ある男の記録002 (SS)

好きだ。大好き通り越して愛してる。結婚を前提に結婚してください。


ああ、彼女にそう言いたい。この想いを声に出して、ありったけ彼女に伝えたい。

だけど僕はその術を知らない。今日も僕は彼女を見つめるだけなのだ。




僕と彼女は同い年で、いわゆる幼馴染。小さな頃から補助が必要な僕を支えてくれている。彼女といる時間はとても長い。僕は彼女が好きだ。

そんな僕にとって、とても良い環境にいるのに!僕は何故この想いを声に出して叫べないんだ!


僕が想いを口に出せたならば。

彼女にこの想いを叫んだだろう。

周りにこの想いを叫んだだろう。

声には力がある。声に出せるって素晴らしい。

「消しゴム、落としたよ」

そう言って僕の消しゴムを拾ってくれた彼女の声は可愛くて、素敵で……。僕はありったけのありがとうを一礼に込めた。彼女はニコッと向日葵のような笑顔を見せてくれた。


ああ、僕はやっぱり彼女が好きだ。




僕は想いを声に出さないけれど、視野はとっても広い。これは自信を持って言えるんだ。色んなことを目にすることができる、色んなことを見れるんだ。


だから君たちが僕にしていることもよく見えるし、彼女にしていることもよく見えているよ。


僕のこの目に録画機能があったのならば。何度も思ったさ。僕たちがスマートフォンを持ち始めたら、対応を変えられた。ただ良い方には変わってない。

君たちはこういったところでは頭の回転が早いんだ。

無駄なものはないって聞いたことがあるけれど、この頭の回転の早さは無駄じゃないかなあ。


僕は良いさ。

でも彼女にはやめてほしい。

僕の思いは伝わらない。

声に出せたら伝わるのかな。





今日は告白現場を見てしまったんだ。

男の子が大声で女の子に告白していて。その大声にみんなつられて大賑わい。どうなるのかな?と思ってみていたら、カップル成立!

みんな笑顔で祝福したよ!

おめでとう。リア充爆発しろ。良かったね。

色んな声が飛び交っていて、僕も祝福の言葉を口にしたかったんだけど僕にはそれが出来なくて。

精一杯の笑顔で僕なりに祝福したけど、おめでとうって言いたかったな。



ああ、僕も声がほしい。

こんなに見ることが出来なくなっても良いから。僕は、僕は想いを言葉にしたい。

ああ、声がほしい。









遠い昔に襲った厄災は長く長く傷を残した。それは遠い未来の命にも影響を及ぼした。


厄災は彼にたくさんの眼を与え視野を広げたけれど、その代わりに口を奪った。口を奪われたことにより、彼は声を失った。


耳のある彼は声が聞こえた。酷い言葉も受けたが、彼女の声が温かくて柔らかくて。自分もほしいと思ったのだった。


声。

厄災が奪い去った、重要な意思疎通の手段の一つ。彼にとっては道の絶たれた先にある、決して届かぬ宝。









彼のこと?好きよ、大好き。

彼はたくさん私に愛情をくれた。

彼が声に出さなくてもわかるの。

でも私は奇跡を信じたい。

彼の声を、待ってるの。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る