高校時代に俺を振ったマドンナと運命の再会をした
春風秋雄
10年ぶりの同窓会で、俺を振ったマドンナと再会した
入口で受け付けをしていると、後ろから声をかけられた。
「吉川、久しぶり!」
同じクラスだった佐藤だった。
今日は高校卒業10周年の同窓会。盆休み中に開催されたので、地元にいない俺でも参加することができた。10年も経つと、風貌が変わって誰だかわからないやつもいるが、佐藤は10年前とまったく変わってなかった。
「佐藤か、お前まったく変わってないな」
「そういう吉川も変わってないよ。すぐにわかった」
二人揃って会場に入る。3年時のクラスごとにテーブルが分かれており、俺たち3組のテーブルにはすでに8人の同級生が座っていた。
「クラスの半分も参加してないんだな」
俺が佐藤に言うと、
「これでもよく集まった方だと思うよ。他のクラスでは5~6人というところもあるみたいだから」
と言われ、周りを見渡すと、確かにそれほど集まりはよくないようだ。
「光江さんも来ているよ」
佐藤に言われ、二つ向こうの5組のテーブルを見ると、榊原光江さんの姿があった。高校時代も綺麗だったが、28歳の光江さんは大人の色気が加わり、とてもいい女になっていた。思わず見とれていると、光江さんが俺の視線に気づいたのか、目があった。軽く会釈をしてきたので、俺も返した。まさか、光江さんの方から挨拶してくるとは思わなかったので、俺はドギマギした。
幹事の堅苦しい挨拶が終わり、宴に入った。皆、思い思いに席を移動して、旧友再会を楽しんでいる。俺は席を離れず、隣の佐藤から欠席者の近況を聞いていた。しばらくすると、光江さんがこちらのテーブルに近づいてきた。
「吉川君、久しぶり」
まさか俺に話しかけてくるとは思わなかったので、驚いた。
「久しぶり。相変わらずお綺麗ですね」
「吉川君も大人になったね。そんなお世辞が言えるようになったなんて」
「お世辞じゃあないよ。それより元気そうでなによりです。もう結婚されたのですか?」
「私は独身よ。吉川君は?」
「僕も独身です。相変わらずモテないですから」
「そんなことないでしょう。高校時代の幼いイメージがなくなり、大人の男って感じで、とてもイイ男になったわよ。彼女はいるんでしょ?」
「ありがとう。でも、残念ながら今は彼女もいないよ」
「そうなんだ。吉川君は、今は東京なんでしょう?」
「東京の大学へ行って、そのまま東京で就職したから」
「でも仙台と東京なら、今は新幹線ですぐじゃない」
「そうなんだけど、なかなかこっちには帰って来れないね。盆正月くらい」
「今度東京へ行く予定があるんだけど、その時連絡してもいいかな?」
「時間さえ合えば案内するよ」
「じゃあ、連絡先教えてくれる?」
そう言われて、俺はスマホを取り出し、連絡先を交換した。
光江さんが席を離れてから、佐藤が聞いてきた。
「お前、まだ光江さんのことが好きなのか?」
「そんなんじゃないけど、連絡先交換を断る理由はないだろ?」
佐藤は、それ以上は言わなかったが、俺がまだ光江さんに気があると疑っている目をしていた。
俺は吉川智和。仙台で生まれ育ち、東京の有名私立大学に進学し、卒業後は地元に帰らず、東京の上場企業に就職した。高校1年の時に同じクラスになった榊原光江さんは、男子生徒が皆注目する、学年のマドンナだった。佐々木希に似た容姿と、父親が県会議員で母親が学校の先生という家庭に育ち、清楚な雰囲気が男子生徒を魅了した。そんな光江さんに俺も密かに憧れていた。2学期になると幸運にも光江さんと席が隣になり、よく話をするようになった。それ以来、俺は光江さんに惚れてしまった。3年の夏休みに、俺は光江さんに告白した。自分の思いが叶うとは最初から思っていなかった。ただ、これから受験勉強に専念するために、自分の思いに区切りをつけたくて、告白した。結果はみごとに玉砕だった。2学期になると、俺が光江さんに告白して玉砕したという噂が学年で広がっていた。色んなやつから冷やかされた。しかし、振られるのがわかっているのに告白するとは、勇気があるやつだと言ってくれる者もいた。やはり、誰からみてもわかりきった結果だったのだろう。
