私、ここが家なんだけど」
緑が視線を右に左に泳がせる。
まったく、この神様は……。
「はぁ……しょうがないわね、駅までよ」
「ありがと津々浦ぁ!」
一転しパッと笑顔になった緑は、勇ましく駅の方を向く。
「れっつらゴー」
そう言って歩き出した。
そうして私たちの〝映画の秋〟な一日は終わった。
――そういえば結局、緑はマイナスの刺激を求める理由とやらを見つけれたのだろうか。
それはまた今度聞いてみよう。少なくとも今はホラー映画の衝撃に打ちひしがれているのだから。
もし見つけれていないなら、またこうして一緒に映画を見るのも悪くないかもしれない。
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