同窓会から1週間も経ってないのに光江さんから連絡がきた。俺の都合に合わせて東京に来たいという。俺は休みの土曜日を指定した。
学生時代の友達が久しぶりに会いたいという場合は、何かの勧誘をされることが多いというが、俺はそれでもかまわないと思った。光江さんと二人きりで会えると思うと、心が躍っていた。
その日、俺は光江さんのために取って置きの店を予約しておいた。綺麗な夜景が見えるレストランだった。
「飲み物はどうする?ワインにする?それともオシャレにシャンパンにしようか?」
「ごめん。私、今はお酒やめてるの。だからウーロン茶をお願い。吉川君は遠慮なく飲んで」
そう言われて、光江さんにはウーロン茶を頼み、俺はグラスビールにした。食事をしながらの会話は楽しかった。学生時代の思い出を色々語り合った。会話が途切れたときに、光江さんが俺に聞いた。
「吉川君は、まだ私のこと好き?」
俺は返答に窮した。一瞬考えて、俺は今の気持ちを正直に話すことにした。
「正直に言えば、同窓会で再会するまでは、もう過去のことだと思って榊原さんを意識したことはなかった。でも同窓会で再会して、今日こうやって一緒に食事をしたら、昔の気持ちが蘇ってきたのは確かだね」
それを聞いて光江さんは、にっこり笑った。光江さんは食が細いのか、出された料理をそれほど食べなかった。
レストランを出て、夜の街を歩いていると、なぜか光江さんに誘導されるようにホテル街の方へ来た。
「ねえ、あそこに入ろう」
光江さんはそう言って俺の手を引いてホテルの門をくぐった。俺はどうすればいいのかわからず、言われるまま従った。俺の胸ははちきれんばかりに高鳴っていた。
「吉川君、シャワーを浴びてきて。私は今日泊まるホテルでシャワーを浴びてきたから」
光江さんに促され、俺はシャワーを浴びた。俺は緊張と興奮で、心臓が口から飛び出そうだった。バスルームから出ると、部屋の照明は薄暗くしてあり、光江さんはベッドに入っていた。俺は光江さんの横に滑り込んだ。
唇を合わせると、光江さんは静かに応えた。胸に触ると、今まで経験したことがないほどの、張りのある硬い胸だった。少し力を入れてつかむと、光江さんは顔をしかめた。俺は違和感を感じ、もしやと思い、手をお腹に滑らせていった。すると、お腹のあたりが明らかに盛り上がっているような気がする。俺は、頭に浮かんだことを確かめるため、枕元のパネルを操作し、照明を明るくした。
「ダメ、明るくしないで!」
光江さんは抵抗するように言った。明るい照明に露わになった光江さんの胸を見る。俺はさきほど抱いた疑惑が確信に変わった。
「榊原さん、あなた、妊娠しているのですか?」
光江さんは横を向いたまま黙っている。
「正直に言って下さい。一体どういうことですか?」
しばらく黙っていた光江さんが俺の方へ向き直り、いきなり言った。
「吉川君、私と結婚して」
俺は頭が追い付いていかなかった。しかし、光江さんの目は真剣だった。
光江さんの話は長かった。それを聞きながら、俺は自分のことのように辛くなった。
光江さんは、現在妊娠4か月だという。父親は同じ職場の上司ということだ。しかし、その上司は結婚している。つまり不倫の関係で出来た子ということだ。それまで、その上司は奥さんとは離婚するつもりだと言い続けていた。しかし、光江さんが妊娠したと言うと、今はタイミングが悪いのでおろしてくれと懇願したそうだ。その姿を見て、「この人は、離婚する気なんてなかったんだ」と悟ったらしい。それ以来、スマホは着信拒否をし、連絡はとってないということだ。会社も辞めたそうだ。子供はどうしても産みたいという。天から授かった命に罪はない。ただ、問題は、自分の両親をどうやって説得するかだった。県会議員であり厳格な父親が、不倫で授かった子をシングルマザーで出産することを許すわけがない。教育者である母親もしかりだ。そこで目をつけたのが俺というわけだ。俺と結婚することにし、授かり婚として両親を説得することを思いついたというわけだ。
「それは、あくまでも出産までの偽装結婚ということですか?」
「できたら、この子が1歳の誕生日を迎えるまでは籍をいれておいてほしい」
光江さんは少し膨らんだお腹をさすりながら、そう言った。
「なぜ、最初からその話をしなかったのですか?そうすれば、わざわざこんなところに来る必要なんてなかったでしょ?」
光江さんは黙ったままだった。
「まさか、そういう行為をして、あとからその子供は僕の子供だというつもりだったんじゃないでしょうね。いくら僕でも、計算が合わないことはすぐにわかりますよ」
「そんなつもりはなかった。ゴメン。そうだよね。こんなところに来なくても話だけすれば良かったんだよね。気を悪くしたのなら謝ります。このことは忘れて下さい。もう着替えて出ようか」
「僕が断ったら、その子はどうなるんですか?」
「他に頼める人はいないし、一人で産めるわけもないし、両親に無理やり病院へ連れていかれて、おろすことになるのかな」
「わかりました。じゃあ、その提案、引き受けます」
光江さんは、驚いた顔をして俺をみた。
「本当にいいの?」
「僕が引き受けなければ、その子は産めないのでしょ?とりあえず、ご両親に挨拶をしに行かないといけないね。これからどんどんお腹が大きくなるので、結婚式はしないという方向でいこう。あと、細かいところを打ち合わせしようか」
それから慌ただしく事は動いた。ご両親への挨拶は、覚悟していたとはいえ、お父さんの怒りは相当なものだった。昔ながらの考えを持つ厳格な父親であれば、結婚前に妊娠したという事実は許しがたいものだったのだろう。殴られることはなかったが、ものすごい勢いで怒鳴られた。光江さんのお兄さんがとりなしてくれ、俺の学歴と働いている会社を聞いて、変な男ではないと安心したのか、なんとか許しを得た。辞去し、家の外に出ると、送っていくと言って光江さんが追いかけてきた。光江さんは泣きながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と何度も謝ってきた。
期限付きの結婚生活とはいえ、今住んでいるワンルームマンションでは暮らせないので、新たに2LDKのマンションに引っ越した。ベッドを置くと部屋が狭くなるので、今まで使っていたベッドは処分して、新たに布団を二組購入した。部屋の準備が整ったところで、光江さんが上京してきた。そして、婚姻届けを提出し、俺たちの偽装結婚が始まった。
光江さんは、寝室は一緒で良いと言ってくれたが、俺は別の部屋に布団を敷いて寝ることにした。一線を画し、ある程度の距離感をもって暮らしていかないと、期限がきた時に、別れるのが辛くなると思ったからだ。
光江さんが作る料理は美味しかった。10年以上一人暮らしをしていたので、家に帰って食事の用意がしてあることが、こんなにうれしいとは思わなかった。偽装結婚とはいえ、一緒にいる時間はレンタルDVDを借りて映画を見たり、テレビゲームをして楽しんだ。重い荷物を持たせないよう、休日は一緒に買い物にも出かけた。本当の新婚夫婦のようだった。光江さんの整った横顔を見ながら、偽装ではなく、本当の夫婦であれば、どんなに幸せだろうと思った。
年が明け、2月に子供が生まれた。女の子だった。名前は“朋美”と光江さんが名付けた。最初、俺の智和の智をとって智美にしようとしていたが、さすがにそれは反対して、朋美になった。
子育ては、できる限り俺も手伝った。ミルクの飲ませ方、おむつ交換、お風呂の入れ方など、光江さんと一緒に勉強して、俺も手伝えるようにした。特に、光江さんが風邪をひいたときは、俺一人でほとんどのことをやった。夏の終わりごろになると、はいはいが出来るようになり、目を離せなくなった。床に落ちているものを何でも口に入れようとするので、絶えず気を付けなければならなかった。
朋美は可愛くて、可愛くて、写真を何枚も撮った。光江さんとのツーショットも何枚も撮ったが、俺は頑なに写真に写らないようにした。
年が明け、2月に朋美の1歳の誕生日がきた。盛大にお祝いをした。本人は何もわかってないのだが、俺たち二人が楽しそうにしていると、朋美も喜んでいた。俺は、色々な感情がこみあげてきて、朋美を抱きながら涙があふれてきた。
そして、その翌日、俺は用意していた離婚届を光江さんに渡した。
「このマンションの家賃は、1年間、俺が支払うから、それまでにどうするのか決めてくれればいい。仕事を見つけてここに住み続けてもいいし、仙台に帰ってもいいし」
「智和君はどうするの?」
「俺はまたワンルームでも借りるよ」
光江さんは俯いたまま黙っていた。
「それから、養育費は毎月振り込むから。大した金額ではないけど、少しは生活の足しになると思うから」
「ダメだよ。それは受け取れないよ」
「僕が朋美のためにそうしたいんだ」
じっと俺の顔を見ていた光江さんの目から涙がこぼれた。
ワンルームマンションを契約し、引っ越しの日がやってきた。光江さんは朋美を抱いてリビングの椅子に座り、引っ越し業者の手によって俺の荷物がひとつひとつ運び出されるのを、じっと黙って見ていた。
最後の荷物が運び出され、俺は鞄を持って玄関へ行くと、光江さんも送りに出ようとして靴を履こうとした。
「外まで出なくていいよ。ここでお別れにしよう」
光江さんは何か言いたそうだったが、口を開かなかった。
「そうだ、俺が持っていた鍵、渡すね」
そう言って俺がキーホルダーから鍵を外そうとすると、
「それは持っていて。ここの契約者は智和君なんだから、持ってないとおかしいでしょ」
「でも…」
「それと、私たち親子に何かあったら、助けにきてくれるでしょ?」
「うん。じゃあ、鍵は持っておくよ。何かあったら連絡して。飛んでくるから」
光江さんは黙って頷いた。
一人暮らしに戻って、この1年半がどれだけ幸せな生活だったかが身に染みてわかってきた。朋美に会いたい。朋美を抱っこしたい。あの柔らかいほっぺに触りたかった。そして、光江さんにも会いたかった。離れてみて、俺は、やっぱり光江さんに惚れていると自覚せずにはいられなかった。2度目の失恋をした思いだった。俺は一人で、味気ない日々を過ごした。
俺があの部屋を出て、2週間もしないうちに光江さんからLINEがきた。土曜日の夕方で、俺はゴルフ中継を見ているところだった。
「事件!事件!大事件!すぐに来て!」
俺は何があったのだろうと、慌てて二人が暮らすマンションへ向かった。エントランスでピンポーンと鳴らしてもなかなか応答がないので、持っていた鍵でロックを開け、エレベーターに乗り、部屋の前でもう一度ピンポーンと鳴らす。今度はガチャっとドアのロックが外れる音がした。俺はドアを引き開けた。目の前に朋美を抱いた光江さんが立っていた。
「朋ちゃーん、パパが来たよ」
パパ?今まで俺は自分自身に「俺は朋美のパパではない」と言い聞かせてきた。光江さんからも今まで、そう呼ばれたことはなかった。
「事件って、一体何があったんだ?」
光江さんはそれには答えず、
「朋ちゃん、パパに抱っこしてもらう?」
そう言って朋美を俺に差し出す。朋美はにっこり笑って、両手を広げ、俺に抱っこされようとしている。それを見た俺はたまらなくなって、朋美を受け取り抱っこした。たった2週間なのに、重くなったような気がする。
部屋の中へ引き上げる光江さんについて、俺も朋美を抱っこしたまま中へ入った。
「どうしたんだよ?一体何があったんだよ?」
「朋美がね、歩いたんだよ」
俺はポカンと立ち尽くした。頭の中で色んなことが駆け巡る。何か災いがあったわけではなかったんだという安堵感のあとに、やっと光江さんの言葉が理解できて、自然に顔がほころんだ。
「そうか、歩いたんだ!すごいな朋美!」
「ねえ、智和君、夕飯一緒に食べるでしょ?」
朋美を抱いてしまった俺に、その誘いを断れるはずがなかった。
食事が終わり、朋美の寝顔を見てから、俺が帰ろうとすると、光江さんが後ろから抱きついてきた。
「帰らないで」
「光江さん」
「私、智和君がいないとダメ」
「それは、偽装結婚を延長しようということ?」
「そうじゃない。そんなんじゃない。好きなの。智和君のことが」
俺は振り返り、光江さんを正面から見た。
「本当に?」
光江さんはコックリと頷いた。
いつ布団を敷いたのか、どうやって、二人でこの布団に入ったのか、まったく覚えていない。それほど無我夢中で二人は交わった。俺の腕の中で光江さんが話し出した。
「信じてもらえないかもしれないけど、私、高校の時から智和君のことが好きだった」
「うそでしょ?僕が告白したとき振ったじゃない」
「あれは、振ったんじゃないよ。私ちゃんと言ったよ。ありがとう。気持ちはすごくうれしい。でも今は吉川君とは付き合えないって」
「それは振られたということでしょ?」
「今は付き合えないと言ったんだよ。吉川君はこれから受験勉強が大変な時期になるのに、私と付き合ったら、勉強の邪魔になるからって言ったじゃない」
「僕は告白する前から断られると思ってたから、付き合えないって言われた後は、ほとんど聞いてなかった」
「私、うれしくて、うれしくて、つい仲の良かった美千代に吉川君から告白されたって言っちゃったんだ。そしたら、美千代がどう解釈したのか、他の人にしゃべって、変な噂が広がっちゃった」
「そうだったんだ」
「同窓会で智和君を見たとき、ドキッとしちゃった。本当にいい男になっていたんだもん」
「そうかなあ」
「そうだよ。東京に会いに行ったときは、純粋に相談に乗ってほしかっただけなの。相談して解決策が見つかるとは思ってなかったから、グチを聞いてほしかったのかな」
意外な話に俺はすこしとまどった。
「でも、食事をしながら智和君を見ていると、言えなかった。こんな汚れた私を知ってほしくなかった。吉川智和君の中で榊原光江は、高校の時のイメージのままでいてほしかった。でもね、食事が終わって外に出たら、これでもう吉川君と会うこともないのかな、私の青春ってなんだったんだろうって思ったら、せめて一回だけでも思い出を作りたいな、汚れた体を吉川君に洗い流してもらいたいなって思ってきて、ホテルに誘ったの」
「じゃあ、結婚してって言ったのは?」
「あれは咄嗟に出た言葉。多分本心だよね。吉川君と結婚したいって思ったんだと思う」
「偽装結婚して両親を説得するというのは、最初から考えていたわけではないの?」
「妊娠の事情を説明しているうちに思いついたの。そうか、吉川君と結婚すれば、そういう展開も可能だなって」
「じゃあ、偽装結婚という意図ではなかったんだ?」
「うん。でも偽装だろうとなんだろうと吉川君と結婚できるならいいやって思ったんだけど、自分で言っていて、こんな虫の良い話は誰も引き受けないよなと思った」
「でも、僕は引き受けると言った」
「びっくりしたよ。この人、正気なのって」
「自分でもどうして引き受けたのかわからないんだけど、たぶん、偽装でも、光江さんと一緒に暮らせるというのが魅力だったんだと思う」
「ありがとう。うれしい。あの時、智和君が引き受けてくれなかったら、朋美はこの世にいなかったもの」
「僕も朋美を抱いたとき、引き受けて良かったと心底思った」
「ねえ、お願いがあるの」
「なんだい」
光江さんは照れたように俺を見て言った。
「智和君の子供がほしい」
それを聞いて俺はたまらず光江さんを抱きしめた。
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